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4 銀星

 しばらくの沈黙が流れた。その間に牡鹿の銀色の部分は全て右手に吸収融合され、少し右腕に重さが追加される。見ていて不思議な感覚だ。まるで水銀が勝手に動き回り、それを似た様な金属が取り込んでいく。完全に別物かと思えば、それは間違いで、一つになってしまえばそれが同じものなのだと嫌でも認識させられる。それよりも不思議だったのは、どうやって牡鹿に寄生していたのかだ。後には傷も残らずただ表面的に張り付いていただけの様に感じられた。

『さて、これで融合は完了した』

 右腕は先の宣言通り取り込んだ。牡鹿の憎悪を増幅させていた“者”――絡みついた銀色の物体を――だが、何が変わるわけでもない。恭介に憎悪が移る事もなく、ただ少し、右腕の重さが増した程度だが、その少しの違いこそが、牡鹿のエゴを含んでいる証拠なのだ。恭介は金属質な右腕にそっと左手を添える。

「完了した、ねぇ……」

 しみじみと右手を見つめ、そう呟いた恭介は一度息を吐き出した。深く、深く、心に溜まった蟠りを吐き出す様に。

 すると、それに釣られたのか忘れかけていた好奇心と疑問符が一気に蘇ってきた。

「って、それよりだ。鹿の憎悪はどうなったんだ」

 恭介は右腕を見据えながら疑問をぶつける。本当ならば、もっと右腕に纏わりつく銀色に聞きたいことがあるのだ。しかし、頭の整理がつかない恭介は順序など滅茶苦茶に手当たりしだい口から放り投げる。

「それにだ。お前は何で、この現象は何で、頭の中になぜ声が聞こえるんだ……まだある……」

 一段落ついた安堵からか、ダムが決壊した様にあふれ出る疑問の波が、右腕に向けられる。しばらく沈黙に甘んじた銀色の物体は、肩で息をする恭介が言葉を発しなくなったのを確認すると、静かに説明を始めた。

『私は、精神感応金属生命体。君たちの言葉を借りるならば……宇宙人だ』

「宇宙人だと?」

『そうだ。私が生まれた星は君が住むこの星、地球ではない。遥か彼方の[変換不能]が私の星だ』

「って、オイ。一番肝心な所を変換不能とかでぼかしやがって。ふざけてんのかてめぇは!?」

『すまない。それは最初に説明しておくべきだったな。私に基本言語というものは存在しない。それ故、直接私自身を君の脳に接触させ意思を君が使用する言語に変換し、語りかけている。つまり、私が知っていても君がそれに似た同意語や類義語を知らなければ変換することができない。君は私の星など知らないだろう? だから変換不能となったのだ』

 宇宙人が順を追って説明をしたが、恭介には理解できない。しかし、これだけは理解できたと、現実臭い単語に引っかかる。

「コラ。てめぇ。サラッと恐ろしいこと言わなかったか、直接脳になんとかかんとか」

『言った。そうしなければ、君とこうやって会話する事すら私にはできない』

「冷静に言いやがって。じゃあ、あの鹿も脳味噌に銀色いのが突っ込まれてたってことか……」

 そう言いながら恭介は、横たわる牡鹿を見下ろす。

『そうだ。他の生物の脳幹に接触することによって文化的接触が可能となるのだ』

「脳幹とかリアルな言葉を使うな。何だか頭の中がむず痒くならぁ」

 考えただけで背筋が震える。恐る恐る左手で首筋のあたりを確認した恭介の指先にコツっと硬い感触があった。その事でこの話が本当であると確信する。それにしても、脳幹に接触していた物体を引き抜いて無事でいられるのだろうか。確かに傷は残っていなかったが、後遺症の様なものはないのだろうか。実際はどうなのだろうか。そんな不安を抱えた恭介は、これ以上現実的な説明は聞きたくないと頭を振った。

