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10 一色の星

 一色が目を覚ますとそこには、見知らぬ天井があった。ただ白いだけの天井に簡素な蛍光灯が自分を照らしている。体の感覚が作用し始めると、今どこにいるのかが分かってきた。清潔なシーツに包まれたベッドの上だ。どれくらい意識がなかったのだろうか、考えてみてもそれは、意味のない事なのだろうと、瞼を閉じる。

 少し前、いや、ゲシュタルトを揮っていた間の研ぎ澄まされた感覚がない。聖剣と出会う前に戻った感じだった。たぶん、赤い髪の人が、みんな持って行ってしまったのだろう。そう、少し軽くなった自分の体重をベッドの抵抗で確認する。

 それにしても、不思議な人だった。自分の事などお見通しと言わんばかりの言葉。でも、それが暖かかった。心に響いた。あの人のように強くなりたいと思った。

 まっすぐで、優しくて、それを言葉にできる。そんな強さが欲しいと思った。

「一色!」

 室内に聞き覚えのある声が重なった。一色は居ても立ってもいられず。目を見開き上体を起こす。少しぼやけた視界の中に、彼の両親が息を切らせながら心配そうな顔をしている。

 久しぶりに見た二人の顔。どこか、やつれている様にも見える。二人とも仕事場から飛んできたのだろう。父親は背広のボタンを留めていない。母親は長い髪の毛が纏まらずに広がっていた。いつも身だしなみに気を遣う二人が、それを気にしていない。その姿を見て、一色は声を上げて笑った。

 その姿を見た両親から安堵の息が漏れる。しかし、いつまでも笑い続ける我が子に父親は眉をひそめ、母親は目を細くした。

「なんだ。元気そうじゃないか」と父親。「もう、心配させないで」と母親が言う。

「一色が病院に運ばれたって聞いて、お母さんたち飛んできたんだから」

 その言葉で一色は、自分が今まで病院のベッドで寝ていたのだと理解した。たぶん、道端で血の跡を残し倒れている自分を誰かが見つけて、通報してくれたのだ。もしかしたら、誰かじゃなくて、あの人がそれをしてくれたのかもしれない。

「……大丈夫だよ僕。ケガとかしてないし。……心配かけてごめんなさい」

 一色の言葉。いつもの事だ。両親に迷惑をかけてしまった。それを謝る小さな瞳。しかしそれは、心に嘘をついていた。

「そうか。じゃあ父さん仕事に戻るから。また明日、迎えに来るな」

 大きく息を吐き出した父親が、携帯電話を背広の内ポケットから取り出し、どこかへ電話を始める。その先は間違いなく仕事場なのだろう。

 それに合わせて母親も口を開く。

「明日は、一色の退院記念にパーティーでもしましょう。そのためにも、お母さん仕事に戻らなくっちゃ。ごめんね一色」

 そう言って母親も携帯電話を取り出す。

 仕事へ戻ろうとする二人の姿を見つめていると、あの感情が込み上げてくる。恭介が覗いた深い位置にある感情。いや、深い所に押し込めたあの感情が。

 自然と零れる涙。放り出していた両腕が、白いシーツに皺を寄せる。力いっぱい握りこんだシーツが一色の気持ちそのものだ。

 今まで何度口にしようとしたことだろう。しかし、それは叶わなかった。結局、自分が嫌われてしまう事の方が嫌だったからだ。いじめを耐えた事だってそうだ。強くなりたいと望んだ事だってそうだ。全ては、両親のため。いては自分のため。そういった事を口にはできなかった。でも、あの言葉が脳裏に蘇る。


――お前が本当に望んでいる事はこんなことじゃあねぇよな――


「それじゃあ一色。父さんと母さん行くから。明日まで良い子にしてるんだぞ」

 背広のボタンを留めながら、父親が話す。視線は指先。

「明日また来るからね」

 備え付けの鏡で、髪型を整える母親。目線は鏡を通した自分。

 その二人が見詰める先に、白木一色はいない。自分がいない。僕がいない。

「僕を見て……僕を見てよ二人とも!」

 弾けた気持ちが溢れ出す。いつもと違う雰囲気の息子に二人の視線が集まると、心の声がぶちまけられた。



「お袋か……」

『覗き見とは、趣味が悪いな』

 カーテンが閉まっていない病室を覗き込んでいると頭の中に銀星の声がする。

「うるせぇ」

 そう返した恭介は、病院の外壁にある僅かな出っ張りを踏み外しそうになる。慌ててバランスを取ると改めて自分の位置を認識した。ここは病院の四階。一色の病室から外壁を隔ててすぐのところだ。夜風が赤毛を優しく撫でる。

『本当に、不器用だな君は……心配なら出ていけば良いだろう』

「それじゃぁ、意味ねぇ。俺が出てってもあいつの解決にはならねぇさ」

『だったら、覗き見せずに立ち去るべきではないか。プライバシーもあるだろう』

「それとこれとは話が……」

『別ではないと思うが。君ももう少し自分に素直になるべきだろう。望めば良いのだ。一色を助けたいと。あの空間に自分も入りたいのだと。そうすれば、私は形を変えよう』

 むず痒いところをついた言葉。もし銀星が人間だったのならば、不敵な笑いを浮かべているかもしれない。そういった態度に恭介は、怒りとは違う体温の上昇を感じる。堪え切れない感情が口を動かした。

「あ~うるせぇ、うるせぇ。俺には何も関係ねぇんだ。ほら、銀星帰るぞ。さっさと翼になりやがれ」

『本当に君は……不器用で、天の邪鬼だ』

 そう言って翼を模した銀星が、天使の羽とは不釣り合いな細長い人工物を突き出し、推進力となる空気を吐き出した。恭介の体が宙に舞う。

「銀星……どこで覚えたそんな言葉」

『さあ、一色に聞いてみたらどうだ』

「ぜーーーったいに、聞かねぇ!」

 月光に天使のシルエットを残した恭介の言葉が、空を彩る星たちのもとへと消えていった。


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