010 説明書(マニアル)は読むべきだった
クシナ王女と女騎士のローズを連れてベルモンド公爵の屋敷の地下牢から脱出しなくてはいけなくなった。
俺の身体にあるセンサーで感知しても、牢屋の出口の向こうに牢屋番と思われる人がいるだけで朝までは誰も来ないようだ。
実はこの身体になってから基本的な変形や動作以外は知識があるが実際に理解していない。
ナビ機能をオンにしたことにより、膨大な知識の中から必要な知識の取り出しが楽になったので真面目に自分の身体の機能に関して知ることにした。
ナビに聞いているがナビも知識も自分の一部だから結局独り言なんだけどね。
『俺の身体機能を使用して、二人を連れてこの牢から町の外へ誰も気づかれずに行くことは可能か?』
『体内の圧縮倉庫内にある圧縮自走車を使用すれば可能です』
『え?………』
この身体になった時に得た知識を調べると、自分の体内には圧縮構造体の技術によって様々な乗り物が圧縮されて体内に存在していた。その中に地下を移動するための圧縮自走車があり、車輌付近の物質の原子間の距離を縮めて圧縮して開いた隙間に入り込み前進する車両があった。
俺はいつの間にかに未来から来たネコ型ロボットの様な存在になっていたのか!
「圧縮自走車!」
ノリで体内にある圧縮構造体の中から圧縮自走車を解放した。
手から普通自動車並みの大きさの乗り物が出現する。
外見はタイヤが無い銀色の自動車のような感じなんだが、これが体内に入っていたと思うと不思議な気分の悪さを感じる。
「「なんですかこれは!」」
クシナとローズが驚いて声を上げる。
思わず二人の口を手で塞いでしまった。
牢屋の出口の向こうに牢屋番が、声を聞いて動く気配がする。
牢屋番が気が付いて入ってくるかと思ったが、気が付いた気配はしたが無視するようだ。
用心で覗きに来られなくて良かった。
「二人とも静かにしてください。これに乗ってください」
タイヤの無い銀色の自動車のような圧縮自走車のドアが開いた。
中に乗り込むと4人乗りで、室内は広かった。
『ナビで自動操縦可能か? 可能であれば町の外まで頼む』
『可能です。圧縮自走車とのリンククリア。発進します』
自走車の床が、酸で融けるように無くなっていき自走車が沈んでいく。
完全に車体が地面の中に沈むとライトが正面の地下を照らした。
照らされた場所も自走車が通れる程度に酸で融けて無くなっていく。
軽い浮遊感と共に自走車が反重力装置で浮遊して出来た穴を進んでいく。
凄い! と初めは思ったが、しばらくして抱いた感想は遅い!
まって! 最高移動速度が時速1kmになっている………
歩く速度が4kmと言われるので歩行速度の四分の一である。
脱走がばれて背後から追いかけてこられるか心配したが、ある程度進むと背後が元の土で埋まっていきトンネルが無くなっていく。
自走車の周りの対象物体の原子間の距離を縮めて縮小化したのが、融けている様に見えたが時間がたつと解除されて元の大きさに戻る為に穴が塞がっていくようだ。
この自走車浮いている反重力装置は、叔母が開発したのかな?
昔の叔母との失敗実験を思い出して笑みがこぼれた。
「タクマ殿は魔術師? いや賢者様だったのか? このような大きな魔道具を何もない所から取り出し、乗り込めて地面をもぐって進む魔道具など実際に乗っていて失礼だが信じられない」
「わ、私も、大概の事では驚かない心構えはしていましたが、無理でした」
二人が後部座席で興奮して語った。
下手に操縦されると困るので助手席に乗せずに、二人は後部座席に乗ってもらっていた。
「うむ……よく考えたらこの世界では、俺は賢者になるかもしれませんね」
「やはり! クルト法国までよろしくお願いします。賢者タクマ様」
ローズが尊敬の眼差しで俺を見つめ、クシナは顔を赤らめて興奮気味に顔を伏せている。
生身の体だったら期待と好意を寄せられて嬉しい感情が芽生えたかもしれないが、今は恋愛どころではない体である。悲しい。
自分の身体に関して無頓着だったかもしれない。考えたらこの身体になる際に言われたことを思い出す。
確か仮想空間よりも、今の体の方が安全係数が高いと言っていた気がする。
『俺の戦闘力ってどれぐらいなんだ?』
曖昧だがナビに聞いてみると恐ろしい回答が得られた。
『七個の一万人規模以上の編成である師団相当の戦闘力があり、当時の八万人規模の軍隊と渡り合える装備が圧縮構造体に格納されています。歩兵師団、機甲師団、空挺師団、海域師団、宇宙師団、近衛師団、戦車師団があり、圧縮自走車は機甲師団の倉庫から排出しました』
どんだけ身体に入ってるんだよ! 聞かなきゃよかったよ!
