23 あの星の下
天の川を見上げながら、恭介は鼻水をすすった。勝昭とケンカしてからずっと言葉を交わしていない。今はきっと皆で、同じ様に星を眺めている事だろう。その場所にいるのが嫌で、こっそり抜け出した恭介は独りで空を見上げてみるが、涙で滲み上手く星が見えなかった。
「キョ~ウちゃん」
そんな時背後から真奈美の声がした。明るく響くその声を聞き間違えるはずがない。恭介は慌てて両目をこすると、できる限りの笑顔を作り振り返った。そこには、月明かりに照らされた真奈美の姿。トレードマークの黄色いリボンがふわりと二対、風になびいた。
「マ、マナミちゃん」
充血した瞳で見ると、少し寂しそうな表情にも見える。
「どうしたの? せっかくみんなで、天の川見てるのに。一人でどっかいっちゃって」
「あ、うん……」
泣いていた。そう答えるわけにはいかない恭介は、ただ曖昧に、頷くだけだ。
「もう、男の子だったらシャキッとしなさい。シャキッと」
そう言いながら真奈美は、恭介の背中をバシッと叩く。小さな掌ではない何か違う感覚を背中に感じ、恭介は首を傾げる。
「あれ、何かもってるの? マナミちゃん」
そんな恭介の問い掛けに「え~」と、おどけながら驚きを表現する真奈美。その顔が驚いたり怒ったりと騒がしい。
「キョウちゃん。誕生日いつ~」
「え、今日だけど……え? もしかして」
「そのとおりぃ~」
そうやって満面の笑みを浮かべた真奈美が、恭介の眼前に一冊の本を取り出した。正確にいえば、それは本と呼ぶにはあまりにも稚拙なつくりだ。画用紙にクレヨンで絵を描いて、覚えたてのひらがなで綴られた文章が並ぶ手作りの絵本。それを真奈美はズイと恭介の前に突き出した。
「お誕生日ぃ~おめでとぉ?」
「あ、ありがとう」
今までの寂しい気持ちが一気に吹き飛んだ。跳ね上がる心をそのままに、恭介はその絵本を受け取る。
「み、見ていい?」
興味に輝く恭介の瞳に、真奈美はニッコリと笑うとブンブンと頭を横に振った。
「だぁ~めぇ~ぇえぇえぇ」
「えー? 何でさ」
恭介が眉をひそめると、頭をピタリと止めた。
「だってさ~くらぁい所でご本をよむと、目がわるくなるってママがいってたもん。それにぃ……」
「それに?」
恭介が適当な相槌を入れると「えへへ」と、真奈美が空を指差す。
「せっかくきれいなお星さまが出てるんだよ~。そっち見なきゃ、そんだよ。ね~」
恭介に同意を求めているのか、最後の「ね~」で少年の瞳を覗き込んだ。その仕草に恭介は顔を赤らめ、たじろいでしまう。口を突く言葉は、弱々しい「うん」だけ。
それに真奈美は、首を傾げながらも、恭介の腕を取る。そして軽く引っ張った。
「だから~むこうにもどって、みんなで見よ~よ」
そうやって向けられる無邪気な笑顔が、恭介にとっては少しきつい。あの場所に戻れば勝昭と顔を合わさなきゃいけないのだ。それが脳裏を過った恭介は、無意識の内に真奈美の手を振りほどく。そして……
「ご、ごめん……」
俯く恭介。それに真奈美が眉をひそめ「どうしたのさぁ、キョウちゃん?」 そう、声をかけると、恭介は拒むように背を向けた。
「カツが……いるだろぅ。だったら僕、行かないほうが……」
「あ~やっぱりあのこと気にしてるんだぁ」
その言葉に恭介は黙って頷く。昼間こっぴどくケンカをしてしまったのだ。いまさら合わす顔がない。
「ねぇ、キョウちゃん。今、お星さま見える?」
唐突な真奈美の言葉に、恭介の頭に疑問が浮かぶ。しかし、そう首を傾げながら夜空を見上げると、最初と同じ様に滲んで見えた。
「もしね、じょうずに見えなかったら、心が泣いてるんだって。キョウちゃんのママがさっき言ってた」
そう真奈美は言いながら、天を仰ぐ恭介の周りをゆっくりと回る。
「カッちゃんもさぁ、じょうずに見れていないと思うんだよ。だって、ケンカしたまんまじゃ、心は泣いたまんまだもん。わたしだって見えないよ」
ニッコリと微笑む真奈美の顔が、正面に来た。
「だから、いっしょにもどろう」
しかし恭介は、それをまともに見る事が出来ない。正面を向いてしまったら、涙が零れてしまいそうだったから。