18 破壊の彗星
月影に照らされながらハチドリは飛ぶ。無尽蔵に加速されていく速度。いったいどれほどの壁を越えたか。高度七万二千フィート上空に煌めく銀色の槍は衝撃波を放ちながら、六枚目の壁を貫いていた。そして、仰角を下げ目的地に向けてその嘴を向ける。
二人の目的が重なる場所――それはアメリカ合衆国、ネバダ州、リンカーン郡に存在する“エリア51”と呼ばれ、表面上はある種の噂が絶えないアメリカ空軍基地だ。その地下にW.STARの本部は存在していた。
分厚い積乱雲を蹴散らし、槍は目指す。山脈や込み合った丘の間に形成され、乾燥が生み出したアルカリ性塩湖。真っ白な世界が生み出す幻想的な荒野を。
そんな中銀星は警戒する。間違いなく本部では宿主が存在するはずだ。少なくともあのβ《ベータ》が。営利を目的としているならば抵抗を受ける。軍隊も配備しているならそれも出てくる。どうするか……関係のない者には悪いがこの衝撃波を持って薙ぎ払うしかなさそうだ。
その時、不自然に並ぶ無機質な飛行物体が視界に飛び込んでくる。
やはり来た。予想通りだ。編隊を組み飛行する戦闘機部隊。だが、その速度は止まっているかの様に見える。ありえない相対速度を体験した事がない機械相手に、こちらに気が付いているかも疑問が浮かぶ。しかし、それに構っている余裕は銀星にはなかった。何も言わず、その中心を擦り抜けると遅れてやってきた衝撃波が容赦なくその編隊を爆砕した。のも束の間。月の光で輝く塩湖から次々と戦闘機が飛び立つ姿が確認できる。それに合わせて地対空ミサイルが放たれた。通常ならば考えられない波状攻撃だが、W.STARの技術を搭載されたグリフォンと称される無人戦闘機とミサイルは意識が共有されており、同志討ちを回避する事に成功したのだ。故にこういった無謀な策が成立する。
だが、無数に舞い上がる力の粒は銀の槍と擦れ違った瞬間、爆発し塵となって降り注ぐ。閃光と黒煙の帯を引き、ついにハチドリは目的地に到達する。が、着陸はしない。圧倒的な力を見せつけ恐怖に駆られた人々を逃がす時間が必要だ。人を殺す事を宿主は――恭介は望まないはずだから。
衝撃波で、基地の建造物をえぐる。絶妙にコントロールされたその衝撃は、まず天井部分を削り取る。そして、空中で旋回をしながら、生体反応を確認した。この力も初代銀星から引き継いだ知識だ。三次元に展開された基地全容が脳裏に浮かぶ。照らし合わせてみれば、地上に生命は存在しない。科学技術に守られた城が、この基地の正体だった。
これならば遠慮はいらないと、さらに深く衝撃波で建造物を薙ぎ払う。戦闘機や他の機関に使用するはずだった燃料に引火し、そこら中で爆炎が噴き上る。
爆音が轟く空間で、月の白が、影の黒が、炎の赤が、見下ろす銀星を斑色に染め上げた。
各種モニターが並ぶコントロールルームでオペレーターたちの絶叫が響く。
[グリフォン全滅。地表部分完全に沈黙。外部カメラ損壊。モニターできません!]
[映像を衛星に切り替えろ。少しでも情報を集めるんだ!]
[相手はどこの化け物か。どの国が攻めて来たとしても殲滅できる火器だったはずだぞ!]
[いったい何が目的だ。今日はあり得ない事ばかり起こりやがる!]
[衛星画像繋がりました。出ます!]
分割されていた中型モニターの枠を取り払い、合成された超大型モニターに映像が映し出された瞬間、その場にいた全員が沈黙し息を呑む。
上空からの映像だが地上の悲惨さが良く分かった。基地が赤く燃えている。夜の闇を、赤く染め上げていた。交代勤務を終えて帰る際、航空機から見下ろすいつもは荘厳で力強い砦の姿は微塵も残っていない。瓦礫が積み重なる廃墟が、以前の姿を思い出させるだけだ。例え戦争で絨毯爆撃を受けてもこの様にはならないだろう。確かそういった事も考慮して再建されたはずだった。はずだったのに、それは意味がなかった事だとこの場にいる全員が思い知らされた。
[悪魔……]
一人の男性の震える唇からその言葉が漏れると、抑えきれない恐怖が同室に派生していく。人とは弱い動物だ。信じたモノが打ち砕かれれば、そこに広がる絶望と恐怖に支配される。それを与えた相手が、認識できず理解できなければ、それは無尽蔵に増幅され生きる希望を失うか、自我を失う。
ここにいる人間もその通りだった。ある者は奇声を上げて逃げ惑い。ある者は力なくへたり込み光を失った瞳でモニターを見つめるだけだった。
同時――同じ画像を映し出すモニターを前に、ケビンはデスクを激しく叩く。馬鹿な。科学の粋を集め計算しつくされた迎撃システムがたった一機の、いや、二つの生命に打ち砕かれたのだ。まさかの真実。それを受け入れられるほどケビンは人生を達観していないし、悟ってもいない。誰にも見せない歪んだ眉が、その憎しみを露わにしていた。
「プライド崩壊か?」
そう背後で笑う騎士が憎らしい。その顔は見えない。だが、その顔が自分を見下している事だけはわかる。気に入らない。表情の作り替えなど忘れて、肩越しに騎士を睨んだ。
「早くお前も迎撃に行け。でなければ、あの約束は反故だ」
その言葉に騎士の鎧が拳を作り出す。このまま頭を打ち抜いてやろうか。だが、それはできない。大切なものを守るため、必要な知識を得るため、それはできなかった。騎士は強がりを持って鼻を鳴らす。
「俺がやらなきゃ、全滅だ。言われなくてもやってやる。そこで指くわえて待ってろよ。俺の力を見せてやる。お前は、γ《ガンマ》が最高の力だと認識すれば良い」
そう言い残し、高笑いを響かせながら、ケビンの部屋を後にする。
その姿を視線だけで辿ったケビンは、内臓が煮え滾る思いだ。抑えきれなくなったその怒りをもう一度デスクに向けて叩きつける。
どいつもこいつも日本人は、自分の事を馬鹿にしやがる。俺が一番だ。誰も届かない頂上に君臨しているのだ。技術の粋を詰め込んだ基地がなんだ。まだ俺には、最後の力がある。γ《ガンマ》やそれと同様のα《アルファ》を持ってしても倒す事の出来なかったβ《ベータ》が。世界一の力。宇宙一の力を持っているのだ。見せてやる。見せつけてやる。誰がこの世界の王で、誰がこの世界で一番なのかという事を。
不敵に歪む口角が狂気に満たされていく。気が付けばケビンは、自分の部屋を出た。目指す先は、この基地の最下層。照明が連なる無機質な長い廊下を抜け、専用のエレベーターに乗る。指紋・音声・角膜・静脈。全ての認証に加え、十三桁の文字数列を打ち込めば、静かにその籠が動き出す。深く、深く、人が人を殺す、真理とも呼べる感情を抱いて。