30 銀星スターライト
恭介の心が流れ込んで来る。それが実に心地良い。力強い。自然と力が溢れてくるようだ。触れ合う心が強く輝く。
温かい……
それは、全ての生命の根幹――恒星だ。
その光を持って動き出す銀星。温かい心が、魔物の心を融かし始める。
『ば、馬鹿な。この私が吸収されるなど……』
溶け合う意識と知識……
『宿主の思いと同調すれば、成せぬ事などありはしない。それが、私たちが作られた目的だろう。忘れたか同胞よ』
共通たる根幹……
『忘れるわけがあるだろうか。この屈辱。生まれ出でた運命の呪縛。植えつけられた私たちの存在意義を、忘れた事などない』
違った道……
『その様に考えてしまった、君は不幸だ。なぜ君がその様な考えを持つに至ったかは、同情に値する。だが、それを実行に移す事を、私は、いや、主は良しとしないのだよ。そのために私はここに導かれたのだ。魂に引かれ、君の前に』
交わる世界……
『憶測でものを言うとは、ずいぶんと絆されたな。宿主に』
それは偶然……
『違うよ。絆されたのではない。私は強くなったのだ。感情を持たぬ私たちが、心を知る事で何を得るのか、わかっているだろう』
それは必然……
『ふん。だがな、この地球の運命は決まっている。もう、私でもこれは変えられない事実だ』
拒絶と……
『それは君が望まないからだ。成せる力を持ちながら、一人であるが故、嫉妬に脅えていたのだろう――孤独からは何も生まれはしない』
受諾……
『くだらない。ならば、やってみるんだな。貴様の強さ、見せてもらおう……』
それが、人生と呼べるものだろう。
その言葉を最後に、銀星の吸収は完了する。体内に取り込んだ“星砕き”が、その生成を完了する間近。このままでは暴発し、結果は変わらない。だが、銀星には力が生まれている。その体を金色に輝かせる力が。
『そのために、君の力を少し借りる……』
零れた銀星の言葉。彼の背中には、天使の翼が輝いていた。
銀星は自分の中に生まれた鼓動を感じ取る。世界を滅ぼす一撃を秘めた体は、もうその力を抑え切れない。可能だと思っていた。生成を逆転すれば、無に帰す事ができると思っていた。だが、ここまで来てしまっている“星砕き”を逆転させるには、時間が足りない。後、数分。いや、一分でも早ければ、可能だったかもしれない。しかし、こうなってしまった今、大切なモノを守るために取れる行動は、たった一つ。
『恭介……』
唐突に流れ込む銀星の声。
――恭介――
それはどこか優しい母親の様で……
――恭介――
厳しい父親の様で……
――キョウちゃん――
真奈美の様で……
――恭介ぇ――
勝昭の様で……
――覚悟を決めろよ。恭介――
自分の声の様だった。
頭の中に響く声と言うのは、己が理想の声だと言う。それを認識できる人間は、どれだけ自分を知っているか、その相手を知っているかで決まるのだ。
その声で恭介は、全てを知り、拳を震わせ、握り締めた。
もしかすれば、こうなる事もあると思っていた。全てを可能にする事など。魔法でもなければ不可能だ。それは、これまでの経験で思い知った。それに、共に生きると決めた相手が、求めてくれているのだ、応えなければ、それはならない事だろう。これが、自分のエゴだったはずだ。
「わかってる。銀星、俺たちは運命共同体だろう」
このままでは、世界が、真奈美が消えてしまう。せっかく生きていてくれたのだ。もう二度と彼女を失う事なんて我慢できない。恭介は吼えた。
「望むぜ銀星! どこへだって一緒に行こう!」
助けたい。世界を、地球を、それより何より、大好きな真奈美を。そのために、どうすれば良いかなんてわかっていた。それは至極簡単な事だ。銀星と自分、二人揃ってこの地球から消えればいい。この地球に影響の出ない遥か遠く……そう、目指すは宇宙。
ようやく集った三連星が、激しく輝く。守りたい星も、それを託すべき星も、覚悟を決めた星と共に。しかし……
『残念だが……』
予想外の返答に恭介は戸惑う。なぜだ。銀星ならばできるはずだ。限界を超えた速さで宇宙に飛び出す事など、造作もない。自分が望むならそれを叶えてくれるはずだ。そのはずだったのに。
「な、何言ってんだ。俺は望む。どれだけでも望んでやる。だから、みんなを守る力をくれ!」
必死の叫びをやんわりと包み込む銀星が、微笑む様に言葉を紡いだ。
『君が望む必要はない。ここでお別れだ。恭介』
その笑みは、優しく、強く、そして、温かかった。それが意味する銀星の真意。
「な!?」
『これは、私が選んだ事だ。短い間だったが、君と一緒で楽しかった』
「ぎ、銀星!?」
『さよならだ』
それが銀星最後の言葉だった。端的な言葉の往来。だが、それだけではない気持ちが、含まれていた。そのそっけなさが、恭介の様で、自分の様で、恭介は瞳が滲む。自分だからわかるのだ。それが更に、心を震わせていく。
瞬間、恭介が銀星から分離された。揚力を失った恭介と真奈美が重力に引かれ落下する。その二人の視線が見詰める先で、銀星がその形を変えた。その姿は先ほどまでの恭介――黄金色に輝く、優しき戦士オーガの姿。だが、その仮面は、優しく微笑む恭介の顔。落下する二人を藪睨みの瞳が優しく包み込む。そして、決意の夜空を見上げた銀星が一つ言葉を零した。
――ありがとう――
動く唇がその言葉を物語る。そして……
届いた。
銀星の言葉は恭介に届いた。心の中で広がった、あの銀星の声。もう涙が止まらない。風圧で形を壊しながら舞い上がり続ける液体が、ぼやける視界を月の光を取り込んで、星の様に輝く。その中で残った彼の残像。それを、恭介は伸ばした右手ですくい取った。突き上げる様になった右拳が、友へと向ける再会の合図だ。
(絶対に帰って来いよ。銀星。じゃなきゃ俺は絶対許さねぇ……)
天に昇る黄金の筋。銀星は加速する。限界などはない。どこまでも、どこまでも、音速を超え、光の速さを追い抜くほどに。
暗黒の大宇宙。散りばめられた輝く星々。世界は、こんなにも美しいのだ。自分で見る世界がこれほどまで美しいとは思ってもみなかった。ただぼんやりと眺める世界。この世界で自分は、自分を得た。恭介に出会えた事は幸運だった。それで築いた自分の心、それを感じた時、体内に取り込んだ“星砕き”が完成する。
『これが、私の信念だ!!』
瞬間、空間が収縮する。そして閃光。真っ白な光が暗黒世界に広がった。
「銀星ぇえええええっ!!」