Ep04 新規加入
この世界、実は野営は危険だったりする。害獣が多いからだ。
ライトを点けずに夜空の下を走る戦車の上、雀は語る。
「モンスターってやつは基本的には動物の一種だ。だがモンスターに分類される動物とそうではない動物との分類は生物学的分類とはまた異なる。例えば四足歩行の哺乳類型のモンスターだっているし、鳥類型、魚類型、爬虫類型、昆虫型、植物型、そして非生物型のモンスターさえ存在している。スライムとか鎧とかゴーストとかな。植物の時点でもう既に脊椎動物でもなければ恒温動物でもなく細胞壁が存在していてヒトとはあまりにも相違点が多いが、それでもアルラウネやらマンドレイクやらヒト要素を含んでいるモンスターも存在している。この世界に存在しているかどうかは知らねーけどな。それに世界ごとにモンスターの分類は異なる。例えば狼男は亜人だったり魔人だったりモンスターだったりするし、世界によってはヒト以外の動物を全てまとめてモンスターと呼ぶ場合すらある。それもこれも全部魔法のせいだ。だからもうわけがわからん」
ゆいとからしてみればこのテレパシーで喋って幻術さえ使ってくる異世界にも戦車にも詳しい謎の雀もわけがわからん。というか1番気になる。
しかし今この場には雀の正体を知らないボルゲーノもおり、彼には先程からの雀の言葉が聞こえている様には見えない。なのでゆいとは雀に返事ができなかった。ゆいとは雀にだけ聞こえるようにテレパシーを使う事はできないからだ。
ゆいとは思った。これからは何か見つけても雀に相談できないんだと。けどよく考えてみれば雀はゆいとに対し自分で考えろと言う事にゆいとは気付いた。まあ、大丈夫か、とゆいとは思った。雀が喋らなくなるわけではない。
それは突然の事だった。雀を鬱陶しく思ったボルゲーノが雀を排除しにかかったのだ。雀は闇に包まれた、となる直前に雀は飛んでどこかへ行ってしまった……
「運のいいやつだな」
飛んでいった雀を眺めながらボルゲーノそう呟いた。追撃はしなかった。ゆいとは気付かなかった。まさかボルゲーノが雀を殺しにかかっていただなんて。
そして事件は起こる。進行方向右手に何か見つけた。単なる動物の群れにしては動きが激しい。狩りのお時間だろうか?よーく見てみると1対多の4足歩行動物同士の殺し合いに見える。どっちが襲っている側なのかよくわからない。
「なんだろうな、あれ」
「主、どうかされましたか?」
ゆいとは雀の回答を期待して砲塔を向けながら呟いてみたが、雀の反応は無かった。しかしゆいとは思った。きっとそれが何であれ自分で考えろと思った雀の無言の圧力なのだろうなと。
「じゃあちょっと行ってみるか」
「主?」
ボルゲーノはゆいとが進路を変えた理由がわからなかった。しかし感心する。
「流石主。やはりこの暗さでも目が効くんですね」
「……そうだね」
「何を見つけたのですか?」
「今からそれを確かめに行く」
「なる程」
フルハイビジョンのサーマルカメラは10倍まで光学ズームが行えるが、そもそもゆいとはこの世界の動物について全くと言ってもいい程に知らない為、見たところでよくわからない。じゃあ近づいても意味ないじゃん。
現場では、1頭の大きな狼が見知らぬ大型動物5頭に囲まれていた。黄色く光る目、太く鋭い牙と爪、そこそこ大きな尻尾。これがいわゆるモンスターなのだろう。グリズリーより強そうに感じる。
近くにももう3頭、別に沈黙したモンスターが横になっていた。狼にやられたと考えるべきだろう。だが狼も背中を深く損傷していた。もう動くのもつらそうだ。
そして完全に包囲されてしまった狼。この傷のまま逃げるのか、戦って敵を殲滅するのか、何れにせよ絶体絶命だ。
だが、狼が範囲攻撃を使えないなんて常識、この世界じゃ通用しない。狼は上を向いて強く遠吠えをした。だから何だ、と思うだろうが、突然モンスター達の全身に切り傷が付き始めると同時に体が押される。何です?口から刃物でも飛ばしてるんです?
