Ep09 基本は狙撃
ゆいとは戦車の姿に成っていた。砲塔の上にボルゲーノとウーナを乗せて、目的地のボクジョー村へ向かって走っている。ウァーウーウァーウー変な音を出しながらガタガタ揺れまくるが、上の人外達は別に平気そうだった。
「エイブラムス、あんまり速くないのだ。ウーナの方が走るの速いのだ」
「じゃあお前降りろよ」
ウーナはボルゲーノに突然強く突き飛ばされ、地面に落っこちた。
ボルゲーノの行動は早かった。ウーナの言葉に口と手はだいたい同時に反応していた。言葉を発するかのように暴力を振るう。
「ぎゃああぁぁぁ……」
「えちょっ!?」
後ろに転がっているウーナを見たゆいとは急ブレーキをかけた。すると今度は慣性力でボルゲーノが前へ投げ飛ばされた。
「うわあああ!」
「ボルさん!」
しかし地面にぶつかる直前、ボルゲーノは背中から翼を出して羽ばたいた事により地面に激突する事は無かった。
「おお……」
ゆいとはボルゲーノを見て空を飛べる事への憧れを感じた。
「ひ、ヒドイのだ……ボルゲーノはウーナにヒドイのだ……」
後ろから半泣きのウーナが歩いてくる。不名誉な称号みたい。後方監視カメラでこれを確認したゆいとはとりあえず問題を起こしたボルゲーノを叱る事にした。
「ボルさん、あんまり問題を重ねるようなら……どうすると思う?」
それ説教というより脅しじゃん。だけどまあ、いい言葉が思い浮かばなかっただけのようにも感じる。
「しかし主!あのガキは主の事をバカにしたのですよ!」
「けどね、突然突き落とすのは流石にダメなんだよね」
「主……主!」
「……?」
ボルゲーノはゆいとの態度に感動していた。いったい後何回感動したらこいつは落ち着くんだ?
「おいクソガキ、主の心の広さに命拾いしたな」
「ボルゲーノはヒドイのだ」
「酷いのはお前だ。何乗せてもらっている立場で文句言ってるんだよ」
「うう……けど突き飛ばす事は無いのだ」
「うっ……」
何か言いたそうなボルゲーノだったが、つい先程ゆいとがいきなり突き飛ばすのはダメと言っていた為何も言えなかった。そこな辺の頭があるのはボルゲーノの意外な点だ。
今にも泣きそうなウーナに砲身を向け、ゆいとは心配する。
「ウーナ、怪我は大丈夫か?」
「大丈夫なのだ。ウーナ強い子なのだ。怪我は舐めれば治るのだ」
「そ、そうなんだ……」
ボルゲーノはゆいとの砲口が怖かった。
「ゆいと、今こいつバカだと思ったろ?」
雀が喋りだしたのは突然だった。まあいつもの事ではあるが。
「残念ながら、このガキの治癒能力は本物だ。良く見とけ」
「……?」
そう言われたゆいとは肘の怪我を舐めるウーナを凝視する。ウーナは肘からそこそこ出血する怪我を負っていたが、数回舐めただけで傷がキレイさっぱり治ってしまった。
「どういう原理かって?魔法に決まってんだろあんなの。やつがその気になって傷を舐めりゃ魔法で傷は消滅する。恐らく複雑骨折してもしばらく舐めときゃなんとかなるだろうな、気持ち悪い」
「……」
「あからさまな欠点としては、自分で舐められない所は自分じゃ治せないって所だな」
なる程確かに、とゆいとは思ったのであった。が、しかし
「自分の頭は舐めらんねーな。まあ怪我じゃねーから関係無ーけどよ」
雀はやはり口が悪い。
目的地であるボクジョー村に到着する頃にはゆいとは元の姿に戻って歩いていた。ボクジョー村の人々は酪農を営んでいるらしく、辺り一面牧場だった。がしかし家畜の姿が見当たらない。
「えーっと、村長に有って具体的な説明を受けるんだったよね?」
「はい、そうです主」
「ボルさん、もう1度言うけどさ、問題は起こさないようにね?いきなり上から目線で喧嘩売っちゃだめだよ?」
「勿論です主!主の仰せなら何なりと」
いや無理だろ、とゆいとは思ったが、そう言えば人に成れって言った時はすんなり成ったし、喋り方変だったから普通に喋れって言っても難なく熟した。もしかしたら今度こそ大丈夫かもしれないとゆいとは思った。
しかし雀は言う。
「草」
そりゃ牧場ですから。
村人に自分達は依頼を受けて冒険者ギルドからやって来た、村長に合わせてくれと話すと村人は冒険者様!冒険者様!と大喜びだった。ゆいとは今更ながら場違い感を感じてしまった。
え?村民……?
