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第10話 ロコの抱えていたモノ at 2021/03/30

 誰かを背負って歩くなんて重労働にくたびれはてて、罰当たりだとは思いつつも本殿の木の階段に二人で座り込んだ。それでもさすがに俺は、広子のように気安く賽銭箱に寄りかかったりできるほど肝は据わってない。仕方ない、あとで二人分お賽銭を入れておくとするか。



「水、いる?」



 演技だと言い張るものの、今の広子には必要そうに見えたのだ。だが、あっさり首を振る。



「ん。こっちがいい」



 広子がベンチコートの大きめな両ポケットから取り出してみせたのは缶チューハイ二つ。近頃流行(はや)っている度数が強めの柑橘系フレーバーだ。まだ冷えているのか、幾何学模様に折り目のつけられた缶体に浮きあがった無数のしずくが遠くの街灯の光をちらちらと反射していた。



「広子……それ、あそこの会場で出してた缶チューハイじゃないの? くすねてきたのか?」


「さっきも言ったでしょ? あたしだって招待されたんだもん。これくらい安いモンだって」



 呆れ半分、驚き半分で、ぷっ、とふきだした俺の目の前で広子は軽く肩をすくめてみせた。



「にしたって、いくらなんでも来ていきなり追い帰すことなんてないじゃん。口やかましいドレスコードがあるってわけでもないくせに、きどっちゃってさ! ホント、やーなカンジ!」


「あれは確かにあんまりだったけど……。にしてもさ、広――」


「ロコ」



 突然セリフをひったくられ、むっつりと不機嫌そうな顔がとがった眼で睨みつけてくる。



広子(・・)じゃない、ロコ(・・)よ! ケンタのくせに、かしこまった呼び方しないで。気味悪いから」


「わ、わかったわかったよ! そんなに怒るなって」


「うむ。わかればよろしい。で? なにさ?」


「え? うーん……。な、なんでさ? ロコはそんな恰好してるのかなあ、って思ってさ?」


「………………別にどんな格好して来ようが、あたしの勝手じゃない」



 怒ったかな? と心配になるほどしばらく広子は黙り込んでいたが、やがて口を開いた。



「オシャレな服なんて持ってないから。どうせ一日中、部屋の中にこもりっきりなんだから」


「え……どういうこと?」


「聞こえたでしょ? わざわざ聞き返さないで」



 ぶっきらぼうに言い放つと、座っている両膝の間に顔を埋めるように表情を隠してしまう。



「……あたしさ、結婚してた(・・・)の。知ってた? 短大の教育学部の先輩。超イケメンで、子供が大好きで、すっごく優しい人。在学中に妊娠したのがわかって、すぐ入籍した。ほら、親がうるさいんだよ。親戚中に『デキ婚』とか噂されると恥かくんだって。……どうでもいいのに」


「そう、だったんだ」



 知らなかった。

 頻繁に実家に帰っていれば、ご近所だし噂くらい聞いていたかもしれない。



「なのに、結局流産しちゃった。すっごく悲しかった……。でも、その時からだった。あの人の本性がわかったのは。今まで見せてた『顔』はよそ行きのだったんだ、って気づいたんだ」



 話し続けるにつれ広子の声が湿り気を帯びはじめ、ゆっくりと、たどたどしくなっていく。



「束縛と嫉妬と暴力。どこに行くにもスマホのGPSで居場所が監視されてて、三〇分おきに連絡するのが絶対のルール。近所づきあいでもパートでもバイトでも、他の男の人と話すのなんてもってのほか。あの人が怒ると、最初は冗談半分、最後の方は本気で殴られた。あたし、それでも三年間は我慢したんだ。でもね……もう無理だった。限界だった。それで離婚した」



 そんな奴別れて正解だよ――危うくそう口に出すところだった。

 が、終わりではなかった。



「……でもね? それでおしまい、そうはならなかった。別れた後もあの人はあたしを監視してた。決して許してくれなかった。どこに行くにもついて来て、ずっと見てたみたい。自分でそう言ってたから。警察に相談して禁止命令も出してもらったけど、そんなことじゃ何一つ変わらなかった。だからあたしは、外に出られなくなった。怖いの。怖いんだ。今だってそう」



 ふうっ、とこらえていた息を吐き、広子は缶チューハイのプルトップをぷしゅりと開ける。




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