表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/32

1 星が見えない

 この世界に存在する全ての現象は、全て科学的に証明することができる。過去、神の御業として語り継がれていた地震、雷、火山の噴火、蜃気楼なども全て、現在においては科学的根拠を用い証明されている。幽霊や妖怪、魔法等の類も、本当にこの世界に存在する現象であるならば、現在証明されていなくとも必ず証明できるはずだ。

 科学とはファンタジーを蝕む害悪だと、偏見を向ける者もいるだろうが、それは間違いなのだ。なぜならば、ファンタジーの中で繰り広げられるような現象が、現実世界で再現できるのであれば、科学こそが本物の魔法になる。

 未知なる力。未知なる現象。それらを携えて、君は魔法使いになりたくはないか。

 本書では、そんな魔法使いを目指す君たちに、魔法の基礎を説いていこうと思う。


「って、何だよ。結局科学じゃねぇか!」

 大型書店の参考書コーナーに少年の声が広がった。一瞬空気が凝固し、時間が止まる。そういった比喩が似合う空間の中、少年の近くにいた他の客が身を小さくしながら、一瞥を残し、そそくさと離れていくのが見える。そんな姿を睨みつけた少年は「なんだよ」と独り言ちた。不機嫌そうに歪んだ口元が、八重歯を覗かせる。

 そうやって悪態をついた少年の名前は、北内恭介きたうちきょうすけ。身長が高く肉付きも適度。そんな体に纏った紺色のブレザーをはだけさせ、学校指定のネクタイを適当に緩めている。厳しい人間から見れば「だらしない」と言われそうなその姿の上には、生まれつきの赤毛をヘアーワックスで後ろに流し、藪睨みな黒い相貌を不機嫌に細くした顔が見えてくる。

 外見だけで言ってしまえば不良だろう。しかし、そんな風貌を持った恭介は、不良ではなかった。口が悪い。性格も悪い。頭も悪い。そんな三拍子が揃っていても、決して恭介は不良ではない。

 なぜか?

 それは、不良とは明らかに確執する信念があったからだ。

 おのが信念を貫くためには、手段を選ばない。不器用なまでに真っ直ぐなその行動が、周囲に誤解を招くこともあった。しかし、その事など、彼にとっては微々たる事象。いや、関係のない事柄なのだ。彼が掲げる信念に基づいた『退かぬ』、『媚びぬ』、『顧みぬ』の帝王学的三段活用。それこそが、恭介の根幹を担っているものであり、彼そのものだった。


 そんな恭介がどうして、あの様な声を上げたのか。それは少し時間を遡る。


 恭介の趣味は読書だ。しかも、主にライトノベルと分類される小説をこの上なく愛していた。外見からは到底想像もできないその趣味のため、今日もバイト帰りのこの時間、この大型書店に、新刊を求めて立ち寄っていたのだ。

 他人の視線など全く気にせず、慣れた手つきで一通りライトノベルの棚を指差し確認した恭介は、新刊を数冊手に取るとレジで支払いを済ませた。若い女性店員が何度も文庫本に書かれたファンタジーなイラストと、彼の姿を見比べる姿が記憶に新しい。と、いうより、それがいつもの光景だった。

(俺がラノベ読むのが、そんなに不思議か?)

「ブックカバーはお付けしますか?」

「いらん」

 ぶっきらぼうに言い放つ恭介の言葉に、萎縮した女性店員が体を小さくしながら紙袋に詰めていく。これもまた、いつもの光景。

(いい加減に慣れろ。このダボハゼがっ!)

 心の中で女性店員を目一杯罵倒した恭介は、「ありがとうございました」と控えめな声で差し出される紙袋を乱暴に奪い取った。

(さあ、サッサと帰ってラノベタイムだ)

 そう、レジカウンターからきびすを返した瞬間、強烈な殺し文句が並べられたポスターが目に入る。A4サイズだったにもかかわらず、そのポスターにつづられた文字列は、とても甘美なイントネーションで脳内を巡り、恭介の心を掴んで離さない。

『遂に魔法使いを育てる参考書が発売!!』

(何……だと?)

 恭介の視線が釘付けになる。ファンタジーが好きな人間ならば一度は思ったことがあるだろう。この世界に魔法は存在していていると。

 力ある言葉を紡ぎ、空間を湾曲させ、通常では起こり得ない現象を具現化させる。そんな不条理な力を手にしたい。そんな理想を抱いた事が、誰しもあるはずだ。だが、それは一時の事。手に入らない力を求めたところで、それが空想であることに気がつく。

 結局、目の前に突きつけられた過酷な現実から逃げる事だと理解して、その妄想は悲しさと、虚しさを伴い霧散するのだ。それが一般的。しかし、恭介の頭の中では、その妄想が現在進行形で展開されており、高校三年生となった今でもそう思っている。ただ、世界や国が、氾濫することをおそれて公表していないだけであると。

 故に恭介のテンションは跳ね上がる。まさか、ついにあの国際魔法使い同盟が許可を出したのかと驚きの色が隠せない。

 常識のある人間ならば「ありえない」と、鼻で笑うところだが、外見とは違う二面性を持った、いわゆるロマンチストで夢見がちな少年なのだ。この恭介という人間は。

 だから、迷わず参考書が並ぶコーナーを探し出し、『とある魔法の基礎知識』と題された目的の本を手に取った。

(この中に、魔法が……)

