迷宮へ
「おいっ!今なんつ」
「さ、行きましょ。二人なんでしょ」
「ん、そうだな……?」
向こう見ずな人間など眼中に無いとでも言わんばかりに歩き始めたクミア。肩を掴もうとした瞬間に振り払われた少年は呆気に取られて固まっていたが、それ同様に固まって一歩遅れてしまった俺は他のパーティの人間に掴まれた。
「……離してもらえるか?」
「あ?」
「悪かった。先程のセリフは取り消す。で、時間を無駄にしたくないんだ。離してくれ」
こちとら今日の宿がかかっているのだ。確かに絡みたくなる気持ちは分かるが、時間など無駄にしてられない。そういう意図を込めて睨み返すのだがそれがどうやら癇に触ったらしく……、
「おいっ、調子乗ってんじゃねぇよ!?俺は位階も7あってお前等みたいな底辺とは違って実力があんだよ、分かるか!?」
「……クミア、7って高いのか?」
怒鳴り散らしている少年の見た目は俺と同年代に見えるのだし、どう考えても低いだろう。周囲を見渡しても、初心者達は頷いている様に見えたがそれ以外は首を傾げていた。
「……高いんじゃない?冒険者登録時の平均位階は4らしいし」
「……まじか?」
4と言えば、俺みたいな例外は除くが研究所の人間は10歳と少しの頃には越えている位階だ。10毎に位階は上がりづらくなる事、魔物が優先的に回されるのは入りたての人間な事から20を超えるのは15歳、研究所から出る頃になるらしいが、それでも20有るのだ。
「7で?……クミア、位階は?」
「5よ」
「ほらっ、テメェらとは違って俺は強いんだよ!」
「クミア、行こう。俺の方が位階が高かった」
「へぇ?」
あー、同期の人間が五十歩百歩だろって笑ってる気がする……。何か含み笑いをしているクミアの手をひき、驚いている初心者達をかき分けて魔法陣の方へと向かう。背後で怒鳴り散らしている連中は気にする必要がないだろう。1層、2層のマップが世間一般に広まっているとはいえ、ダンジョンは1層と2層では格が違う。7程度ではゴブリンの群れなどの対処を出来るとは思えないし、クミアが言っていた向こう見ずな人間というのも間違いでは無いだろう。
「ルイス、パーティ登録は?」
「しないで良い。魔物の討伐は全て任せる」
「……ルイスの位階が上がらないわよ?」
「そこら辺は気にしないでくれ。少なくとも俺のほうが位階が高いのだし大丈夫だ」
「……分かったわ」
パーティ登録。確か『我、◯◯と魂を繋ぐ者』みたいな事を言うことで、魔物討伐時の魂の吸収、経験値の獲得量を等分出来るシステムだ。味方からの誤射などで受けるダメージを減らしたり、大雑把な味方の居場所、味方の状態を判断できる、ダンジョンに入るなら絶対にやっておくべき事。クミアには疑いの目線を向けられてしまったが、俺が魔物の討伐で位階がほぼ上昇しないのだからこれで良い。
「「転移、一層」」
視界が切り替わり、先程までの広場では無く洞窟へと移動していたのを確認してからすぐにスキルを発動する。
「《地図化》……よし、クミア。角を曲がってすぐ、右側にゴブリンがいるから倒してくれ。周囲にはそいつ以外いない」
「え、ちょ、ま、待って?ルイス、貴方ツリー何よ!?」
「そんな事はどうでも良いだろ。後続が来るから早く倒してくれ」
「いや、良くないわよ!?」
騒ぎ出したクミアを諌めながら、背後にある魔法陣が光って後続が来たことを確認する。……チッ、あのゴブリンは譲るしか無いな。転移してきた人間は一人、フードを被っているので性別がどっちか分からないが小柄な見た目から女だろう。一人で入ってこれるという事はある程度のギルドランクがある事には違いないのでゴブリンがいると忠告する事無く、洞窟の端に寄る事で前を譲る事を示した。
「おい……」
「ねぇ……」
「ゴブリンを譲らなきゃいけなくなっただろうが」
「地図化の意味分かってんの!?」
「盗賊系スキルツリーの中でも上位にしか発生しないスキル。発生しても理論上限界値である10まで上げられるツリーは少なく、5で派生する自動地図化は尚更発生率が少ない。そんな所か?」
「く、詳しいわね……」
「唯一価値有るスキルって言われたからな」
「言われた……?」
まあ、結局は位階が上がらないのだから何の価値も無いと言われてしまったが、それでも自動地図化まで発生した時は凄い驚かれた事を覚えている。何だったか……確か、超大器晩成型スキルツリーかもしれないと言われた事があるな。
「まあ良い。行くぞ」
「……何処も劣化じゃないじゃない」
「《地図表示》。クミア、これが周囲150mの地図だが……どうする?」
「地図表示って高レベルな地図化が必要なスキルよね?貴方本当に何者よ」
「まあ気にするな」
「ふーん?」
研究所に所属した人間は基本的にそのまま研究所での研究員になるか貴族や王族、騎士団などにスカウトされるので、こんな所にいるわけがない。平民にとっての花形とも言える研究所にいた人間などと言っても、信じては貰えないだろう。
で、
「この人形のがさっき通った奴だな。もう一回やれば何処に移動したか見えると思うが……こっちには行くべきでないと考えて良いだろう」
俺の目の前で半透明な青色の魔力によって構成されている立体的な蟻の巣の様な地図。クミアは俺の話を聞いていないのか様々な視点から地図を観察しているが……周囲150mにある人形の数からして人間が50程、ゴブリンが40程存在していた。所々に見える小さな塊はスライムと判断できるし、微妙な違和感、道や壁にあるちょっとした細工は罠と考えて良いだろう。
「ねぇこれ、隠し部屋じゃない?」