28 狂う明星
ルシフェルは怒りに打ち震えていた。僅かな時間で己が力を否定されたのだ。それが信じられないと、憎々しく同族を睨みつけ、それを自ら否定する。わからない事などないのだ。得ていない力など存在しない。あるべきではないのだと。ならば、もうこの地球には様がない。消し去ってしまえば、自分が頂点である事実に変わりがないのだから。
そうルシフェルは、ある物質を作り始める。自らの体を変化させ生み出される物質。それは、今まで何度も星を砕いてきた一撃のために必要な物質だ。それを人は“反物質”と呼んだ。
それを生成するには時間がかかる。ルシフェルは破壊された翼を修復せずに、一本の砲身へと纏め上げた。その砲口はまっすぐ大地に向けられる。その他準備は整った。後は生成されるのを待つだけ。もう止められない。己が意志を離れた生成過程。物質が成されるのは、十数分後の事だろう。それが、この星との今生の別れだ。
ルシフェルの思考に優越感が広がった。
瞬間、意識にノイズが走る。この兆候は間違いない。気を失っていた宿主が目覚めるのだ。そうなってしまえば、力が分散されてしまう。宿主を伴わなければならないジレンマの中、近づく二つの気配が、彼のもどかしさを更に増幅させた。
『全く、目障りな生物だ』
確認した同族の反応。それを見下ろし、ルシフェルは笑った。あの忌まわしき金色の鬼は銀色へとその色を変えている。どうやら不完全な進化だったのだと、嬉しさが込み上げてきた。最高の進化を遂げるなど自分以外にあり得ない。
『星を砕くまでの余興だ。二人纏めて、遊んでやろう』
そう言葉を零すと、残った翼二枚と金色のドレスを、無数の触手へと変化させた。そして、接近する二体の同族にその刃を向ける。
最後の戦いが、今、幕を開けた。
恭介の背中を追いかける勝昭。その先で、展開される触手が目に映る。間違いなく自分たちに向けた攻撃だろう。その中で勝昭は考える。どうすれば真奈美が助けられるのかと。金色のオーガがもし、真奈美を殺そうとしていたのではなく助けようとしていたのならば、あの攻撃は、どういった意味を持つのか。それを、脳内で巡らせる。すると、その疑問に答える様にユニコーンが言葉を紡ぐ。
『まずは、質量を減らせ勝昭。そして、残りが少量となったところで、奴を吸収する。そうすれば、彼女は我々の呪縛から解放されるだろう』
「わかった。だが、できるのか? ユニコーン」
『できる。所詮、自我を持っただけの同族だ。できない道理はない』
そうか。と奥歯を噛み締めた勝昭。オーガがやろうとしていた事は、この事だったのだ。それを、自分が邪魔をしてしまった。それをしなければ、もう決着を見ていたかもしれない。
『来るぞ恭介。気を引き締めろ』
「わかってらぁ!」
銀星の言葉通り、金色の触手が不規則に蠢き、こちらに向けて襲いかかる姿が見えた。その一本を、体を捻りながらかわし、力を装填した右拳を突き出す。
「銀星スターライトー!」
だが、相手には傷一つ生まれない。それどころか、衝撃を無効化されている様だ。ぶれる事さえしない。
「くそったれがぁ!」
『焦るな恭介。強制分離攻撃を成すならば、タイミングを計れ。何を成すかを想像し、それを拳に纏わせるんだ』
銀星の言葉に、恭介は左拳を握り締め、その言葉を遂行する。
「スターライトー!!」
瞬間、触手が弾けた。その光景を目の当たりにした恭介の左拳に手応えがある。これならば、と口角を上げた時、側方から襲い来る触手が視界に入る。
『恭介!』
銀星の警鐘が鳴る。だが、少し対応が間に合わない。と身構えた瞬間……
「リジェクトナックル」
ユニコーンの拳が、その触手を弾き飛ばした。
