22 一角星
体の状態を確認しながら立ち上がる恭介。問題はない。動ける。だが、どうする。そう睨みつけた先でユニコーンが、ククと笑った。
『恭介、一時退却だ。このままではいずれ殺されてしまうぞ』
頭の中で銀星が撤退を促す。だが、それはできない。もしかすれば、あの騎士は勝昭かもしれないのだ。いや、間違いなく勝昭だ。客観的な根拠は少ない。だが、言葉では言い表せない感情がそうだと言っている。魂が、そう叫んでいるのだ。それに、勝昭相手ならば逃げるわけにはいかない。例え死んだとしてもだ。その覚悟が、恭介を突き動かす。
「寝言は寝て言え銀星。知ってるだろう。俺は逃げねぇ」
『馬鹿なこだわりを持つな。死んでしまえば母の意志も、父の意志も消えてなくなる。いったい誰が継ぐというのだ』
「なら、死なねぇ。死なずに俺はあいつを倒す」
『子供の理屈だ恭介。力の差は歴然。どうやって倒すというのだ』
倒す事。それに対して、良い考えは思い浮かばない。だが、心中で膨れ上がる、ユニコーンの正体。勝昭には大切な事を伝えなければならない。自分がここに来ている真実を。ならば。
「確かめる」
『何を言ってる。馬鹿か君は』
そう言われる事はわかっていた。しかし、相手が勝昭ならば、例え自分が死んだとしても意志は託せる。そうやって自分の弱さを嘲笑った恭介は、仮面の下、吊り上げた口角で言葉を紡ぐ。
「ああ、馬鹿だ。尻拭い頼むぜ銀星」
そう言葉を言い残した恭介は、ユニコーンに向け駆けだした。それを嘲笑うユニコーン。何度だろうが打ち砕く。スウと腰を落とし、拳を握り締め、対宿主専用“リジェクトナックル”を装填した。
「リジェクト……」
声が聞こえた。その拳を見据える恭介。迷いが過らぬその信念は、一気に間合いに飛び込んだ。
「ナックル!」
恭介の顔面めがけ強力な拳が繰り出される。今がそのタイミングだ。
「止めろ! 勝昭!」
絶叫とも取れる恭介の声に、その拳の軌道が鈍る。間違いなかった。こいつは勝昭だ。その確信の下、更に一歩踏み込む。かわし切れなかったリジェクトナックルがオーガの仮面を左半分吹き飛ばす。その事で、恭介のまっすぐな瞳が露わになった。ユニコーンに映る自分の姿を睨みつけ、恭介は更に吠える。
「勝昭ぃいいい!!」
そのまま全力を持って押し倒す。マウントポジションで息を切らす恭介の口から、まだ乾き切らない血液が糸を引きつつ騎士の鎧を染めていく。それを見返した勝昭は、動けなかった。なぜ、恭介がここにいる。なぜ、ここまで俺の正義に盾突くんだ。想定外の事に頭が混乱する勝昭。間髪入れず恭介は言葉を紡いだ。
「久しぶりだな、勝昭」
「恭介ぇ」
二人の言葉が連なった。不敵な笑みを浮かべる恭介に、ユニコーンはその仮面を取り払う。短く切りそろえられた金色の短髪が以前と印象を違わせるが、その眼鼻立ちや輪郭は勝昭のそれそのものだ。
「そうやって、すぐ挑発に乗ってくる。勝昭らしいな」
言葉を発する度に血液が垂れる。その恭介の言葉に勝昭は激昂した。
「なんだコラ! ボコボコなくせに、偉そうな口きいてんじゃねぇ!」
そう言いながら、繰り出された拳が恭介の腹部に突き刺さる。仮面の外から半分覗く恭介の顔が苦悶の表情に歪む。遅れてやってきた吐血が、更に鎧を染め上げた。だが、恭介は力一杯両足で勝昭を挟み込み、動こうとはしない。
「わりぃな。染みついたしゃべり方は、変えられそうもねぇ」
「さっさと退け。恭介。いつまで乗ってやがんだ!」
もう一度突き刺さる拳。その痛みに耐えながら、恭介は言葉を繋ぐ。
「もうしばらくだ。お前に一つ、言っておかなきゃならねぇ事があってな。真奈美の事だ」
真奈美。その名前を聞いて勝昭の拳に力がこもる。今度は容赦なく脇腹を打つ。肋骨が砕ける音と共に、更に血飛沫が舞う。だが、恭介の口は止まらない。
「ま、真奈美は死んじゃいねぇ。ここで生きてる」
次に逆を打とうと思っていた勝昭の拳が止まる。
「何言ってやがる。真奈美は死んだんだ。お前のせぇで真奈美は死んだ!」
そう言いながら一度止めた拳を、再度動かし脇腹を突く。
「いいか、勝昭。俺の目を見ろ。全て真実だ。真奈美はまだ生きている」
「ふざけんなぁ!」
再び腹部を突いた拳が、恭介の返り血で赤く染まった。
「俺が一度でもお前に嘘ついた事があるか? 生きてるんだ。ここにいるんだ。悲しんでんだ! 助けを求めてんだよ!」
恭介の強い瞳が、勝昭を見据える。その視線に勝昭はつい目を逸らしてしまった。この視線が、苦手だ。全部俺が間違っていない。そう言っているこの強い目が、まともに見れない。憧れだった。ずっとこの目が憧れだった。だから、だから、真奈美は恭介をあの時庇ったのだ。魅力的なこの視線に、誰もが魅了されていたのだ。それが悔しい。それが羨ましい。それが妬ましかった。
「ユニコーン」
勝昭の声が漏れた瞬間、地面が爆砕される。小さなクレーターを生み出した爆発の中、勝昭は恭介を無理やり引き剥がす。そして、右手で恭介の赤毛を掴み力一杯吊り上げた。もう膝に力が入らないのか、成されるがままの恭介が、まっすぐ勝昭を見下ろす。何の疑いのない瞳。あの時と全く同じだ。
『恭介。恭介。逃げろ! 逃げるんだ!』
銀星の声がする。しかし、どうも力が入らない。さすがにやり過ぎたかと恭介は表情を緩める。
(無茶な事しちまったなぁ……)
――キョウちゃん――
「リジェクト……」
『恭介ぇ!』
「ナックル!」
瞬間、勝昭の左拳が残りの仮面を打ち砕いた。