27 星に願いを
恭介の意識が覚醒を始める。瓦礫の中で“銀星”は、己が意識のタイムリミットを知った。もう少しで瑞穂の意志を果たす事ができたというのに、邪魔が入るとは……。やはり亡霊である私は、存在こそする者だが、事を成すには、微力すぎた。永遠たる存在であり続けるが故、私は、存在できたのだろう。それを放棄したのだ。だから後は、意志を継ぐ者に託すしかない。いや、託すべきだったのかもしない。それもまた、瑞穂の意志。運命の導きなのだ。だったら、私の存在は、このためにあったのだろう。直系の意志を存続させる。それが成せただけで、私の存在意義は達成された。もし私に、死と呼べるものがあるのならば、会えるのだろうか。彼女と語り明かした、あの世界で……
――飛ぶわよ“銀星”――
――わかった。共に行こう。瑞穂――
“銀星”の意識と共に、オーガの鎧が、銀色へと変化していく。
ぼやけた視界の中、恭介は意識を取り戻した。神経を辿り、体の状況を確認するが、異常は認められない。あれほどの攻撃を受けたのにも関わらず、この状態であるという事は、銀星に感謝しなくてはならないだろう。普通なら、間違いなく死んでいる。
そう、恭介がふらつく体を制御しながら立ち上がると、耳鳴りが続く中、頭の中に声が聞こえた。感謝すべき相手。銀星の声が。
『恭介……無事か?』
「ああ、問題な……」
銀星の言葉に、応えようと口を動かせば、一瞬にして視界に入ってくる、銀色の拳。いや、恭介の血で赤く染まったユニコーンの拳だ。それに、恭介は反射的に繰り出した掌で、しっかりと受け止めた。破壊的衝撃はない。それを握りしめると恭介が口を開く。
「何しやがる勝昭!?」
「それは、こっちのセリフだ! 真奈美を殺そうとしやがって!」
「はぁ? 何言ってやがる。真奈美はこの場所に囚われてるって言ってんだろうが!」
「ふざけてんじゃねぇ! 真奈美はあそこにいるだろうが!!」
ユニコーンのもう一本の腕が、夜空に浮かぶ金色の魔物を指差す。それに目線を移した恭介は一瞬、言葉を失った。
「う、嘘だろ……」
『嘘ではない。真実だ。君の母に敗れたβ《ベータ》は、彼女を、新たな宿主として選んだのだ』
銀星の冷静な説明に、恭介は言葉を吐き出す。
「知ってたのか銀星。真奈美が離反者の宿主だって?」
『知っていた。と言えば語弊が生まれるかもしれないが、先代の知識を得た際。同時に知った』
その言葉を聞いて、恭介の脳裏に恐怖が浮かぶ。意識を失った間に、銀星が暴走し真奈美を殺そうとしたのかと。銀星の目的はあの離反者を倒す事だ。真奈美の事など考えていない。もしかすれば、自分が真奈美を殺してしまったのかという恐怖が、恭介を支配し始めた。
「て、てめぇ、銀星。俺が気絶してる間に何しやがった?」
『何もしていない。私は君の意識と共にある。君が気を失えば、私も同様だ』
「嘘だ。勝昭が言った事……お前も聞いていただろう」
『聞いていた。だが、私ではない』
「だったら、勝昭が嘘ついてるってのか? ああ?」
恭介の叫びに、勝昭から力が抜ける。恭介に寄生しているγ《ガンマ》との会話なのだろう。一方的にまくしたてる恭介の必死な表情が、仮面の奥で隠れていても、見える気がした。それも、自分が嘘を言ったかどうかについてだ。勝昭は恭介の言葉を信じようとしなかった。なのに恭介は、勝昭の言葉を疑おうとしない。その姿が心の隙間に引っかかった言葉を大きく膨張させる。真奈美が生きている。その言葉が重くのしかかった。
そんな中、真実を探るため銀星が検索をかける。もしかすればという、疑念があったからだ。意識を奪われた事は、初めてではない。そして、それは簡単に見つかった。全ての真意と共に。
『恭介。彼の言葉は嘘ではない。が、真実ではない』
含みのある言葉に、恭介は声を荒げる。
「はあ? わかんねぇ! はっきり言えよ! はっきり!!」
