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16 導く星

 煌々と輝く月の下、眼下に広がる白く歪なキャンパスが、黒い天使を浮かび上がらせ、自然の絵画を作り出していた。そのはざまを駆ける銀色の翼。肌に沁みる冷たい風が、恭介の目を細くさせ、内から起こる焦燥が口元を歪ませる。

 翼が受け継いだ記憶を頼りにW.STAR本部への道筋を直線で描く。彼の脳裏にはメルカトル図法で記された世界地図が浮かび上がり、本部の場所を赤く点滅させ示していた。

 点滅が示す場所――それは、北緯三十七度十四分零秒、西経百十五度四十九分零秒。そこに、南条真奈美が隔離されているのだ。

 白と灰が浮き彫りにする不規則な土台の上を、滑る様にして移動する黒い十字架。あまりにも広大な高層雲のせいで、その影に変化が乏しく、体に当たる風がなければ移動している事を忘れてしまいそうだ。その錯覚が、恭介の思考を苛立たせる。

「銀星、もっと早く飛べねぇのか」

『それは可能であり、不可能だ』

 即座に紡がれた回答が理解できない。普通だったら二者択一のはずだ。可能か、不可能か。だが、返ってきた答えは両方を包括するもの。

「どういう意味だ?」

 恭介の問い掛けに、銀星は無言で速度を跳ね上げる。突き刺すような寒風が恭介を轟音と共に襲いかかった。それにもう、声すら出す事ができず、恭介はその理由を知る。

 いくらまだ、体感する冬が始まったばかりとはいえ、太陽の代わりに月が輝く時間帯だ。それに加え、高度二万フィートを飛行すれば凍えるのが当然。顔に当たる寒風はもう、耐えられないほどの温度にまで下がっている。それなのに恭介は速度を上げろとせっつくのだ。だから、言葉で説明するよりも体感した方が手っ取り早いだろうと、銀星は速度を上げた。そして、一定区間を過ぎると、速度を元に戻す。

『こういう事だ』

 つまり、脆弱な人間が速度を出せない理由という事だ。

「こら銀星! 言葉で説明しろ言葉で」

『君のためを思ってだ』

「だったらこう……何かねぇのか。俺を守りながら速く飛ぶ方法ってのは?」

 盲点だった訳ではない。銀星の質量というものは変わらない。形は変えられても増やす事はできないのだ。ならば、翼と防護壁を同時に形成するには少々体が足りなかった。見様見真似で飛んでから、一色の航空力学を取り込んで現在の飛行形態がある。そう考えたところで、銀星の声が流れ出した。

『ある。……かもしれない』

「ああ? なんだそのいい加減な返答は? 銀星らしくもねぇ」

『実を言えば、未だ初代銀星の記憶・知識を理解できていないのだ。彼は……いや、彼女は私とは比べ物にない知識と記憶を所有していた。それを一度に引き継いだのだ。私の処理速度が追い付かず、現在、本部に関する情報以外はシャットアウト状態にある。故に、それらを検索すれば、見つかるかもしれない』

「ん? じゃあ、検索すりゃ良いじゃねぇか? それだけだろ」

 簡単じゃないかと紡がれた恭介の言葉。持っているかもしれないならば、それを探せば良いだけの事。楽観的な彼の笑みに、銀星は渋い声を漏らす。

『しかし時間が……』

「んなこたぁ構わねぇ! さっさと検索しやがれってんだ!」

『わかった。後悔するなよ』

 銀星がそう言い残した瞬間、揚力が衰えを見せる。風向きが変わった。黒い十字架がどんどん迫り、まさかと思った時には……もう遅い。

「嘘だろぉおおおおっ!?」

 その絶叫を残した恭介は、雲の中へと消えた。


 力を集中し、己が意識の中へと銀星は潜っていく。間違いなく揚力を失った恭介は重力に引かれ落ちている事だろう。だが、こうなる事は彼も了承済みだ。彼が生まれた地球ほしと衝突するまでに、検索を終えなければ……

 それにしても、彼女の知識は膨大。その一言に尽きる。客観的に求めた知識から、主観を含めた独自の理論まで。はっきり言って、その全ては人一人の人生を費やしたとしても到底手に入る代物ではない。いったい先代は母星からどれだけの期間離れていたというのだ。

 そう銀星が思考を巡らせながら、この地球ほしに適応し、且つ人間を酷使しない手段を詮索する。

 見つけた。地球において彼女が導き出した知識ちから。航空力学を。それを素早く頭の中にインプットする。拙い一色の力学とは比べ物にならない精密さ。これがあればどの様な飛行も可能だろう。

