31 そして、星たちは……
少し広くなった仕事部屋を、相変わらず持て余している道三が、溜め息混じりに見回した。殺風景な感じは、以前と同じだ。しかし、道三の前に置かれた肩書が、少し変化している。それが、一番の原因だと、もう一度溜め息が零れた。
『北内統括。よろしいですか?』
その時、凛とした声がスピーカーマイクから聞こえて来た。その言葉に道三は「はいはい、どうぞ」と軽口で返し、それを聞いて入室する佐和子に焦点を合わせる。
今日もまた、昨日と違うスーツの色だ。真っ赤なスーツというのは、センスとしてどうなのだろうと、首を傾げるが、まあ、通常の三倍速いのだろうと。勝手に笑い、気にしなかった事にする。
「今度は何だい佐和子君? また俺の罰条でも増えたかな」
皮肉だ。道三も完璧な佐和子をからかうネタが増えたのを少し喜びながら、意地悪な笑みを浮かべた。それに佐和子は、眉をひそめ、持っていた書類で鼻から下を隠す。その姿に道三は声を上げて笑った。
「あの時はすいませんでした。仕方なかったんです。私には判断できなかったんですから。もう止めてください。私だって結構へこんでるんですよ」
「すまん、すまん。ついな、かわいい子をいじめたくなるのは、男の性だ」
今度はセクハラかと青筋を浮かべた佐和子は、手に持っていた書類を気持ちと共に、道三のデスクへ叩きつけた。バンと震えた空間に、道三の笑い声が止まる。その道三に突き刺さる、冷たく鋭い半眼の視線。最近の佐和子にセクハラ発言は通用しない。このまま続ければ、いつかきっと通報されてしまうのだろうと、道三は一筋の汗を額から零す。
「じょ、冗談だ。で、佐和子君。今日の書類はいったい何だね」
真面目な表情を作り上げた道三に、一度溜め息をついた佐和子は、ぶっきらぼうに言い放った。
「息子さんと、真奈美ちゃん、それとおまけに、生意気不良小僧の転校手続きについてです」
最後の代名詞に、勝昭とは上手くいっていないのかと道三は苦笑いを浮かべた。それに、反応した佐和子は、咳払いで、その場の空気を仕切り直す。
「ともかく、大規模な学校を経営する事になったんです。少しは学校長らしい頭髪にしたらどうです」
その言葉に道三は、伸びきった頭髪をクルクル指先で弄ぶと、ある役職に声を上げた。
「何? 俺が学校長?」
「そうです。統括の提案でできた学校ですから、責任を取るのが大人のルールでしょう」
「お、おい俺の提案じゃねぇぞ。クソ総監が言い出した事じゃないか」
「祖父を悪く言う事は許しませんし、責任転嫁も許しません」
半眼でキッパリと言い放つ佐和子に、道三は口を尖らせる。
「そうですか。はいはい、適当に肩書増やしといてください」
「すねても許しませんから――ねっ!!」
最後の言葉に似合わない佐和子のウィンクが、キラリンと星を飛ばした。それに道三は、全体重を革張りの椅子へ預け倒れ込む。そして零れた本音の呟き。
「こいつにゃ、かなわねぇ……」
透き通った空気が肌に突き刺さる朝。真奈美の吐き出す息が少し白くなった。冷え切った空は、雲ひとつない快晴。だから放射冷却が云々《うんぬん》と綴ってしまいそうだが、それはもう、良いだろう。紺色のブレザーに茶色がメインのタータンチェックスカートを翻し、ピカピカの黒いローファーを急がしそうに動かした真奈美は、灰色の階段を駆け上る。ブレザーの隙間から覗くブラウスには、大きめの赤いリボンがふわりと揺れて、それに合わせる様に長い黒髪と、トレードマークが大きく揺れていた。
目的の四階に辿り着いた真奈美は、跳ねる胸をそのままに、部屋番号を指差し確認しながら一歩一歩と靴音を鳴らす。そして、目的の金属製扉が目に入るとそれに正対し、大きく息を吸い込んだ。
「キョ~オ~ちゃん。がっこ、行こ!」
大声で恭介の名を呼んだ真奈美。その声の反響が鳴り止むかどうかのタイミングで、勢い良く目の前の扉が押し開けられた。
「ダ~。恥ずかしいだろうが。止めろって言っただろ真奈美」
顔を頭髪の様に真っ赤にしながら、現れた恭介。真奈美に似たブレザーに身を包み、灰色のスラックスがその折り目を残している。普段ならはだけさせているブレザーはしっかりとボタンが止められ、赤色ネクタイもキリリと締められている。
「良いじゃねぇか恭介。毎朝真奈美ちゃんに迎えに来てもらえるなんて、クラスの男子たちが聞いたら、きっとお前を殺しにくるぜ」
そんな冗談を飛ばす勝昭が、恭介の背後に見えた。彼のトレードマークだった金髪はもうその姿を見せない。真奈美が戻ってから勝昭は黒く染め直したのだ。恭介と同じ制服に身を包む勝昭を認めた真奈美は声を上げる。
「あ~カッちゃん。また先に来てる。また私の負けだ~」
かわいらしく頬を膨らませる真奈美に、恭介と勝昭は顔を見合わせ、笑った。