 生唾を飲み込む。緊張と期待がのど仏をゆっくり上下させた。そして、表紙に手を添え、はやる鼓動をそのままにペラリとめくる。普段目を通すライトノベルとは違う文体が脳内を駆け巡った。しかし、どうも求めていたものと違う。一応、最後に大逆転があるのかと期待していたが、結局のところ科学についての解説書(入門編)だった。


 さて、時間を元に戻そう。


 期待はずれの参考書を元の棚に戻した恭介は、抱えていたライトノベル入りの紙袋を持ちなおすと。かかとが重点的に磨り減ったローファーを引きずるように大型書店を後にする。

 自動ドアをくぐると目の前にはファミリーレストランやレンタルビデオ店の明かりが煌々と夜の闇に浮かび上がっていた。そんな光に目を細めた恭介は、雲ひとつない夜空を見上げ「これじゃあ、星がみえねぇだろうが」と悪態を零した。

 恭介の言ったことは正しかった。新しくできた道沿いに並ぶ店舗が、我が我がと競い合うように光を放っている。小さく輝く星々の光など邪魔な存在であるかのごとく、かき消してしまっているのだ。

 恭介が生活するこの街は、政令指定都市に追い付くべく開発が進む街だ。故に密集したオフィス街があると思えばその逆、一面に田園が広がる農村地帯が混在していた。今恭介がいるこの場所は、丁度その二つを結ぶ道の真中。旧来からの物と近代的な物が入り混じる不思議な、というより滑稽こっけいな場所だった。

 その場所にいる自分も似たような人間かと、自嘲的な笑みを浮かべながら冷めた視線で行き交う車を睨みつけた恭介は、田舎の方に爪先を向け、右足を踏み出す。

 一筋の風が恭介の頬を撫でた。

 ようやく風が冷たくなってきた。電気店のショーウィンドウに並ぶ大型液晶テレビの、ニュースキャスターが暦の上ではもう既に冬であると告げているが、それを未だ肌で感じることはできない。この街に住む人々にとっての感覚は、まだ秋が始まったといったところだろうか。いや、コンクリートが囲う街路樹も、日光を得るために広げた緑の広葉をいまだたたえている。だから現状にそぐわないのは暦なのだろう。時代が違うという事だ。

 そんな風を肩で切って進む恭介の前に、詰襟の学生服をはだけさせ、赤いシャツを覗かせた少年が立ちはだかった。日本人であるにも関わらず、自らの長い黒い髪を金色に染め上げたその少年は、全力で眉間に皺をよせ、恭介を睨みつけている。ポケットに手を入れ、猫背ぎみに敵対心を剥き出しにしている少年は東勝昭あずまかつあきといった。

 威嚇行動を見せる勝昭を認めた恭介が、藪睨みの視線を彼に対して送り返す。彼らの瞳が互いを捉えると、自然ときつくなった視線同士がぶつかり合い火花が散る。

 一触即発。

 そういった緊張感がざわめきを生み、周囲の通行人を二人から遠ざけていく。

 そんな中、首を傾けた恭介が「何だ? 勝昭、俺になんか用か?」と、口を開けば、その態度に眉を吊り上げ勝昭は声を荒げた。

「ああ? あるわけねぇだろうが!」

 突っ掛かる様に返された端的な勝昭の威嚇に、恭介は面倒臭そうに眉をひそめる。

「だったら、退け。邪魔だ」

「何だとてめぇ! ふざけやがって、タイマンだ。コラァ!」

 切り捨てる様に放たれた恭介の言葉に勝昭が激昂。きつく拳を握り締めた。怒りを孕んだ攻撃が繰り出され、恭介の頬を捉え――ない。赤毛が上半身を捻り、突きをかわした。

「いいぜ勝昭。真っ直ぐな攻撃、嫌いじゃねぇ……」

 口端が吊り上がり八重歯が覗く。相手に対するわだかまりが、きつく拳を握らせた。

「やってやる。タイマンだ」


 恭介と勝昭は幼稚園からの腐れ縁だった。常に同じクラスに存在してきた二人は、周りからいつも比べられて育ってきた。そして、そこで生まれた争いの種。それは、自然と芽吹き、花を咲かせる事となる。

 つまりどちらが先にしろ、二人の間で争いは絶えなかったのだ。また、別々の高校に通うようになっても実家が近い現実。行動範囲もほぼ同じと言って過言ではない。そんな二人が出会う事は火を見るより明らか。ならば、こうなる事は、二人にとって自然であり、必然的な行動。言い方を変えれば運命と呼べるものなのだろう。


「恭介ぇ!」

 勝昭が吼える。同時に繰り出された右拳。それを左半身に見据えた恭介が、大地をしっかり踏み締めた。

 恭介は避けない。

 だが、拳を伸び切らなせない。と、半歩踏み込む。引き締めた左肩で衝撃を受け止め、勝昭の利き腕を封じる。そして……

「勝昭ぃ!」

 恭介が吼えた。腰が回る。勝昭から最も遠かった拳が、一瞬にして目前に来た。

 一撃。

 気付いた時にはもう遅い。全身の力を使い振り抜かれた恭介の拳。それは勝昭の顎を見事に捉え、彼の意識を容赦なく断ち切る。一度ぐらりと揺れた勝昭が、白目を剥いて膝から崩れ落ちた。

「また俺の勝ちだ……な、勝昭……」

 蔑む様な視線で勝昭を見送った恭介は、長い脚を伸ばし目下に倒れる幼馴染を跨ぐ。同時に溜め息が漏れた。脱力にも似た気だるさを、首を鳴らし乗り越え、恭介は独り空を仰ぐ。

「だから、……星が見えねぇんだ」と……


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