20 勝昭の星
それは、偶然だったのかもしれない。あの日――恭介の頭突きで意識を失ったあの日だ。勝昭の世界が変わった。天を劈く光の中で不思議な声を聞いたのだ。
『力が欲しいか?』
突然だったが迷う事はない。欲しいと答えた。それが、全ての始まりだったのだ。
どうして、その様な事を望んだのか、考えれば簡単だった。恭介に勝ちたい。ただそれ一心に紡がれた気持ち。それが、勝昭の生きる目的だった。不良へと堕ちたのも、悪い事をし続けたのも、髪を金色に染め上げたのも、自己顕示――誰よりも、恭介よりも目立つためだった。
コンプレックスとは、誰もが持ち得る劣等感。隣の芝生は良く見える。そういった意識の塊が勝昭だった。
幼い頃に知り合った三人の人間。その中の恭介は、勝昭にとって特別な存在だった。何事においても、自分より優れ、人当たりも良い。優等生を絵に描いた性格をしていた。幼稚園でも人気者。彼が声をかければすぐにグループが出来上がり、その中心に彼がいたのだ。最初の内はその中にいる、その他大勢でも良いと思っていた。楽しかったのだから。でも、それでは彼女は、自分の事を見てくれないと思った。そう、恭介と同時期に知り合った南条真奈美がだ。
勝昭は、彼女に特別な存在だと見て欲しかった。あの大きな焦げ茶色の瞳。いつも両サイドを黄色のリボンで纏めた黒い長髪。笑うと向日葵の様で、周りの人を温かくしてくれた。その彼女の事が好きになった。明るい性格も好きだ。恭介と比べる事なく接してくれる優しい性格も好きだ。何もかも全てが大好きだった。
彼女に喜んでもらうために、トレードマークのリボンを新しく作りプレゼントした事もあった。それを彼女が、笑顔で黒髪に結ぶ姿が、今も記憶の中で色褪せない。
三人で遊ぶ時は、いつも“幻獣伝説ユニコーンゴッコ”だ。恭介が紅蓮闘士オーガ。勝昭が白夜騎士ユニコーン。そして、真奈美がヒロイン役である、緑川真波。テレビで見た次の日には、そのストーリーを再現して遊んでいた。
あの日までは……
十一年前のあの日。いや、覚えている。七月七日。七夕の日だ。その日、勝昭と恭介と真奈美を含め、その家族みんなで、少し早目のキャンプが行われた。キャンプと言いながらも、近場の裏山で天体観測が目的だ。細かい星々が集まって彩る天の川を見ようと恭介が言いだした。彼の父親は、大学で天文学を教えている教授だと自信満々に言っていた恭介の顔が思い出される。
キャンプは昼からだった。バーベキューで始まったのだ。その後三人は、昨日見たユニコーンを思い出しゴッコを始める。
前日のストーリーは衝撃的だった。味方であったはずのオーガが敵に寝返り、ユニコーンを殺そうとするのだ。信じていた仲間に裏切られるというのは、絶望でしかない。それを幼いながらに感じ取った勝昭は、ゴッコにも熱が入ってしまった。
――何で裏切ったんだ!? オーガ!――
――真奈美が、好きだからだ――
テレビ通りのやり取りだった。しかし、オーガの言葉が現実と重なり、嫉妬心が込み上げてくる。真奈美の事を好きなのは自分だ、恭介なんかに渡すものかと。そこからは、手加減なしの殴り合いだった。原因は勝昭にあったのか、恭介にあったのか、それはこの際、関係なかった。先に手を出したのは勝昭。
幼い二人の殴り合いだ。怪我など知れている。しかし、それを目の当たりにした真奈美は、泣きながら二人の間に割って入った。
――もうやめてよ! カッちゃん。キョウちゃん――
悲痛な叫びに、恭介は手を止める。しかし、勝昭の気持ちは収まらなかった。嫉妬心と独占欲が彼を止めなかった。そんな勝昭に……
ペチン。
小さい音を立て、真奈美が平手を打つ。それで勝昭は我に返った。いつの間にか組み伏せていた恭介の強い眼差しが突き刺さる。唇を切っているのか、口から血を流していた。
現状がやっと理解できた時、もう一度、真奈美の小さな掌が勝昭の頬を叩く。
――カッちゃんなんて大嫌い――
初めての失恋だった。その後の事はあまり覚えていない。その後、恭介の母親と、真奈美が行方不明になった。三日三晩、警察や消防、消防団や自治会が捜索したが二人は見つからなかった。数日後、恭介の家で葬式があった。見つかってはいないが、死んだという判断なのだろう。今思えばおかしい事だったのかもしれない。しかし、当時の勝昭にその判断はできなかった。数ヵ月後、何も言わず、真奈美の家族もどこかへ引っ越していった。
誰もいなくなった南条家を見つめ、勝昭は泣いた。泣いて、泣いて、泣き疲れた時、行き場所のない悲しみが、怒りに変わり恭介に向けられる。あいつが言い出さなければ、真奈美は死なずに済んだのに。あいつのせいだ。あいつが全て悪いんだ。
――あいつは、裏切り者のオーガなんだ――
その時からだ、恭介に必要以上の執着を見せ、絡みだしたのは。
そして、銀色の力を手に入れた日に深夜の路地で声をかけられる。
「ヒーローにならないか?」と。
それはW.STARの研究員だった。その言葉に応じた勝昭は、組織に入って様々な事を教えられる事となる。スターライトとは何か、α《アルファ》、そしてγ《ガンマ》について。宿主とはいったい何で、何ができるのか。全てを受け入れ呑み込んだ。するとどうだ、自分が正に幼いころゴッコで描いていたユニコーンそのものではないか。銀色の鎧に身を包み、悪の生物と格闘するヒーローだ。
勝昭には戦士としての才能があった。メキメキと才能を開花させあっという間に最上級ランクになる。すると、本部においてその力を揮わないかと打診があった。戦う場所があるのなら、迷う事はない。答えはイエスだ。
勝昭は正義のヒーローユニコーンでなければならなかった。そうする事で、自分は恭介に勝っていると思えたからだ。あのオーガを倒した正義。それを守るため。