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5 星ガ、オウモノ

〈本日は番組の内容を変更し、世界中に現れた光の柱についてお送りしております……〉

 自宅の食卓で片肘をつきなら、恭介はブラウン管に映し出されたスーツ姿のニュースキャスターを、眠そうな双眸で見つめていた。脇には朝食で食べ終えたカップラーメンが、残った汁に侵食される割り箸を受け入れたまま置かれている。数は一つ。父親は結局、昨晩帰宅しなかった。

 恭介がボーっとする頭を掻きむしると、銀色の掌に数本の赤毛が纏わりつく。それを強めの溜め息で吹き飛ばし、残った掌を確認するように握りこむ。見据えた銀色の拳は、金属の様な光沢で恭介を見つめ返した。

 昨日の事は夢ではないのだ。流星を追いかけ辿り着いた先で、不思議な体験をした。宇宙人との遭遇。そして、共存の始まり。未知の力を手に入れた。彼の事をもっと知りたい。そう思うのならば、目の前にある銀色の腕に聞けば良い。恭介に寄生している宇宙人――銀星に。

「なあ、銀星……」

 再びブラウン管の画像に視線を移した呆けた顔から、唇を動かさずに零れた情けない言葉。それに対し、『何だ』と直接頭に帰ってくる不思議な声。この声こそ、恭介が銀星と呼んだ宇宙人の声だ。恭介に寄生し右腕を覆っている銀色の精神感応金属生命体。彼こそが、今世界を騒がせている光の柱を生み出した張本人だった。

 いつまでたっても次の言葉がやってこない状況を物足りないと感じた銀星が、催促する様に言葉を紡ぐ。

『何か聞きたい事があるのか』

「いや、別に……呼んでみただけ」

 先ほどと同じ表情に、昨晩の様な覇気は一片も感じられない。理由も含まず行動に起こした恭介の基準に困惑する銀星。もし彼が人間だったのであれば、間違いなく溜め息をついて頭を横に振っていることだろう。

〈確認されているだけで世界四十七か国、五百十六か所にほぼ同時といって良い間隔で現れた光の柱ですが……〉

「なあ、銀星……」

 再び零れた同じ言葉。そして、返ってくる同じ言葉。

『何だ』

「一つ聞いていいか?」

 どうやら、最初の呼びかけには戸惑いが含まれていたようだ。そんな自己完結に至った銀星が、一文字足した言葉を紡いだ。

『何をだ』

「こんな地球に何しに来たんだ?」

『目的、という事か?』

「まぁ、それ」

 テレビの音声に影響されてという訳ではなかった。ただ単純に理由が知りたかった。未知の世界に足を踏み入れるのだ。それなりの理由があるはず。異世界への扉をくぐって冒険に出るにしても、いにしえの戦艦を宇宙船に造り直し銀河の彼方へ旅立つ事も、その根幹には、相応の理由があった。好奇心だったり、復讐だったり、地球の存亡を賭けた戦いだったり。しかし、銀星からは、そういった目的に対する感情の昂りが感じられない。常に冷静で淡々と言葉を返すだけ。何かに急いて、恭介を動かそうとはしなかった。自分が逆の立場だったらと考えると、それが不思議で仕方がない。銀星はいったい何の目的でこの地球ほしにやってきたのだろうか。もしかして観光? と、恭介の頭に浮かんだ時、銀星の声がそれを弾き飛ばした。

『離反者を探しにだ』

「離反者?」

 疑問符と共に零れ出た単語。無意識の相槌に銀星は言葉を続ける。

『そうだ。同族の中から裏切り者が出た。その追討を私が担っている』

「要は銀星。お前は警察みたいなもんか?」

『簡単に言えばそういう事になる』

 どうやら、銀星はウルトラマンだった。遥か彼方の銀河の端から悪者を追ってこの星にやってきたのだ。

 正義の味方、悪者を追い地球に立つ。なんとも心震えるシュチュエーションなのだろうか。銀星がウルトラマンだったら、恭介はハヤタ隊員。偶然にも物語の主人公になった気分だ。だから……と昨晩の事が恭介の脳裏に蘇る。