しかしこの咆哮は全てのモンスターに対し即致命傷とはならなかった。まだ動けた個体が1頭、狼に突進する。お互いもう引くに引けない状況なのだ。
突進してくるモンスターを見た狼は咆哮を止め逆にこれに食らいつき、うわ、グロい。首が半分噛み千切られてしまった。
だが次いで3頭が同時に襲いかかる。もう同時に反撃なんて事はできない。しかし狼はこの内の1頭に飛び付いた。背中を裂かれる事は覚悟していた。しかし後ろからパンパン!と謎の音が聞こえてきて、狼が飛び付いたモンスターの喉元を爪で切断していた時には後ろの2頭は既に動かなくなっていた……
狼には何が起きたのかわからなかったが、あまり深く考えずに残る最後の1頭に飛び付いた。
しかし狼は気が付いた。何か変な音がする。地面が揺れている。とても大きな別のモンスターだろうか?実際そうだろう。
何かよくわからない変なのが近付いてくる。しかしもう狼は走れなかった。背中からの血が止まらない。もう自分は死んでしまうのかもしれないと狼は思った。故に立ち上がる。立ち上がるんかい。
その狼は今まで誇りを胸に刻んで生きて来た。迫り来る敵に対し何もせずに死を待つ等できなかった。敵じゃないと思うけどね。
ゆいとはまさか狼からこちらに近付いてくるとは思っていなかった。狼は思っていたより速かった。ゆいとの全速力よりも速く走って来る。多分逃げられはしない。てか走れるんかい。
攻撃すべきかどうするべきか、ゆいとは雀に聞きたかった。しかし聞けなかった。まあもし聞いたとしても雀居ないけど。
「主、あの人狼どうするんです?」
なんと狼、人狼だった。人狼確定?ならもう皆で投票して処刑しよう。
「どうしよう。あれ敵対してるのかな?」
「そう見えますね。恩知らずにも程がありますよね」
「あっちからしてみれば俺仲間には見えないもんね、外見的には。けど、悪気は無いと思うから、もし何かあっても手加減してあげてね?」
「流石主、主は心の広い御方ですね」
「……」
しかし狼は途中で倒れ、地面を転がった。
「ボルさんって回復魔法って使えるの?」
「まあ、多少は。もしかして、あの人狼、助けるんですか?」
「何か問題でも?」
「いえ、全く有りません、一切問題有りません」
ゆいとは思ったはなぜこうなってしまったのだと。もしかしてこのドラゴン、実は俺の事バカにしてる?と。けど多分ドラゴンの方がバカなんじゃないかと思う。
変な音を出しながら走って来る重たそうな何かを前に人狼は力を振り絞って立ち上がる。このまま無様に死ぬものか、一矢報いてやると。殺すつもりならさっきの遠距離攻撃でいいと思うけどね。
しかし人狼は動けなかった。手足が動かない。まるで何かに固定されている。実際固定されている。闇に固定されている。だがまだ打つ手は有った。
「お前!何をするのだ!噛み殺してやるのだ!!」
若い女性の声が聞こえた。先程狼の居た所には、銀色の毛の半獣人がいた。服はボロボロだが一応着ている。人の体は狼の体より小さい為拘束から抜け出せたのだ。まあ直後にまた拘束されるんだけどね。
「クソッ!何なのだこれは!?離すのだ!バケモノ!」
しかし変身しても傷は消えず、背中の深い傷跡から出血している。
暴れる人狼を見てゆいとはなんか可愛そうに思い、ボルゲーノは我に勝てるわけがなかろうにに馬鹿なやつよのうと思った。
降りてこちらに歩いて来るボルゲーノを見てとんでもない事を言い出した。
「おい!そこのにんげん!丁度良い所に来たのだ!今目の前のバケモノに襲われているのだ!どうか助けてほしいのだ!」
「は?……」
ボルゲーノは頭の中が真っ白になった。軽く混乱してしまった。だが導き出された結論は単純だった。
「もしかしてお前、超頭悪いんじゃねーの?」
「何を失礼な!!ウーナは賢くて誇り高い人狼なのだ!」
まあ、だいたい語尾に"のだ"が付くキャラクターの知能は平均以下である事が多い。
「誰だよ?こいつに賢いとか言うの。そもそも俺は人間じゃ」
「ボルさん!」
「主!」
隠したい事実を何の抵抗も無く口にしようとしたボルゲーノを止めるべくゆいとは彼の名前を強く呼んだが、返事が欲しかったわけではない。
そこへ小鳥が飛んできた。もっとも、ゆいとは居なくなっていたこと自体気が付いていないが。
「バカばっかだな。てかお前の周り、今んとこお前含めて変身できる人外ばっかじゃねーか」
ゆいとを人外とみなせば確かに100人外だ。まあ確かに戦車を見て人と思うのはちょっと違う気もする。
説明するのも面倒くさくなったボルゲーノはもう何でも良くなってきた。
「おい、背中の傷治してやっから動くなよ?」
「それよりも助けて欲しいのだ!」
「だーから助けてやっただろう、俺の主が」
「いったい何の話をしているのだ!?」
前提条件が一致していない場合、認識を共有しなければ意思疎通を行う事は困難だ。
もう会話する気すら失せたボルゲーノは右手を緑色に光らせる。これを見た雀はまた語る。
「出たでた、手を光らせる治癒魔法。緑とかピンクとか青とか、光ってるだけじゃんって思うんだよな。まあ光らせるだけすごいのかもしれないけど。ま、けど魔法って本質的にデタラメなもんだから、あれで傷癒えるんだよな。摘出手術してもあれで押さえときゃ縫合する必要すら無い」
近くに雀しかいないゆいとは呟いた。
「何それ便利」
「かもな」
ボルゲーノの傷を癒やしたポーションの方が便利な気もするが、その便利な回復魔法によりウーナと名乗った半獣人の致命傷は確実に癒えてゆく。
ウーナを自分より弱いと確信しているボルゲーノはウーナの事を見下しており、態々自分が治療してやらねばならない事に不満を感じていた。しかし偉大な主の為ならば彼は頑張れた。ほんとなんだろうね。
「てかSCSさん?」
「何だ?」
この雀変な名前名乗ったけど、これで合ってたっけ?とゆいとは不安だった。だが合っていた。
「SCSさん、回復魔法って俺にも効くんですか?」
「物によるな。人間の姿なら普通に効くだろうが、今みたいに戦車の姿ならポーションとかは効かないかもな。むしろ物を修復する魔法とか非生物に対する魔法とかが効くだろうな。だが回復魔法は基本的に効くと考えればいいだろう」
「やっぱり魔法に詳しいですね、SCSさんは」
「そうかもな。サービスだ。後退してトロフィー起動しとけ」
「はい?」
「いやトロフィーは無しだ」
優勝!
