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14 星学者の思い

 恭介は動けないでいた。電話の音で出鼻を挫かれたのが最大の要因だが、頭の中で事の成り行きが整理できなかった事もある。たまにしか自宅に帰ってこない父親が“銀星だった者”を鞄につめて帰ってきた。銀星が鞄の中からその存在を感じていたという事は、父親は宿主ではない。だったらどうして、あの父親がそれを持っているのだろうか。考えて、考えて、考え抜いたが、結局結論は出ず。それ故、その先につながる行動が起こせなかった。

 そして、道三が浴槽から上がる音を聞き、わからないのであれば直接問いただそうと、心に決めたのだ。

「あ~さっぱりした」

 道三が、着てきた服に再びその身を包ませ、リビングに戻ってきた。その手には、問題のアタッシェケースが握られている。不自然に連れ添うその鞄を睨みつけ、恭介は拳を静かに握り込む。やはり、父親は知っているのだ。鞄の中に入っている“モノ”が何であるか。

 その反応に、何か感じ取っているのだろうかと、道三の眉の端がピクリと動く。リビングに戻った瞬間から感じていた。言葉に出さずともわかるこの緊張感。さて、どうしたものか。手遅れにならないうちに、息子には、恭介には告げておかなければならないだろう。過去に何度も問い質されたあの事実を。だが、あまりにも唐突すぎる。それをこいつは受け入れられるのだろうか。今でもまだ知りたいと思っているのだろうか。

 まるで、互いに次の言葉を牽制し合う二人。どちらが先に言葉を紡ぐのか、迷っているのかもしれない。待っているのかもしれない。なぜならそれが、これから起こる運命を物語っているかもしれないからだ。

 そんな中、アタッシェケースを凝視する恭介の行動に、道三は大きく息を吐き出す。その行為が何を意味するかなど、当の本人以外知りえることではなかった。が、いち早く恭介が口を開いた。

「親父。何迷ってんだ……」

 その言葉とともに道三へ突き刺さる鋭い視線。今日は良く図星を突かれると、内心舌打ちをする。しかし、それにしても子供の観察眼とは恐ろしいものだ。今まで生きていた中で、この癖を知っているのは、両親と妻瑞穂だけだと思っていた。だが、息子もまた、これを知っていたのだ。それは嬉しい事実。本当ならば、力一杯抱きしめてやりたい。しかし、今の状況であれば、違う形でそれを示すべきだ。それにどうやら、息子もそれを望んでいるらしい。次の言葉を待たずとも、彼の瞳がそう言っている。

「俺になんか言いたい事があるんじゃねぇか」

 そうやって、まっすぐ相手の瞳を見据えてくるところは、瑞穂に良く似ている。自分が憧れを抱いた強い視線。決して目的を見失ったりしない、まっすぐで、眩しすぎる視線だ。道三の中に、過去の映像が蘇える。息子に重なる最愛の人。風もないのに揺らぐ腰まで長い赤毛が、あの頃のままだ。瞼を閉じれば、その姿がより鮮明に浮かび上がる。立ち止っている自分を責めているのか、語れない弱さを咎めているのか、彼女の瞳はまっすぐ道三を見つめていた。


 話しても良いか? 瑞穂。


――…………――


 問いの答えに言葉はなかった。しかし、彼女は頷いてくれた。あの時の優しい笑顔で、温かい幸せを見せてくれた純真な笑顔で、息子に真実を託すべき時が今である事を教えてくれたのだ。


 迷いは……消えた。


 力強く見開いた瞳で恭介を見つめ、重厚な唇が動き始める。

「恭介。お前に話さなきゃいけない事がある」

 いつも以上に真面目な表情だ。そこには烙印を捺せるような雰囲気はない。これから父親から語られる事は、どんな事であってもそれは真実なのだ。そう理解した恭介は、拳をギュッと握り直し、全ての感覚を研ぎ澄ませた。


 まず、W.STARについて説明があった。道三がそこの研究室長として、超最先端の技術を知る者だと聞かされた。

 次に、その組織が銀星たちを捕獲研究している事。恭介が宿主である認識。そこではさすがに驚いたが、組織の巨大さをイメージすれば事足りた。

 そして……道三の話は、アタッシェケースへと差し掛かる。


「どうだ。信じられるか?」

 優しい口調の父親に、恭介は黙って頷く。迷いのないその瞳を見返し、道三はアタッシェケースに手をかける。そして、四桁のダイヤルを瑞穂の誕生日に選択すると、その錠前を小さい音と共に解放した。それを丁寧にテーブルの上に置く。

「開けてみろ」

 その言葉に促されるまま、恭介は蓋を開ける。中に入っているモノに見当は付いていた。だが、その姿を見た途端、思わず息を呑んでしまう。そこにあったモノ。それは……

 人の右腕だった。

 いや、正確に言うならば右手を模した銀色の金属生命体。二の腕から、指先まで細部にわたり正確にトレースされたその右腕は、か細く、まるで女性の腕だった。

 目を見開き、まじまじとそれ見つめる恭介に、道三が口を開く。

「わかるか?」

 その言葉は、きっと二重ふたえに問い掛けているのだろう。その銀色の物体はどういったモノなのか? そして、その腕は誰の物なのか? 恭介にとって前者は考えるまでもない。銀星と同じ者だ。そして、後者についても、だいたい見当がつく。道三の態度。アタッシェケースの鍵の番号。それより何より、懐かしい思いが込み上げてくる。

 これは、間違いなく母親の右腕なのだ。

『恭介……』

 銀星の声が流れ込む。しかし、その声が入り込む余地は、今の恭介の中には微塵もない。母への思いが溢れ出し、頭の中を一杯にしていた。蘇る記憶。

 優しかった母親。同じ赤毛でいじめられた時、一緒に悲しんでくれた。

 賢かった母親。夜空に輝く星々を繋げて、星座を教えてくれた。

 厳しかった母親。自分が間違った事をすれば、いの一番に飛んできて叱ってくれた。

 温かかった母親。不安で眠れなかった時、眠りにつくまでずっと自分の手を握ってくれた。

 その母親の手が、今ここにある。変わり果てた姿でここにある。

 思い出せば思い出すほど、涙が溢れ出した。あの母親の、大好きだった母親の死が。今目の前にある。何度も父親に聞こうとしたのは。本当はどこかで生きているかもしれないと願っていたからだ。それを拒み続けられ、その推測がいつしか自分の中で本当になっていた。なのに……

「悪かった」

 そう言いながら道三は恭介を優しく抱きしめる。少し不器用で優しさを求めるのは酷だという丸太が、震えながら恭介を包み込んだ。


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