「じゃあ、あの鹿に寄生していたのはその裏切り者って事か……」

『いや、あれは私だ。私がこの地球に散りばめた私自身だ』

 昨晩もそれは説明しただろう。そう言いたげな銀星の言葉。しかし、恭介にはその事など頭の片隅にすら残っていない。いや、伝わっていない。そう理解していないのだ。当然だろう。

「ああん? どうして自分が自分を襲うんだ?」

 だから、認識の矛盾が疑問を作り出す。怪訝な顔を見せる恭介に、銀星がゆっくりと言葉を選びながら脳内に流し込んだ。

 どこかで聞いた事のある難しい単語がいくつも並ぶ説明を要約すると、銀星には同族の場所を把握する能力があり、地球にいる離反者を探すため、自らの体を分割し流星群として昨晩降り注いだ。とのことらしい。

『……ここまでは理解してもらえたか?』

「ああ」

 嘘だった。恭介にとってその説明は求めていたものではない。そうやって判断された説明は海馬に刻まれることなく、適当な相槌と共に外へと排出される。

『そして、もう一つ。私たちの一族は、元は一つの生命体なのだ。故に、個性と呼べるものは基本的に存在しない。こうやって君と会話をしている私は君の精神に影響された、仮初の性格にすぎないのだ。その性格は宿主の影響を受け、個性になる。つまりあの者は、私であった者で私ではない。それに、君を襲ったのはあの者の意思ではなく、宿主である鹿の意思だった』

 牡鹿の増幅された感情。それを思い出した恭介は苦虫を噛み潰したような表情で言葉を零す。

「憎悪……」

『そうだ。それが増幅され、君に襲いかかる結果が発生したのだろう。私たちが宿主の精神に影響受ける様に、宿主の精神も私たちの影響を受ける。宿主を形容する感情が増幅されるのだ』

「だから……いつも以上に寝起きが最悪なのか」

『それは、ただの寝不足だろう。私が影響を及ぼしているとは到底思えない。表面的な感情は宿主を形容しない。心の奥、深いところに根ざした感情を私たちは増幅するのだ』

 なんとなく理解した恭介の口から導き出された答え。だがそれは、銀星に冷たく否定される。もう少し違う反応はないのかよと、浮かべた苦笑いの中、牡鹿の憎悪がどの位置に存在していたかの事実を知る。人間が広げすぎたエゴ。それはもう、取り返しのつかない所まできているのではないか。そうやって溜め息を吐き出した恭介に銀星が確認を取る。

『理解してもらえたか』

「まったく無理」

 即答。しかし、それが全て本音ではなかった。理解できている部分もある。だが、考える事が面倒臭い。だから、簡単にまとめてくれればと舌を打つ。

『そうか』

 諦めが混じる雰囲気を零した銀星に、結論どうなの? と聞き返そうとするのだが、その質問をしたところで、結局それに対しての答えしか返ってこないだろう。つまり、恭介が不思議と感じるあの事を聞くには、直球で質問を投げかけなければならないのだ。感情が読めるのならば、いっその事、心まで読んでくれればと鼻から息を一度抜く。しかし、それも色々と面倒臭い事になるのかと否定した恭介は、言葉を変換し“これだけ”と口を開いた。

「で、銀星はこれからどうするんだ」

『さあ……それは、君次第だ。私単体では、行動など限られてくる』

「離反者を追わなくても良いのか」

『私が追わずとも、他の私が追うだろう。それに、いよいよ追討となれば、誰かが私を融合に来る。君には迷惑をかけない』

 これでやっと恭介は理解した。感情の起伏が少なかった理由はこういった事が根底にあったからなのだと。つまり、やる気がないのだ、銀星は。それは、自らが置かれた状況を自分なりに整理して、出来る事と出来ない事を判断している事からきている判断なのだろうが、そんな他力本願で腑抜けなウルトラマンは納得がいかない。それより何より、合理的で軟弱な考え方が気に入らないと、恭介は口調を一変させた。