しかし村長はガッカリした。当然と言えば当然だ。Bランクの依頼にCランク1人とGランク2人だ。Bランクのパーティーへ向けた依頼にイキった格下が初心者連れてやって来たと考えても全く不思議ではない。頭ぶっ壊れてるもある。
しかし他に人が来ない。正直村長は藁にすがるしかなかった。
「本当に大丈夫なんですよね?」
村長は忙しい顔でゆいとに聞く。だがゆいともこれは冒険者としての初めての依頼。確証は無かった。しかし良い言葉を雀に教えてもらった。
「最善を尽くします」
そう、最善を尽くせば任務が成功しようが失敗しようが有言実行だ。まあ失敗したら信用は……まあGランクに信用も何もないか。無いから疑われてるのか。
「何もご迷惑はお掛けしません。特に何もなさられなくても結構です。明日の朝には問題は解決している事でしょう。ですのでお昼ごはん食べさせて下さい」
話に具体性が無く超胡散臭い。そして結局ご迷惑掛けてね?
そして夜が来ると、ゆいと達は逃げるように村長宅を後にした。ウーナは「わかったのだ。ウーナ静かにしてるのだ!」とか大きな声で返事していたが、結局逃げたと思われようが立ち向かったと思われようが、やる事は変わらない。無駄に干渉しないに限る。何せ正体がバレると厄介だ。
昨日が満月だった為今夜も月は明るかった。雀が言う。
「そう言えば、クソガキは昨日満月で気が高ぶって喧嘩吹っかけたみたいな事言ってたよな。今日はどうなんだろうな」
ギョッとしたゆいとはウーナのことを見てみる。ウーナは月を見上げていた。あっ察し。ゆいとはとりあえず釘を打つ事にした。期待はしていないが。
「なあウーナ。1人で勝手に行動するなよ?3人でまとまって行動するからね?先走って突っ込まないでね?」
「ウーナわかったのだ!」
成功する気はしなかった。もう諦めるしかなさそうだ。
ウーナの事は諦めた上で、今回の作戦はこうだ。
「ボルさん。まずはモンスターのデカギュー達が集まってくるのを待つ。デカギュー達が十分に集まってくるか、或いは人か家畜を襲い始めた時点で俺が攻撃する。ボルさんはデカギューが近付いてきた時に対処して。それとウーナが勝手な行動をしたら傷付けずに捕まえて欲しい」
「バッチリです主!」
ボルゲーノはゆいとの暴力が見れる事ヘ大きな期待を抱いていた。てかウーナ居る意味。
村から離れたゆいとは戦車の姿に変身した。サーマルカメラは地面の冷たい夜の方が体の温かい動物を探し易くなる。視界はとてもクリアだ。
また雀が喋りだす。
「エイブラムス御一行の向かった先では決まって爆音が聞こえて来て、地面に独特な跡が残されている。てかケンティス一行はエイブラムスの2つの姿見てるしな。対策が無きゃバレるのは時間の問題だよな。対策しても時間の問題なような気もするけどな」
もうギルドにエイブラムスの名前で登録しちゃったじゃん。
とは言え仕方がない。バレたらバレたでその時はその時だ。だが最初から悪目立ちするのは避けたい。てか実は悪目立ちは避けろって先に言ってたの雀の方だし。