 それに付随して、数えきれない技術が見え隠れする。その中で今まで知る由もなかった自分の使い方を見た。もう、感嘆するしかない。彼女は天才だ。いや、彼女の宿主、恭介の母が天才なのだ。

 これで、知識ちからは揃った。そう銀星が検索を終了しようとした時、思考がぶれ、銀星の精神が干渉を受ける。真っ暗な世界に突如浮かぶ写真の様な映像。その映像が高速で流れ出し、彼に見せるは彼女の記憶。まさかこれは、彼女の仕業なのだろうか。いや、こんな事などできるはずがない。主導権は宿主を持つ自分が握っているのだ。ありえない。そう拒絶しても、それは決して止まらなかった。


 瑞穂は、最初のスターライトで宿主となった。その事でW.STARに入る事となる。その時、年齢十六歳。今から逆算して、二十二年前。恋に焦がれる年代だ。その瑞穂が当時研究員であった道三と恋に落ち、三年後結婚。翌年恭介が誕生する。そして、さらに六年後、二度目のスターライトが発生した。思えばそれがカウントダウンの始まりだったのかもしれない。

 α《アルファ》回収の段階からAAAトリプルの実績を残し、知識、経験とも豊富な瑞穂は、暴走する感情を次々と回収していった。素早い対応と的確な判断。空を舞って放つ拳が必殺技。華麗で強靭なその姿を皮肉って“銀腕の魔女”と異名すら語られるほどだった。しかし、魔女の快進撃もある相手によって遮られる。

 十一年前のあの日、夜空に星が輝きだしたその頃、今までとは違う金色の魔物が現れたのだ。勝負は五分ごぶ。互いに攻めあぐねる硬直状態の中、一人の幼女がその戦いに紛れ込んできた。そう、道三や恭介たちとキャンプに来ていた中の幼女だった。

 その幼女を守りながら瑞穂は戦った。そして、ある一瞬の隙を突き、金色に輝く魔物の宿主を必殺技が打ち抜いた。宿主が気を失えば、相手は必ず沈黙する。これで瑞穂の勝ちだった。それが今までの相手であったならば……

 勝利を見た魔女は、油断していた。まさかまだ動けるとは思ってもみない。だがそれが、瑞穂の、恭介の母親の本当の命取りになった。

 数時間後。道三が駆け付けた時には、もう、無残な姿だった。宿主の血で赤黒く変色した右腕だけがその原型を留めていたにすぎない。そして、その傍らには幼女を新たな宿主にした金色の魔物が月影に照らされ静かに佇んでいた。

 その魔物が、今はβ《ベータ》と称され本部の地下で隔離されている。


 脈動する銀星の思考。

『見つけた』

 この地球ほしに来た目的が、目指す先にいる。消さなければならない存在。一族の汚点。それが恭介の母の仇。これは運命か。人生を共にすると決めた宿主と目指す相手が同じだという。


――銀星……お願い――

――心配はいらない。例えどんな手を使ったとしても――


「銀星! おいこら銀星!! 何か言えよっ! このままじゃ……」

 恭介の目に海面が迫っていた。暗く波を湛える太平洋。月影が微かに雲間から差し込み、反射して揺れる輝きが、さらに恐怖を引き立てる。だが、もうそれを防ぐ術はない。

「くそったれがぁ!」

 眼前に両腕をクロスさせ想像を絶する衝撃に耐えようとする恭介。これで耐えられるなんて思っていない。しかし、何も抵抗せずに終わる事はしたくない。その思いが、恭介の体を垂直へと導く。一点突破。それが唯一残された、いや、取る事ができる手段だ。

南無三なむさん……)

 瞼と奥歯をギュッと噛み締める。と、同時。両腕があの感覚に包まれた。

『待たせた』

「遅ぇ!!」

 銀星の声が聞こえた瞬間、恭介の視界が闇に消え、水柱が夜空を突き上げた。

 大量の海水を噴き上げた海に霧が舞う。歪に広がる同心円がその衝撃を物語っている様だ。そんな余韻を海風がなでる。だが押し流す事は出来なかった。徐々に盛り上がりを見せる海面が、まだ終了を告げていない。

 瞬間。

 銀色のくちばしが水中から貫き海面を破裂させる。

 水しぶきを巻き上げ飛び立つ巨大な鳥。薄い滑らかな翼を広げ、前方には必要以上に突き出した鋭い嘴。そして後方に、超ど級の噴出口が左右均等に並ぶ。その姿は、まるでナスカの地上絵で描かれるハチドリにも似た形態だった。

 そのハチドリが、雫にまみれ月光を反射し、新たに得た翼は、その身の残像だけを連ね、再び空へと舞い上がった。


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