『初代銀星が、君の体を乗っ取った。そして、君の母の意志。それを遂げるため、β《ベータ》に攻撃を仕掛けたというのが事実だ。その宿主に対して敵意はない。むしろ倒すためだけならば、既に事を成せたはずの実力差があった。それでも結果が発生していない。ならば、そう考えるのが妥当だろう。そして、いよいよ決着をつけようかと言う時、君の友人が止めに入った。理由は、誤解だ。宿主を思うが故の誤解。これが全てだ』
長く紡がれた言葉に嘘はない。だが、それを素直に受け取れないほど、恭介の心は揺れ動いていた。沈黙が生まれ、そして流れる。その中で巡る思考。至るべき結論は見えている。だが、その根幹たる覚悟が、いや、信念が揺れていた。
一度疑ってしまった、銀星の言葉。それを信じ切れない自分の弱さ。不甲斐ない自分の心が、恭介を縛り付ける。
項垂れ立ちつくす恭介。その姿が勝昭の目には、とても小さく映る。これが、あの恭介かと。何を戸惑っているんだ。血反吐を吐いて、自分に訴えかけたあの恭介はどこへ行ってしまったんだ。真実を告げるためにここへ来たわけじゃないはずだ。やる事はわかっている。そうだろう。なのになぜ動き出さない。
その気持ちを拳に握り締めた勝昭は、大きく振りかぶりオーガの頬へと叩きつけた。衝撃を緩和しきれない銀星と共に、恭介は地面へと倒れ込む。そこへ勝昭が気持ちを言い放つ。
「恭介。何迷ってんだ。真奈美を助けるんじゃなかったのかよ!? 何に縛られてんだ。どうしちまったんだ?」
それはわかってる。そう勝昭を見返す恭介。だが、自分の弱さに気が付いてしまった。その事が、根本たる恭介の信念を、覚悟を、打ち砕いてしまったのだ。だから、動けない。動きたいのに、動けないでいた。そこに勝昭の言葉が更に飛んでくる。
「お前は、誰のために戦ったんだ? お前は、誰のために傷ついたんだ? 目を覚ませ恭介! お前は、紅蓮闘士オーガだろうがぁ!!」
――つよくて にげない オーガみたいに わたしたちを まもってね――
――真奈美を助ける。それが俺たちの目的だろう!? 恭介ぇ!!――
ドクンと一度、恭介の心臓が脈打った。過去の記憶が、頭の中で蘇る。自分がなぜ、ファンタジーを――魔法を求めていたのか。どうして、この様な性格、いや、信念を持つに至ったのか、全てを鮮明に思い出した。魂が覚えていたのだ。遠くへ行ってしまった真奈美を忘れようとした事もある。母の真実を求めずに妄想に逃げた事もあった。そして今まで、紡ぎ出されてきた言葉は全て理想の自分であり、憧れた自分の言葉。それは、弱い自分を他人から隠すために被った偽りの仮面。いや、他人にではなく、自分から隠そうとしていたのだ。
逃げていた。それを認められない自分は、結局強くなれていなかった。過ちを――弱さを認めなければ、決して強くはなれない。それが、今わかった。
だから、もう、終わりだ。
見せかけだけの信念なんて、いらない。共に生きると決めた銀星を信じる。だから、本当にその信念を貫いてやる。根底から芽生えた信念を、絶対に俺は……
「曲げねぇえええええ!!」
恭介の叫びが、夜空を劈く。生命の再動とも取れる産声が、空気を震わせた。しっかりと見開いたその力強い瞳の奥に、爛々と輝く星空が綺麗に煌めき出す。
「銀星。俺が悪かった。お前を疑っちまった。許してくれ」
『悪くはないさ。それが、人間だろう。私も言葉が足りない過失があった。私こそ、すまない。さあ、望め恭介。君の望みは何だ?』
銀星の言葉が心に響く。それに応えて、恭介は拳を握りしめた。
「真奈美を助ける。だから、力をくれ。β《ベータ》を真奈美から引き剥がす、ありったけの力を!!」
『了解した!』
そう言葉を残し、空へと舞い上がるオーガを見上げ、勝昭は笑う。それでこそ恭介だと。
『お前は行かないのか勝昭』
ユニコーンが口を挟んだ。それに勝昭は苦笑いに変え言葉を紡ぎ出す。
「行くさ。本当のヒーローが戦ってるんだ。相棒が、戦わなくてどうする」
『ならば望め、お前の望みは何だ?』
「恭介と共に真奈美を助ける。それができる力が欲しい」
その言葉にこもる今までにない心の強さ。それを噛み締めユニコーンは言った。
『お前が望むままに、力を揮え』