プロローグ 流星の輝き
月明かりの下。空を流れる天の川の下。なぎ倒されて焼け焦げ、炎を灯す木々の中心。金色と白銀の二人がその力を爆発させていた。
闇に映える白銀を纏うは、一人の女性。右腕を中心とした滑らかな銀を纏い、長い赤毛を振り乱す。力強くもしなやかな両脚で、大地を蹴り上げ宙を舞う。
対する金色。地球上では存在しえない異形のモノを中心に纏わりつく触手。それはミミズの様で、蛇の様で、無数に蠢いていた。気色の悪い動き。そこから繰り出される鞭の様な横薙ぎの攻撃が銀腕の女性に襲いかかる。
「まったく、きりがないわね」
そう独り言つ女性。それは誰かに同意を求める様でもある。
『打ち砕け瑞穂。今はそれが最善だ』
否、同意を求めていたのだ。彼女の脳裏に響く声。その声の主に彼女は言葉を送ったのだ。瑞穂と呼ばれた女性は、右拳を握り締め、しなる触手に叩きつけた。
力が弾ける。
触れ合う金と銀。拮抗したその力の中で、上をいったのは銀の拳。金の触手を打ち砕く。感性の法則で宙を舞う金が力を失い、己の屈折率を銀色へと変えた。だが、襲い来る触手は一つではない。
空中に舞う彼女を狙い、下方からその打撃が来た。
『下だ』
瑞穂の脳裏に警鐘が鳴る。それを目視するよりも早く、彼女は迎撃態勢を取った。すぼめた体。そこから繰り出す渾身の蹴り。
交錯した力。
一瞬、時間が止まった様な錯覚。
等しい力が、相殺される。いや、互いの体を砕いた。激痛が接触部位から翔け抜ける。
「いったいわねぇ」
苦悶の表情を浮かべた瑞穂に、脳内の声が届く。
『修復完了』
瞬間、傷が癒える。痛みが消えた。そして、空中からの着地。五体満足に見据えた相手。金色の繭は攻撃の手を緩めない。
「久々に、リミッター外すわよ」
『了解』
二人の言葉が弾ける。瞬間、空間がぶれた。
刹那、触手が彼女めがけて叩きつけられる。しなやかな攻撃が、剥き出しの地面を裂く。だが、そこに彼女の姿はない。見失った。触手が止まる。そして、弾けた。
「まず一つ」
声だけが聞こえる。この戦場には彼女の姿はない。いや、確かに存在した。ただ肉眼で追えないだけ、常人を遥かに超越した速度の世界で、瑞穂は駆け廻った。時折激しく舞い上がる土煙。それが、彼女を捉える参考事項だ。
「二つ、三つぅ」
声に合わせて弾ける触手。完全に彼女のペースだ。このままいけば決着は近い。だが……視界の外で、人影が揺らいだ。
彼女にとって、それは不運。相手にとって、それは好機。
金色の繭の主が、彼女以外の人間を認める。それは未だ成長を始めたばかりの幼女。幼い顔立ちに黒髪、黄色のリボンが印象的な幼女だ。どうして、その子がここにいるのかはわからない。だが、これは何かに使えるはずだ。
一つの触手が幼女を捉え、一気に自分へ引き寄せる。それは素早い動きだった。幼女が声を上げる暇すらない。何が起こったのか認識し、悲鳴を上げた時には、瑞穂の銀腕に抱かれた状態だった。
「大丈夫?」
優しい声。この声は聞いた事がある。そう思った幼女。だが、顔はこちらを向いていない。いったいどこを見ているのだろうと目線を追えば、そこに見える異形の物体。象の様に長い鼻。燃える様な赤い瞳、猿の様な赤茶の体毛。見た事が無い。裂けた皮膚から流れ出る緑の体液が、この惑星の物と明らかに一線を隔している。さらにそれを包み込む様に蠢く金色の触手。それが幾重にも纏わりついて、まるで毬の様。
そうやって幼女が相手を見つめる間にも、触手の攻撃は止まない。思惑通り姿を見せた相手に、緩める道理はない。
