24 暁の明星
『恭介ぇ!』
「ナックル!」
瞬間、勝昭の左拳が残りの仮面を打ち砕く。衝撃を頭部に受けた恭介は、小さな放物線を描きクレーターの端に叩きつけられた。意識が混濁する。しかし、正面に見える星はその姿を自分の意志で輝かせ綺麗に見えた。体はもう動かない。脳が激しく揺られ、世界が小刻みに震えている。もう駄目なのかと弱音が脳裏を過る中、銀星の声が響き続けていた。
『意識を保て、強く望め。まだ死なせない。絶対に死なせない』
必死で治療を行う最中の全力の叫びだった。ボロボロになった恭介の体、正直どこから手をつければ良いか判断に困る。だが、何より優先すべきは、生命の根幹。頭脳だ。恭介が意識を失えば、自分の力を発揮する事ができない。それまでなんとか持ってほしいと切に願った。だが、その思いは届かない。可能な処置もできないまま、恭介の意識は、深く、深く沈みこんでいった。
動かなくなった恭介を見据えながら、勝昭は震えていた。宿敵であったオーガを倒したのだ。人生において常に自分のコンプレックスであった恭介を倒したのだ。自分の力が恭介を越えた。特別な存在になれた。そう思えた。しかし、何なのだろう、この心に空いた大きな穴は。そこにこびり付く、恭介の言葉は。
真奈美が生きている。そんな言葉を自分に言えば、攻撃を止めるとでも思ったのだろうか。そんな弱い恭介など、倒したところで意味がなかったのだろうと、勝昭は鼻を鳴らす。
もしかすれば、憧れが恭介を美化しすぎていたのかもしれない。そう感じながら、勝昭がゆっくりとオーガに向けて歩み始めた時、周囲を地鳴りが襲った。かなり大きい。咄嗟に勝昭は空中へと飛び立つ。
慣れた動作でγ《ガンマ》を操り、簡易飛行形態を取った。浮遊しているだけならば、足裏から推力を生む空気を排出させれば事足りる。巻き上がる熱風が頬を焼く感触に、勝昭はユニコーンの仮面でその顔を覆った。
見下ろす世界。まだ、その炎は所々で渦を巻き、瓦礫が散乱している。直下に生んだクレーターが月の様に見えた。だが、地鳴りの原因は不明だ。爆発ではない。ならば自然現象である地震なのかと考えた時、外れに見えた滑走路が盛り上がり、弾け飛ぶ。舞い上がったアスファルトが、黒い雪の様に舞い、落ちていった。
静寂に包まれた黒い降雪。その中心に、勝昭の視線は釘づけになる。見た事のない物体。浮遊する金色の繭。どういった原理で空中に静止しているのかわからない。いや、そんな事を考えるよりも先に、脳内にγ《ユニコーン》の声が流れ出す。
『心を引き締めろ勝昭。最高の敵だ』
どうやらユニコーンは、あの物体が何者なのか知っている様だ。口数少なく自分から語ろうとしなかった彼の言葉。その中の“敵”に対して力がこもる。相手が何者だろうが関係ない。心の中に広がっている不完全燃焼が、勝昭のゴングを鳴らした。このやり切れない思いを、あいつにぶつけてやる。
そう拳を握り、「ユニコーン」と声を出し、簡易飛行形態から戦闘飛行形態へと換装を実行する。甲冑の影となる部分から、小さな噴出口が無数に顔を覗かせた。
瞬間、高い鈴の音が脳内に響き渡る。リーンと耳鳴りの様に聞こえる波。それを振り払う様に、勝昭は頭を振った。
「何だこれは?」
『奴の仕業だ。心を強く持て』
ユニコーンの声が聞こえた。だが、それに被せる中性的な言葉が勝昭の中に広がる。
『脅威がどれほどのものかと期待したが、不完全な同族が脅威か……』
その言葉と共に、金色の繭が徐々に解かれていく。天使の翼が八枚、その姿が一瞬噴き上がった炎の柱に照らされて、オレンジ色に揺らめいた。
『つまらんな。だが、その力、奪っておいて損は無し』
そう聞こえた瞬間、勝昭は金色の天使に向けて、突貫する。相手の口上など聞く理由はない。ただ“敵”である相手を倒すだけだ。気合いを込めて勝昭が吼えた。と同時、背中の噴出口から、爆発的に噴き出した空気が、勝昭を更に加速させる。
「リジェクト……」
その姿を見据えた金色の翼は、更にもう二枚の羽根を展開し、勝昭の進路を遮った。
「ナックル!」
だが、彼の拳はそれをやすやすと貫通させる。そして、自分の体ごとその翼を突き破った。それを基に勝昭の口角が上がる。最高の敵とてこの程度。見かけ倒しだ。そう相手を嘲笑ったところで、左手に次弾を装填した。瞬間。目前に翼の壁が立ち塞がる。
「邪魔だぁ!」
同様に振り抜いた拳が、その壁を突き破った。だが、そこに体を捻じ込もうとした瞬間、衝撃が走る。貫いたはずの翼が瞬時に再生し、勝昭の体ごと穴を塞いでしまったのだ。体が思う様に動かない。締め付けられる感覚に、勝昭は筋肉を膨張させ弾き返そうとするが、それは、全く効果がなかった。
『やはりこの程度。以前の宿主の方が、手応えがあった』
頭の中に流れ込む中性的な声に、勝昭は心を怒りで震わせる。そう言うのであれば見せてやろう。この状態で出せる最強の技を……。と、体中に力を蓄積し、解き放つため視線を上に向けた瞬間、敵の宿主が目に飛び込んでくる。
「ま、まさか……」
勝昭の言葉が向けられた先。そこには、整った顔立ちの美しい少女。長い時間延ばされ続けた黒髪が、上昇気流で舞っている。だが、勝昭の視線は、それらにではなく、少女の髪と共に舞う、二対の黄色いリボンにだった。忘れる事はない。見間違えるはずもない。あのリボンは、自分が彼女にプレゼントした。世界で一つしかない思い出のリボンだ。
突然、頭の中に当時の光景が蘇る。恭介の言葉が、心の中を駆け巡った。
――真奈美は生きてる――
――ここにいるんだ。悲しんでんだ!――
「真奈美ちゃん……?」
零れ出た言葉。だが、それは彼女には届かない。閉じられた瞳。力なく項垂れる頭は、生命の活動を微かに見せるだけで、意識があるとは思えない。だが、勝昭は叫んだ。
「真奈美ちゃん!!」
一度で反応がないのならば、何度でも。何度でも勝昭は叫び続けた。その姿を、興味深く見届ける金色の魔物――ルシフェル。
『ほう、この宿主の知り合いか……重力で引かれ合う運命。実に面白い。ならば、この心を利用して、この地球を砕くのも、また、一興』
そう、独り言ちたルシフェルは、力を込めて、ユニコーンを締め上げる。もう、その翼は、翼ではなく、触手となって勝昭を絡み取っていた。それでも、勝昭の叫びは止まない。
「真奈美ちゃん! 俺だ! 勝昭だ! 生きてるんだったら返事をしてくれ!!」
ギリリと擦れた金属音が、徐々にユニコーンを砕き始める。亀裂が甲冑に広がった。