「残念ながら今回の防衛目標は広く点在している。敵がバカみたいに1点に集まっていたとしても、先手を撃てるとは限らん。特に自分が動かなけりゃ尚更だ。本当はボルゲーノとウーナを偵察に当てられればいいんだが、無線通信機は無いわ、ウーナは言うこと聞きそうにないわ、ボルゲーノは万一があったときどうなるかわからんわ、ってまあそれはお前もわかってるよな」
ゆいとは砲身を上下に動かした。
「因みに私は偵察とか手伝わんぞ。私は喋りたい時に喋るだけだ」
「……」
何なんだろうね?この雀。
であればゆいと自ら動いて偵察を行うしかない。M1戦車は燃費が恐ろしく悪い、うるさい、地面に跡は残る。戦車に偵察を行わせるのは良い選択とは言い難い。しかしやるしかない。
誰だし威力偵察とか言ったの。
「いいかウーナ、もう1度言うよ」
「のだ?」
「離れるなよ」
「勿論なのだ!」
ボクジョー村も別にいつ来るかもわからん冒険者ガチャだけに頼って何もしないなんて言うバカの集まりではない。対応は行って来た。
家畜をなるべく集めて先端を尖らせた丸太の柵で防御してみたが、結局当日中に突破され蹂躙された。集中させると一網打尽にされる様だ。
今度は焚き火で防衛してみたが、無意味どころか無駄に相手を興奮させ逆効果だった。
現状最も有効な手段は少数を囮にして早々にお引き取り願う事らしい。どう考えても時間稼ぎにしかならない。
そして今日も囮は縄でとめられていた。
走る戦車の上。雀が喋っていた。
「もう一度説明させてもらうぞ、村を囲う囮達の内周を全速力で周回し続ける事がお前単独での最適解だと私は考える。村にバレても大した問題じゃない。どうせ暗くてよく見えんよ。ウーナとボルゲーノは砲塔の上に乗ってるだけでカモフラージュとして役に立つ訳だ。つまり村人は得体のしれない巨大な物体にお前が乗っていなかった事を確信できない」
口の悪い雀だが、"させてもらう"と言う言葉を使っている。説明してやるから聞け的なスタンスは雀自身嫌いだから自分もやりたくないのだ。一応雀にも常識は備わっているように見える。
しかしこの説明、雀自身もう1度言わせてもらうと言っている通り、ゆいとはさっきも聞いた。故に何故念押しの様に2回も言われるのか理解できなかった。多分大人の都合だと思うけどね。
「ボルさん、ウーナ。もう1度言うけどさ、俺が降りてって言うまでは降りないでそこで座っててね?」
取り敢えず重要な事なんだろうなと感じたゆいとは2人?にも指示を繰り返した。
「勿論です主」
「どうしてなのだ?ウーナ走った方が速いのだ」
「黙れクソガキ」
「ヒイッ!」
「主には主の戦い方が有るんだよ」
そう、戦車は近接戦闘に弱い。と言うか強くない。何故1000[m]先の目標を正確に射貫けるのに態々近付かなければならないのだろうか?今回の場合そんなに近づく理由は無いだろう。
「まあ、そういう事だ。それに俺は力はあまり見せ付けない方針だから。見せるしかない時は見せるけど、見せなくていいならひっそりとね。手抜きって言われようが言うやつには言わせておけばいいんだよ」
「流石主!真っ直ぐな御方ですね」
もうボルゲーノの頭は完全にイッてしまっている。バソプレッシンやPEAで満たされていたりするのだろうか?