今度は三本同時だ。それを見据え奥歯を噛みならす瑞穂。両手は塞がっている。高速移動も幼女を抱えては無理だ。しかし……
「甘く見るんじゃないわよ」
瞬間、右腕の銀色が蠢いた。軸足を残し、振り上げられる銀色の足。それはまるで独立した生き物の様で、しなやかに動く。
金属音が無数に響いた。その度にその場から弾き飛ばされる触手。しかし、何度も何度も迫り来る。相手の勢いに押され始め、軸足が徐々に後退し始めた。
その長さが擦れる音と共に長くなる。焦りが、瑞穂の顔に現れた。
『このままでは、やられる。その子を捨てろ』
合理的な考えが脳裏に響く。確かにそうすれば相手を倒す事も出来るだろう。しかし……
「いやよ。私は決めたの。昔も今もそれは変わらない。貴方の力は何のため? 私のためでしょう。だったら、私の心を吸いなさい。更なる力を私にちょうだい」
瑞穂の叫び。それはすでにやっている。そう答えるべきだったのか、そうでないのか。それにすぐには答えられない。個人的な沈黙。だが、時間の猶予はさほどない。
『ならば、一度離れる。痛みを伴うが構わないな』
「覚悟の上よ」
心は決まった。その空気を感じ取ったのか、幼女の小さな手が、瑞穂の被服をありったけの力で掴む。
その時繰り出された触手の横薙ぎ。それを瑞穂は背中で受けた。走る激痛。弾き飛ばされるきゃしゃな体。一瞬意識が飛びそうになるのを何とかこらえ、叩きつけられる先を見据えた。なぎ倒されていない木々に突っ込む。その中を水平に飛ぶ瑞穂。彼女の先に待ち受けるのは、樹齢数百年の大木だ。
必死に幼女を抱え込む。背中で大木と向き合った。
衝突。だが、衝撃はない。
光に包まれながら、瑞穂が重力に引かれ横たわる。下半身の自由が利かない。どうやら先の攻撃で背骨をやられた様だ。しかし、幼女は無事。それに瑞穂は笑顔を見せる。
「ここに隠れていて」
それに黙って頷く幼女。
「良い子ね」
そっと幼女の頭を撫でた銀腕が、作戦を告げる。
『天より降り注ぐ、最大の一撃を見舞う』
その言葉が脳内に響く。背骨の修復は既に完了していた。戻る感覚を確かめ、瑞穂は立つ。息を深く吸い、そして吐く。感じる鼓動。体の中の感覚を研ぎ澄ます。練り上げて来た丹田。そこに蓄えた力を心の内から解放する。見開いた瞳が、烈火の炎を吹き上げた。
「限界まで、とばすわよ」
再び空間がぶれた。突き出した拳が生み出す衝撃波を纏い、瑞穂は目指す。最強の敵、金色の魔物を。
舞い降りた惑星。そこで出会った生命体。それは同じ力を手にした存在だった。心に蠢く破壊衝動。それをぶつけてもなお壊れない。強固な存在。闘争本能が彼の赤い瞳にたゆたう。
会心の一撃だった。だが、それで終わるはずもない。赤い瞳が見据える先。この惑星の植物が群生する影。つまり、森が弾けた。がさつく口角が、やはりと吊り上がる。
迫り来る爆発の中心。タイミングを見計らい、ありったけの触手で迎撃を振り下ろす。
最大級の重量が叩きつけられ地面が揺れる。だが、手応えがない。
「流星……」
声が聞こえた。その意味はわからない。しかし、相手が発した声だとわかる。傲慢だった。侮っていた。相手は今まで全力ではなかったのだ。反射的に見上げた夜空。そこで星に照らされた赤毛が揺れる。引き絞られた右腕。それが、最大の一撃だ。
「スターライトォー!」
力ある言葉と共に打ちつけられた一撃。その拳は、全てを打ちのめす。
途切れた彼の意識。
見せた決着。
小さな油断。
大きな後悔。
噴き咲く赤い花弁。
濡れる金色。
染まる白銀。
それが全ての終焉だった。
否、この物語の始まりなのだ。