宿
違和感に早めに慣れておくべく、一つずつ1分毎に《自動地図化》を上げていこう……と考えていたのだが、3レベル上げたタイミングでクミアが宿についたと告げてきたので一時的に中断する事になった。残っているスキルポイントは5で、現在の《自動地図化》のレベルは6。
理論上限界値は10ではあるが、人によっては3などが限界となってしまうのに6まで上げれたのは奇跡と考えてよいだろう。この調子で行ける所までは上げるつもりだが……、
「なあクミア?」
「何?」
「ここ、俺だと場違いだと思うんだ」
迷宮都市であるフィリン内で一番高い宿という訳ではなさそうだが、それでもしっかりとした見た目をした宿。冒険者の出入りが有るには有るが、どれも俺やクミアよりは強そうな人達ばかりで、断じて俺が泊まるような宿では無いのは間違いなかった。《自動地図化》に表示されている人影もどれも身なりが整っているように思えて……、
「何を今更……行くわよ」
クミアに引っ張られて宿に足を踏み入れる。《自動地図化》のおかげで分かっていた事だが、この宿は食堂といった様な空間が存在しなかった。受付の奥に調理場があり、そこで沢山の人が慌ただしく動いていたり、頭上の部屋で人が重なり合って……。
「ぅえ!?」
「何?……なんで顔を赤くしてんのよ」
「い、いや気にすんな」
脳内から頑張って追い出そうと意識するものの、意識すればするほどそちらへと意識が向いてしまう。そちらを気にするまではそこまで気にならなかったというのに……。
「ほら、行くわよ」
「あ、ああ」
「あ、クミアさん。鍵はこちらになりますが……後ろの方は?」
「パーティメンバーよ。一人部屋をもう一つ取れない?」
「一人部屋ですか……今は空いていませんね。四人部屋なら一つ空いてますが」
「……んー、じゃあ今の部屋を引き払って四人部屋に変えれる?」
「出来ますが……」
「お、おい?」
脳内に入ってくる部屋の数の多さに少しの間ボーッとしていた所為で勝手に進んでいく話。受付の女性の視線に含まれている懸念は俺の人間性とかそういった所だろう。まあ、クミアに勝てるなんて思えないので襲う事など絶対ありえないのだが。
「何?ルイスじゃ話にならないし問題ないでしょ?」
「……泣いていいか?まあその通りなんだけど」
「……では、四人部屋に変更いたしますが……」
「ええ、お願い」
「……クミア?俺別の宿でいいんだけど?」
「さっきも言ったけどわざわざ別の宿に行くのは面倒なのよ」
「「……」」
俺と受付の女性の間に謎の沈黙が生まれる。多分受付の女性が考えてる事は『そんな理由で』とかそんな感じだろうが、俺としてはそのセリフを口に出していってほしい。研究所にいた頃と遜色なさそうな部屋の数々を感じると本当に場違いな様に感じられてしまう。……放逐されるまでは同レベルの部屋に住んでいたのだが、あの時は物の価値とかをいまいち把握できてなかったからな。
「では、此方が部屋の鍵で別棟三階の最奥の部屋となっております。……当方では責任を負いかねますが」
「問題ないわ」
「かしこまりました。では予め頂いていた一季分の代金45cを此方の部屋代金とした場合の日数を取らせていただきます」
「あ、ならこれで一季分でお願い」
「かしこまりました」
「……」
一季。要するに7日×13週、91日分の一人部屋の代金として元から45cを渡しており、追加でサラッと渡していた複数枚の半金貨。10000d=1cなので、俺の今日の収入の……100倍以上を気軽に渡していた為言葉を失ってしまう。
「なにボサッとしてるのよ。行くわよ」
「……あ、あ?」
「……何?」
「いや……なんでも無い」
45cの借金。……スライム9000体を倒せば返済する事が出来るが……今日のペースだと1年では到底返せないだろう。そんな事を真面目に考えながらクミアの後に続いて別棟の部屋への移動を開始した。サラッと半金貨を出していたという事は当たり前のように金貨も持っているだろうし、もしかしたら白金貨も持っているかもしれない。だったら2700d程度に頓着しないのは分かるが……考えるだけ無駄か。
「ここね」
「ああ」
目の前に有る扉の鍵を開けて入っていくクミア。部屋の構造としては奥に寝室が2部屋、その前にリビングの様な物があり、個室にトイレやシャワーなども設置されている事を確認する事が出来た。
「……シャワー?」
「何よ?先に浴びたいなら浴びてきて良いわよ」
「いや、大丈夫」
シャワーが有るのならば値段が高い理由も納得できるのだが……あー……《自動地図化》を上げるか。
「え、ちょ──」