力を隠す究極の方法は恐らく何もしない事だろう。そのまま餓死できれば尚良いだろう。因みに単に息を止めるだけでは気絶した後無意識に呼吸しているらしい。
良くも悪くも、ゆいとのサーマルカメラに多数の熱源が探知される。だがステレオではないゆいとのサーマルカメラでは距離はよくわからない。故にレーザーレンジファインダーが搭載されている。
「距離8000、方位072、目標、数20以上。囮に向かって突進中」
「主、デカギューを見つけたのですか?」
「多分そうなのかもしれない。もっと近付いて確認してみよう」
遠距離攻撃が得意な戦車だが、流石にこの距離では砲弾は届かない。ボルゲーノに主砲の有効射程を知られたくないゆいとバレないようには言い訳をして攻撃を行わなかった。
ゆいとは右側の無限軌道の回転速度を落とし車体を右側に向ける。
「ノワッ!」
旋回時のGで横に投げ出されそうになったウーナは慌てて機銃を掴んだ。戦車は高速で急カーブを曲がってもドリフトはする事は有るが、なかなか横転する事は無い。
ここで雀の解説が入る。
「戦車は直接照準にて戦闘を行う事を前提に設計されている兵器だ。実際間接照準なんざ殆ど行わない。運動エネルギー弾なんて弾幕でも貼れなきゃ曲射させるだけ無駄だからな。前にも言った通り静止目標を狙う場合でも4000[m]程度が限界と考えるのが妥当だろう。確実な命中を狙いたいなら車両相手なら2000[m]以内には接近しないといけないし、運動エネルギー弾の場合は威力も減少する。ま、お前にはまだ教えてねーけど、戦車には有効射程が5[km]を超える対戦車兵器も存在する」
いつもの事ながら、ゆいとには雀の説明の多くが理解できなかった。しかし最後の方は理解できた。そして驚くと同時に、何故教えてくれないのか疑問に思った。考えてみれば当然だが、この雀、何でもかんでも教えてくれるわけじゃないらしい。
「ところでゆいと、私には今2つ疑問が有る」
雀が自分の疑問をゆいとに話すのは初めての事だった。
「デカギューって何で他の動物を襲うんだろうな?仮にも牛なら草食なんじゃねーの?んでもって何で夜行性なんだろうな?」
確かに、自分な生命を脅かす様な天敵ならまだしも、草食動物なら積極的に他の動物を潰しにかかる理由には疑問を感じる。これにはゆいとも共感した。
「もう1つ、この世界って[km]とかSI単位って通じるのか、私は気になる。まあ、どうでもいい話だったな」
ゆいとは思った。SI単位って聞いたことは有るけど……何?と。しかし、日本で一般的に使われている単為が通じるのかどうかはゆいとも気になった。そう言えばさっきは何も単位を使わなかった。
ゆいとがデカギューを発見してから有効射程に収めるまで6分弱の時間がかかった。無意識に何かをしていればあっという間に過ぎていくたった数分の時間であったが、今のゆいとにはかなり長く感じた。
特にゲームをしている時間と駅に向かって走っている時間は過ぎてみればあっという間なのにね。
「あのデカイ牛達が今回依頼を受けたデカギューってモンスターなんだよね?」
まだかなり遠いが、一応個体をはっきりと捕捉できる距離になって来た。相手が大きいからだ。
「流石主。主の目はスゴイですね。私は先程ようやく見えてきた位ですよ」
「ウーナも暗くてよく見えないのだ」
射撃管制装置は一応ロックオンしてくれるが、命中はあまり期待できない。変に脅して散られても困る。やるなら徹底的に、一網打尽にしなければグダグダになってしまう。であれば更に接近するしかないかもしれない。
しかしゆいとはダメ元でウーナを頼ってみることにした。
「なあウーナ。デカギューっていったいどんな相手を襲うんだ?」
「それはよくわからないのだ。けどデカギューはとっても凶暴で、自分達意外の動物を見付けると襲いかかってくるのだ。それこそボルゲーノみたいにとっても強いドラゴンとかじゃなければなのだ」
ボルゲーノは鼻で笑ったが、褒められてとても嬉しそうな顔をしていた。やっぱり純粋だ。
「じゃあさ、ウーナが走って行けばデカギューって皆してウーナを追いかけたりするかな?」
「多分そうなると思うのだ」
「じゃあさ、ウーナ囮になってよ。足速いんでしょ?」
「わかったのだ!」
「待てぃ!」
早速ゆいとから飛び降りようとしたウーナにゆいとは焦って大声を出したが、それと同時にボルゲーノが足を掴んだ為助かった。
「わきゃっ!」
「ウーナ、作戦を聞けよ」
「わ、わかったのだ」
勝手に動かれて予想外の動きをされると囮ではなくなってしまう。
狩りの時間が始まった。
2020/12/21
右側の回転速度を落としたのに車体が左側を向くと言う摩訶不思議な描写が存在した為修正。