「勝昭……」
「恭介、真奈美を助けるんだ。いがみ合ってる暇はねぇぞ」
スラリと輝くユニコーンの肢体。反射的に零れそうになった悪態が、その言葉によってかき消された。全くその通りだ。そう微笑む顔を確認する間もなく、次の攻撃が二人に襲いかかる。
二人の攻撃は優勢に見えた。だが、一向に真奈美の下へとたどり着く事ができない。波状的に襲いかかる触手の前に、攻めあぐねていたのだ。打ち出す強制分離攻撃。しかしそれは、焼け石に水と言えてしまう。それだけの質量を、どの様に生み出しているのか。銀星には疑問でしかなかった。しかし、思い当たる節はある。ユニコーンに砕かれた部分が再生されていた事実。それによって銀星の質量も増していたのだ。もし、あの進化の形態に増殖効果があると言うなら、この戦いは、不利だ。例えどれだけ触手をβ《ベータ》から分離したとしても、効果が薄い。それを鑑みた作戦。それを考えなければ、勝利はないだろう。
それに、気になる事がもう一つ。
それは、あの地球へ向けられた砲身の様な物体。もしかすればという不安が、否が応でも過ってしまう。
『恭介、確認したい事がある。触手の一部を取り込むぞ』
唐突な銀星の言葉にも、恭介は笑って返す。丁度良く襲い来る触手に目標を定めた恭介は、右腕に剣を形成させた。一色が揮った力、ゲシュタルトがその輝きを見せた。
行き違う様に放たれた一閃。
その一撃によって切断された触手を、左手で掴むと手頃な大きさに切り分け、「これでどうだ?」と、銀星に問い掛ける。
『すまない』
そう言った瞬間、銀星の吸収が始まった。その間恭介の力が失われるわけではない。しかし、反応が遅れる事は確かであるし、検索を含めれば無防備になる。一対一であったならこの様な作戦は、危険極まりない事だが、今は、一緒に戦う者がいる。ならば、欲しい知識だけを選別し、数瞬で結果を出す。
銀星の有言実行。ふわりと自由落下に切り替わるかどうか、その瞬間を狙った触手が恭介を襲うが、勝昭の拳によってそれが防がれる。それを、横目に銀星の検索が終了した。
はっきり言って絶望とも取れる結果だったが、それがわかった事で、希望が生まれる。それを、噛み砕き、銀星は仲間全てへ回線を開く。
『時間がない。一点突破を提唱する』
唐突に突きつけられた作戦に、恭介、勝昭、ユニコーンは戸惑いの声を上げた。
「ああん?」
「どうして?」
『まさか……』
やはり同族であるユニコーンは同じ仮説を立てていたのであろう。神妙な面持ちで返された言葉が、それを物語っていた。だが、やはり二人には言葉が足りなかったかと、銀星は、説明を追加する。
『奴は“星砕き”を生成し始めている。それが完成すれば、この星が消えてなくなるぞ』
その言葉に二人は驚愕し、一人は確信を得た。
「どうすりゃ良いんだ銀星?」
咄嗟に返す恭介の言葉にも銀星は冷静に言葉を紡ぎ出す。
『言っただろう。一点突破だ。そして、私が“星砕き”ごと全てを吸収する』
「できるのかよ」
そう言ったのは勝昭だった。
『可能だ。恭介が望むならば、私は何だってできる』
無茶苦茶な理論だ。それでもなお、周囲を納得させる言葉というのは疑う余地を残さない。いや、ユニコーンが否定しないのだ。それは間違いなく可能なのだと、勝昭は覚悟を決める。
「だったら行け恭介。俺たちが触手を何とかしてやる。できるだろう、ユニコーン」
『お前が望むならだ』
「当然と言え。俺はそれを望むんだからな」
そう勢い良く言葉を吐き出した勝昭が一直線に真奈美へと向かう。迫り来る触手を全て薙ぎ払い。恭介のために一本の道を示しだした。その姿、その気持ちに応えない恭介ではない。
「行くぜぇ銀星ぇ。吶喊だぁ!!」