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第123話 恋は戦争(2) at 1995/7/16

 町田バスターミナルに到着。エスカレーターでペデストリアンデッキへと上がり、そのまま右へ右へと進んで行くと『中央図書館』の入口はあった。併設施設がウェディング推しのホテルだということもあって、半円形に張り出した外観は洗練された雰囲気を漂わせていた。



「ラッキー、だったね」


「ね」



 長いエスカレーターを上がってフロアに到着すると、タイミングがいいことに窓際に置かれた丸テーブルが空いていたので、みっともなくない程度の早足で駆け寄り、確保に成功したのだった。



「まぁ……。ぼ、僕は……あっちでもよかったんだけど」


「ん? 今、何か言った、ケンタ君?」


「い――いやいやいや! なんでもない! ただのひとりごとだから!」



 僕は太い円柱の根元に設置されたクマみたいな色合いの扇型ソファーで、仲睦まじく寄り添い、読書&居眠りしている大学生らしきカップルから視線を正面に戻すと慌てて手を振った。純美子はちょうど帆布のトートバッグを覗き込んで何か探している最中だったのでセーフ。



「じゃあ、早速宝探しに参りますか、スミちゃん姫?」


「も、もう、姫はやめてよぉ。うふふ。……でも、この荷物、そのままにしておいて大丈夫?」


「席の確保なら僕のカバンを置いておくよ。これ、中身は財布だけだから持っていけばいいし」



 純美子のトートバッグは持っていくことになるけど、これなら問題ないはずだ。このカバンは結構使い込んだ奴だし、最悪盗られてしまっても悔いはない。その時は、尊い犠牲として供養してやろう。ちょっとでもポイントを稼ごうと、僕は純美子に『そのトートバッグ、持とっか?』と尋ねてみたが、妙に慌てた様子でその申し出はきっぱりと断られてしまった。むむ。



「ああ、そうそう。このへん、このへん」



 頭の片隅にうっすら残っていた記憶とさほど変わらない位置の書架に、お目当ての小説たちが鎮座していたのでほっとする。懐かしさとともに、一冊一冊の思い出とときめきが蘇った。



『ね、ね? これ読んだことある、スミちゃん?』


『うーん……ないかも。表紙のイラスト、ステキだね!』


『でしょ? この人、割と有名なイラストレーターさんでさ――』



 なにしろ場所が図書館だけに声を潜めて会話することになり、必然、僕と純美子の距離は近くなる。一生懸命にオススメ小説のプレゼンを続けるものの、どうしても気持ちは目と鼻の先でころころと表情を変えている純美子に向いてしまうわけで。途中からはもう、自分が何を話しているのかもあやふやになってしまい、はじめてビールを呑んで酔った日を思い出したり。



『ケンタ君の話を聞いてるだけで、全部借りたくなっちゃうなー。どうしよう……?』


『確か、一〇冊までなら借りられるよ?』


『ぶぅー。二週間しか借りられないもん。一〇冊なんてとても読み切れないよー!』


『ま、まあ欲張ることもないんじゃない? い、いつでも、い、一緒に来れるん、だし』


『――っ!? も、もうっ!!』



 ぽかぽかぽか。熟れたイチゴのように真っ赤になった純美子が丸めた拳で音を立てないように僕を叩きはじめた。きっと周りからは、かなりの不審者に見えたんじゃないかな。なにせ、女の子に叩かれてニヤニヤうれしそうにしてるんだから。別にいっか。実際うれしいんだもん。


 席に戻ってからも、しばらく純美子は真剣そのものの表情でテーブルの上に並べられた数冊の本とにらめっこをしていた。僕がそんな純美子もかわいいと思っていると、ふと顔が上がる。



『じゃーあー……。悩むけど……この四冊を借りることにする! ケンタ君はどうするの?』


『僕は、スミちゃんが薦めてくれた、これと、これ、かな? すっごく面白そうだし』


『うん! スミのおスミ付きだよ!』


『………………ぷっ。も、もしかして今の……ダ、ダジャレ……なの?』


『あ! ち、ちが――違うもん! 今のはフツーに――!』


『あ、痛っ! こらこら。……しーっ』



 こんなに楽しくっていいんだろうか。

 やりとりが楽しすぎて、浮かれすぎて、ふわふわ浮いているようでまるで夢のようだ。


 こつん、と黒のおでこ靴で小突かれた(すね)を大袈裟にさすりながら、僕たちは貸し出しカウンターへ向かう。つやつやとワックスがきいた床を二人で歩く。まだ、ふわふわしている気がする。




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