『すまない。それでは話を戻そう……』

「戻さなくて良い。とりあえず俺の聞きたい事だけ答えてくれ。もう、それ以外は後回しだ」

 説明を続けようとする宇宙人に、恭介が強制的に自分の意見をねじ込む。それに宇宙人は戸惑いながらもその要求を呑む。

『……わかった。何でも聞くが良い』

 “何でも”科学者ならば、根掘り葉掘り聞き出すところだろうが、今の恭介にそんな興味は微塵もない。知りたい事はただ一つ。

「お前は、あの流れ星か?」

『そうだ……私と分裂した者たちが、あの流星群だ』

 少しずれた回答に恭介は顔をしかめながら、質問を補足する。

「違う。俺んの上を通り過ぎた流れ星は、お前だったのか?」

『その質問には回答しかねるな。なぜなら私は、君の家を知らない』

 宇宙人が知らない事は伝わらない。恭介は腕組みすると、少し唸りながらその事を確認できる質問を考えた。

「そうか、知らねぇか……だったら、この光の柱を立てたのはお前か?」

『そうだ。これは私がここに不時着した証しだ。落下の衝撃を発光エネルギーに変換し周辺への被害を抑えた結果でもある』

 宇宙人の回答に恭介は確信する。この宇宙人はあの流れ星だったのだと。青白く輝いて紅蓮に燃え上がり、裏山に落ちて光の尖塔を築き上げたのはこの宇宙人だったのだ。小難しい説明など今は望まない。ただ、それだけわかれば十分だった。科学では未だ解明できない不思議でファンタジーな宇宙人が目の前にいる。ライトノベルに求めていたのはきっと、この事だったのかもしれない。出会ったことのない不思議な体験。世界を根底から覆すかもしれない稀有な経験。それが今、自分と共にいる。あの嘘臭い参考書の言葉を借りるならば、恭介は今、魔法使いになったのだ。全ての感情を置き去りにして湧き上がる歓喜。

 フィクションの中に足を踏み入れた。それを自覚した瞬間。自然と笑みが零れる。

「そうか……」

 噛み締める様に瞼を閉じた。これからの事が恭介の脳裏をめぐる。宇宙人との共同生活。知りたい事は追々聞いていけば良いだろう。

 どうして、彼がこの星に来たのか。

 どうして、彼は寄生するのか。

 どうして、彼は……

 そこまで、考えたところで恭介は夜空を見上げた。星が瞬く。これ以上ないまでに、強く。

「じゃあ、お前の名前は?」

『名前? 私に名前はない。概念も必要も私にはないからな』

 宇宙人の言葉を頭の中で聞きながら、恭介はモンキーを探す。どうやらあの戦いには巻き込まれていない様子だった。恭介がこの場所に乗り付けたままの姿で、飼い主を待つ忠犬の様に宇宙人が作り出した光に照らされている。

「名前がない? なんて不便な野郎だ。だったら、俺がつけてやる。カッコ良い名前を考えてやるぜ」

 そう言いながらモンキーに跨る。

『何故だ?』

「これから一緒にいなくちゃならねぇんだ。名前がないと不便だろ」

 そう、おどけた顔で八重歯を見せた。恭介の笑みが右腕に向けられる。

 どうやら、宇宙人にとって恭介という存在は想定外だったのだろう。どうも調子が狂うといった雰囲気が感じられる。“不便”と聞いても、何がそう不便なのかと疑問が浮かぶだけだ。“名前”にも興味はない。だから自己完結もせず、ただ価値観の違いを噛みしめながら『……そうか』と、いい加減な相槌を打つのみだった。

 そんな宇宙人の価値観など知る由もない恭介は、スタンドを戻すと、エンジンキーを回しオンにする。そして、キックでエンジンを始動させた。

 しばらくエンジンの鼓動を感じていた恭介の視線が材料を求めて周囲を泳ぐ。色々と考えてみたが、どうもしっくりといかない。やはりこれしかないだろうと見上げた夜空に星が輝くと、衝撃ともとれる感覚が恭介のインスピレーションを刺激した。


――銀星――


 迷う事はない。気がつけば、浮かび上がった“名前”を口にしていた。

「決めた。お前の名前は銀星だ」

『銀星……』

「そうだ。銀色の流れ星だ」

『そのまま……だな』

 皮肉にも取れる言葉は届かない。届いているが届かない。恭介は笑いながら夜空を見上げた。

「カッコ良いだろ? よろしくな銀星」

 豪快に笑いながらそう言った恭介はアクセルを吹かし、モンキーを発進させる。その場に残った光の柱が、恭介たちの後姿を煌々と見送った。


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