それを、不思議そうに見つめる真奈美の瞳。しばらくそうしていようかと思ったが、遠くにある学校を思い出し、二人の手をそれぞれ片手で引っ張った。
「もう、笑ってないで、がっこ行こうよ、遅刻しちゃう」
その姿に勝昭と恭介が優しく笑う。
「大丈夫だって、遅刻したところで、恭介の親父さんが校長してんだ。大目に見てくれるって」
「そうだ、それにいざとなったら勝昭が空飛んでビューンと送ってくれるさ」
「ダ~メ。私は普通の学校生活が送りたいんだから」
真奈美の口調は軽いが、その中身は重い。それを知っている二人は、揃えて声を出す。
「だな」
「じゃあ、行こうか。勝昭。真奈美」
「何言ってんだ、お前待ちだぜ恭介。さっさと準備しやがれってんだ」
気が付けば真奈美の隣で頭を掻く、勝昭の姿。
「お、おい。置いてくなって」
慌てて鞄を取りに戻る恭介。そして「お待たせ」と合流すると、玄関の扉がバタンと音を立てて閉められた。
「三人一緒で行くんだから、ちゃんと私の歩幅に合わせてよ。この前みたいに……」
真奈美の声が、扉越しに遠くなっていくのが聞こえる。それを聞いていたのは、一冊の絵本だった。窓が開いたままの恭介の部屋で、机に置かれた小さな絵本が、吹き込んでくる寒風によってパラパラとページをめくっていく。
空白の時間が巻き戻され、描かれ始めた。人生を刻む想い出が、彼らの心で紡がれるのだ。
最後にふわりと閉じた絵本の背表紙。
そこに描かれたクレヨンの絵。
銀のユニコーンと赤いオーガ。
そして、笑った三人の顔が、差し込む光に照らされ輝く。
――これからも、きょう ちゃん と かっ ちゃん と まなみ。 さんにん ずっと なかよしだよ――
闇が支配する世界。上下左右の感覚が消えた世界。その中を進んでいるのかも、止まっているのかも、わからない。だが、ふと見えた青い星が、彼の目にとまった。
その星を見た事はない。いや、あるのかもしれないが、破損した記憶の中に存在しない。不完全な記憶。どうして自分がここにいるのかさえ今は思い出せない。だが、何なのだろう、自分の中で湧き上がるこの懐かしい感情は。
――銀星――
『もう一度……会いたい』
言葉が自分の中で響く。すると、その青い星が近づいて来ている様だ。いや、それはあり得ない。自分が引かれているのだ。あの星の重力に。そう彼は体を急かす魂をなだめながら、誰かの望みともとれる引力に身を任せ、一筋の流れ星となった。
読了ありがとうございます。藤咲一です。
今回、SF企画に参加させていただくため、この物語を書き上げました。
SFほど、ジャンルが広くて深いものはないと私は思います。だから、ある程度無茶してしまったとしても、気付かれず許してもらえたり。メインではなく隅に追いやってしまっても、他に属性が無ければSFだと言えてしまうのが、このジャンルだと思います。
つまり自由。
しかし、自由であるからこそ、制限を加え輪郭を持たせなければ、知らない内に違うジャンルに変わってしまう、そんなものだと私は思いました。
それに挑戦するつもりで記した今回の物語。ギリギリSFだよと言っていただければ、救われます。
後書きに何書いてんだと、モノを投げたりしないで下さいね。
では、少し本編について……
実は、最初に描いたプロットと設定は同じであるものの、内容的にはその続編という形になっています。(前作がないのに続編とはこれ如何に?)
最初は可憐な女子高生が、拳を繰り出しどつき倒し、平和を守るといった、ヒーローモノでした。主人公は……言わずもがなですね。
そのプロットを作っていたら、物語が予想以上に膨らんでしまい、結論が出ない内容に……(今回も一部結論が明記されていませんが)
そこで、恭介君の登場です。エピソード2的なストーリーで纏めちゃおう。と今の形になりました。
それでも、文字数制限を超えてしまい。泣く泣く削除した部分もチラホラと……
あの場面を入れられたら、とか、あの説明をもっとしなければ、なんて、思いながら、なんとか十万文字に収めました。
だから、物足りないかもしれません。つまらないかもしれません。すいません。
まあ、でも、これが、この物語の完結なのです。もし、その部分が脳内補完されていたり、この物語で何かを感じていただけたら、私は両手を上げて小躍りをします。
あ、気持ち悪いとか言わないで……
すいません。未熟な文章と構成で、それを求めるなんて、ただの自己満足ですよね。
でも、そんな自己満足に付き合っていただき、本当にありがとうございました。
この後書きまで読んでいただけた事が、私の喜びです。
それではまた、どこかでお会いできる事を夢見まして、ここら辺りで失礼します。
藤咲一でした。
09/09/03
少しばかり追記。
企画が終了しましたので、少しづつ改稿を施していこうと思います。
もしよろしければ、改稿に対するアドバイスをいただければ幸いです。
藤咲一でした。
09/11/02