傷を大方治療されたウーナからは焦りが消えており、その顔は自身に満ちていた。
「ありがとうなのだ!人間。後はウーナに任せるのだ!」
「……」
ボルゲーノは油断していた。このバカには何もできやしないと油断していた。しかしその予想に反してウーナは再び狼の姿に変身してボルゲーノの拘束を脱してしまったのだ。
ボルゲーノが焦った時には既に遅かった。ウーナはゆいと目掛けて襲いかかっていた。しかし雀は早かった。雀の助言に従いって後退していたゆいとは既に100[m]以上距離を離していた。
しかしゆいとの足では逃げ切れない。だが何もせずに襲われるのも怖い。かと言って撃ったら面倒な事になる。
雀は助言する。
「スモーク1から3番散布、サルボー1」
「サルボー1」
ゆいとの砲塔左右のなんかよくわからん部分から小さな筒が3つずつ飛び出して、空中で爆発した。と言うより破裂した感じに思える。
「第2射続け」
「サルボー2」
また爆発する。暗くてよくわからないが、狼とゆいとの間に白い煙の壁が作られた。
「クソ、主砲上向けろ」
「はいっ!」
ゆいとは嫌な予感がしたが、言われるがままに体を動かす。
「発砲」
「ハイィッ!」
撃ってしまった。しかし雀の言葉は止まらない。
「急制動」
「ブレーキ!?」
と言いながらもゆいとはブレーキをかけてメチャ重たい車体を急停止させる。
「全速前進!押し返せ!」
「ハイイッ!?」
ゆいとは一瞬何言ってるかわからなかったが、煙の中から狼が飛んできたのを見て理解した。くお〜!!ぶつかる〜!!ここでアクセル全開!ハンドルは真っ直ぐ!
「イヤアアア!」
「怯むな!行け!」
ゆいとは怖かった。目の前から人を背中に乗せられそうなくらい大きな狼が猛スピードで飛んできているのだ。しかし戦車の装甲は頑丈だ。良かった。
「ギャブウウ!!」
ウーナはゆいとの体にぶつかった。噛み付こうかと思ったけど、表面は平らで噛み付こうにも無理だった。なら飛び越えるなりして再度アプローチしたらと思うかもしれないが、それでもウーナは口を開けてゆいとの装甲板に噛み付こうとした。結果は先述の通り無理だった。
ゆいとが前進し始めていた事により相対速度は高くなっており、顔面を強烈に叩き付けられたウーナは流石に倒れてしまった。気絶こそしなかったが、ウーナは立ち上がれなかった。それにも関わらず歯が傷ついていないのは特筆すべき点です。
「主!」
主の心配をしたボルゲーノは竜の姿に戻って飛んできたが、地面で仰向けに倒れているウーナを見て安心した。
「流石主!無傷ですね!」
「まあねぇ」
しかし雀は言う。
「よかったな。さっきのハイイッ!て声聞かれてなくて。遠かったしな」
ゆいとはゾッとした。雀の命令じみた助言への返事、思い返してみれば叫んでいた。
しかしまた叫び声が上がる。
「ギョエエエエエエエエエ!!?!」
ウーナの声だった。ウーナはボルゲーノの真の姿を見てメチャクチャ慌て出した。襲いかかった相手に難無く返り討ちにされておいて、自分を十分殺し得る力を前に恐怖するのは今更な気もする。
「降参なのだ!降参なのだ!!ウーナは降参するのだ!!」
立ち上がれなかったウーナだったが、腹を見せる事は簡単だった。降参なんぞされずとも今なら簡単に息の根止められると思うけどね。
ボルゲーノはもうウーナにかける言葉が思い浮かばなかった。しかし言いたい事はあった。
「お前やっぱ、馬鹿だわ。ゴブリン以下だわ」
ユイトもそう思います。