第110話 若き古ノ森健太の悩み at 1995/7/10
週明けの月曜日。
今週は、期末テストの採点済みの答案用紙が返却されて、一喜一憂するのが僕らの主な仕事だ。
「良かったー! 中間より点数が上がってる! ね、ね? これも勉強会の成果だよねっ!」
「……え? あ、ああ、良かったね! みんな頑張ったし。うんうん」
隣でにまにまと顔をほころばせている純美子が、僕のシャツの袖を引っ張って嬉しそうに報告してくれる。が、じきにその表情にほんのわずか陰りが差した。じろり、と目を細めて言う。
「……ねえ? ホントに喜んでくれてるの? なーんだか、うわの空っぽいんですけどー?」
「そっ! そんなことないってー!」
カラダを傾け、ずいっ、と距離を詰めて上目遣いに覗き込んでくる純美子に慌てて手を振ってみせる。
「スミちゃんがこんなに喜んでるのに、嬉しくないわけないじゃんか! 元はといえば、スミちゃんがなんだか不安そうだったからはじめた勉強会なんだし! 僕だって点数上がったし!」
「……むー。ならいいんだけど」
僕のセリフにほんのり頬を赤らめつつも、まだ少しふくれっ面をしている純美子を横目に、こっそり静かに安堵の息を細くかすかに漏らす。どうにもまずい。こんな調子じゃもたないぞ……。
昨日、一昨日の二日間、僕は家で一人悶々としながら作戦を練っていた。
もちろんそれはいうまでもなく、僕の隣の女の子、河東純美子に告白するための大作戦だ。
夏休み前には――というリミットを設け、どういうシチュエーションで、どういうロケーションで、どういう服装で、どういう表情で、どういうセリフでこの気持ちを伝えようか考えた。
学校で……はかなり難しいだろう。まだ部活も盛んだし時間も隙も無い。人目も気になる。だったら一点勝負にはなるけれど、今度の土日のどちらかでデートに誘って――二人きりで出かける約束を取り付けられれば、それをデートと呼べるはずだ――そこで告白するのがいい。
でも、デートだというのなら、どこに誘おう?
いきなり東京ディズニーランドってのはさすがに引くよな……。第一、中学生にそんな大金あるわけない。入園料二五〇〇円にプラスしてアトラクションチケットも必要だ。当然舞浜までの交通費だって必要だし、行けばお土産の一つも欲しくなる。ポップコーン、食べたいもん。
ええい、やめだやめ!
どこだろうが、いきなり二人きりで遊園地って発想がいかにも童貞臭いし、アイディアの乏しさを露呈しているようなもんだ。そういうんじゃなくって、『フツーに行ける非日常的』な。
それなら映画を観に行くのはどうだろう?
町田で映画といえば『まちだ東急ル・シネマ』か『町映グリーン・ローズ』だ。ちょうど土曜日からスタジオ・ジブリの『耳をすませば』が上映されるはずだ。遊園地よりはリーズナブル。けれど、上映直後は相当混雑するに違いない。
これも現実的なじゃないな、くそっ!
二人きりでいたいのに、ただ隣にいるだけで映画を観てるんじゃ意味ないじゃないか。二人きり、ってそういうことじゃないだろ。それに『町映』は、アニメ映画を上映するたび子どもがぎゃあぎゃあ騒いでる印象しかない。『ル・シネマ』じゃやらないみたいだし。詰んでる。
どうする――?
「――――――しもーし?」
とはいうものの、こういうの、ホント慣れてないんだって!
「――んこん。おーい、聴こえてますかー? ハロー?」
何が、もう一度やり直せたらー、だよ!
今も同じじゃないか、まったく僕って奴は――!
と、突然両頬に手が添えられ、ぐいっ、と力任せに右を向かされた先にふくれ面があった。
「ね? 聞・い・て・る、ケ・ン・タ・君・?」
「………………んぐっ!? あ。き、聞いてます、はい!」
「もうっ、嘘ばっかり……。もう一回しか言わないから。今度の日曜日、おでかけしない?」