「誰かがやるぅ? ふざけてんのかてめぇは! 何のために地球に来たんだ。そこまで説明できるんだったら、行動に起こせよ。一人じゃ無理なら、誰かに手伝ってもらえ。自分がやらないのに結果だけ期待すんのは、弱い奴がやることだ。それだけは気に入らねぇ! 俺はお前と共に生きるって覚悟を決めたんだ。お前も、俺と生きる覚悟を持ちやがれ」

 勢い余って食卓を叩いた拍子にカップラーメンが一度軽く跳ね上がり、危ないバランスを何とか保ちながら着地する。残った汁に波紋が広がった。

 しばらくの沈黙が流れる。いや、正確に示すならば、テレビのくだらないコマーシャル音声だけが空間に流れる。

〈あなたの、一歩が地球を救う。ストップ地球温暖化……〉

 その中、銀星が自嘲する。言葉に出したわけでも、行動に移したわけでもない。だが、そんな感情が、彼の恭介に対する認識を改めさせた。


――この宿主ならば……私は――


 強い意志を感じる。それは、恭介の願望なのかもしれない。牡鹿と対峙した際受け取った心の一部なのかもしれない。だがそれが、徐々に大きく脈動し銀星の中で、力を形成し始めた。その力が、今まで黒く塗りつぶしていた選択肢を白く輝かせ、順序筆頭へと押し上げる。選ぶは銀星。望むは二人。


――強くなれる――


『すまなかった。君が望むのならば、私も望もう。強くあることを……。私たちは運命共同体だったな』

 自己完結。いや、始まりなのだ。変わりゆく自分の感情がそれを示してくれる。

「そうだぜ。銀星。俺たちは運命共同体だ」

『協力を感謝する。恭介』

 初めて銀星の口から自分の名前が呼ばれた。それが、何を意味しているのかなど深くは考えない。それよりも対等に語り合える状況に恭介の表情が緩む。そして、二人のこれからについて口を開いた。

「で、どうするんだ銀星。どうすれば良い?」

『まずは、情報集めだろう。世界に散った私と融合し、情報を集める。そして、最後には……』

「離反者の討伐か」

『ああ、そうなる』

「なぁ、銀星。お前が追っている奴はどんな奴なんだ。どうして追われているのか意味がわからねぇ。それに、見分けはどうするんだ? 元は同じなんだったら見た目も同じだろ」

『離反者は、変異体だ。私たちから生まれた一族とは別の存在。常識など通用しない。その姿は私たちとは違い、金色に輝く。完全なる自我を持ち、無数の星を破壊しうる可能性を秘めた存在だ』

 淡々としていた銀星口調が、少し変わった気がする。それを密かに嬉しくなりながら頷いてみるが、おぞましい単語に驚き、声を上げてしまった。

「星を破壊って。無茶苦茶じゃねぇか!」

『ああ、それを相手に戦うのだ。故に切り出す事を戸惑っていたのだが、良かった。恭介とであれば可能だろう』

 何を根拠にと鼻を鳴らした恭介だったが、不思議と恐れはなかった。それこそ根拠など微塵もない。だが、銀星の言葉が心の底に響く様で、彼がそう言うならば、そうなのだろうと、変に納得してしまった。それよりも、胸のつっかえがとれた事。それが、清々しい。やはり、ウルトラマンはそうでなくては。そう、安堵とも取れる息を吐き出した恭介は、右腕を確認するように拳を二度三度作り上げると、もう一度頭を掻きむしった。

「それよりさ、この右腕何とかしてくれねぇか。外に出るにしても目立ちすぎだろ。それに、風呂にも入りてぇ」

 実を言うと昨日から恭介は風呂に入れていなかった。原因は右腕。制服の袖ごと右腕を包み込んだ銀星が邪魔をして、上着を脱ぐことが出来なかったのだ。それ故、頭がかゆい。

 上昇を見せた話題が突然、気の抜けたものに差し替わった。一時の戸惑いの中銀星は、恭介という人間の一部を垣間見たようだ。この宿主は実に面白い。『ハハハ』と明確な笑い声を響かせ、言葉を紡ぐ。

『君が望めば、私は自由に形を変えよう』と。


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