重さとかどうなってるんだよ! あ、重力制御とかあったか………
やはり、新しい機械を使うときは、ちゃんと説明書は読んだ方が良い事が分かった。
でも、俺の体のマニアルって広辞苑が可愛くなるほど量で、読むだけで一生が終わりそうな気がする。
『だが俺一人で装備だけあっても駄目じゃないのか?』
『装備と共にヒューマンタイプ十万体の戦闘ロボットも格納されています』
もはや、俺は歩く軍事倉庫じゃなくて歩く軍事要塞だったのね。
『エネルギーとかどうなってるんだ?』
『圧縮構造体に取り込む際にかなりのエネルギーを消費しますが、解放に関してはさほど必要はありません。
一部分を一度解放すると、もう一度同じ圧縮構造体に取り込むことがエネルギーと構造体の重複による爆発の恐れにより困難ですので解放後は解放した車輌などを放置することになります。他者にわたる前に自爆させることを推奨します』
この兵器を開発した世代は自爆好きなのか? 俺の場合は自爆させずに万が一があるから町の外へ出たら地面に沈めておこう。
そうか、すべての武装は戻す事が出来ずに使い捨てになるんだな。
良く考えて取り出さないと不味い事が分かった。
町から離れた森の中に到着して地上へ圧縮自走車を浮上させる。
ローズとクシナを車外に出すと、命令があるまで地中で待機するように設定して地中に沈めた。
「ローズさん。クルト法国までの道などわかるでしょうか?」
「はいわかります。ここから馬で30日ほどの距離にあります」
遠い! だが! ふ、先ほどまでの俺とは違うのだよ。
反省して自分の身体に格納されている装備は、一通り見たのだった。
倉庫から、背中に背負える通信機と10インチの画像が写せるタブレットを取り出した。
突然俺の体から現れる物体を見て、ローズとクシナが驚くが慣れてきたようだ。
「これは、なにをする道具ですか?」
恐る恐るクシナがタブレットを持って触ると画面が表示された。
衛星と通信可能な通信機を利用してタブレットに地図を映し出したのだった。
叔母の像との戦闘で衛星と通信していたので利用可能かと思ったら本当に可能だった。
ただ、アセンブラ社の衛星はステルスになっていてアクセスは無理であったが、過去に打ち上げられた民間の生きている衛星が存在していたのでそれを利用している。
流石の軍事用通信機だったのでパスワードはあったが瞬時に解析してアクセスは容易であった。
「これは、地図ですか? こんな細かい地図を初めてみます。 地図自体が発光している?」
ローズが表示された地図に魅入っている。
操作して広範囲の地図を見せてクルト法国の位置をローズに教えてもらった。
場所がわかったらこちらのもので、空挺師団の倉庫から大型の旧式輸送ヘリを出現させた。
「もはや、タクマ殿といると驚くことに慣れてしまいますね」
「大賢者様」
二人の感想を受け流して通信機を背中に背負ったら旧式な輸送ヘリに乗り込んだ。
反重力を利用した空を飛行できる戦闘機や輸送機もあったが、燃費が悪いために一気にはクルト法国にたどり着けない。
しかも、身体の圧縮構造体の倉庫から一度出してしまえば、格納する事が出来ない。この世界に無いような機械を隠蔽するには自爆の必要があるが、反重力を利用している機体は自爆の際の被害が原爆並みになるおそれがあって、その点ローカルなヘリの方が破壊されても被害が少ないと思って選んだ。
ヘリの外見は、俺がいた時代だとCH-47と言われる輸送ヘリに似ていたが性能は別物である。
オートパイロットはもちろん輸送ヘリであるが各種武装もしっかりしていた。
「座席に座ってシートベルトを着けてくれ」
「シートベルト?」
座席は通じたがシートベルトはわからない様なので、二人のシートベルトを装着してあげた。
「では、発進!」
巨大なプロペラが風を巻き上げて機体を持ち上げていく。
「そんな! 空を飛ぶのか!」
「羽もないのにどうして!」
二人の反応を見る限りこの世界には類似品は存在しないのだろうな。




