"まおうをたおした ゆうしゃ"
「うぐ。われが、——」
ズグズグっという関節の軋む音を立てながら、"ゆうしゃにたおされた まおう"は言いました。
「—— われが、まちごうていたと いうのか!」
これに応えて、ふふふと笑いながら、"まおうをたおした ゆうしゃ"が言います。
「そういうの、もう やめにしないか」
「なにッ……」
ズグっと、また関節が軋みます。—— それと同時に、視界がぐらぐらっとゆれるのです。
「くだらない こたえあわせに きょうみはない。おまえはなにも まちがってはいない」
「われは へいわのため まりょくをもって つくしてきた。しかし、このざまだ。われはたおされ、みな おまえをたたえる。せいぎがかつと するならば、われはやはり、まちごうていたのか……」
「もういちど いう。おまえはなにも まちがってはいない」
"ゆうしゃにたおされた まおう"は、"まおうをたおした ゆうしゃ"を睨みつけます。
「からかうなッ! われを たおしておいて、そのような……!」
ズグズグ。
「うぐ……」
ニヒリスティックな笑みを浮かべて、"まおうをたおした ゆうしゃ"が言います。
「くだらない こたえあわせに きょうみはない。おれはたしかに おまえをたおし、このせかいに へいわというものを もたらしたのだろう。しかし、おれは はなっから せいぎのつもりは ない。はくじょうすれば、—— このカセットは、もともと おれのものでは ない」
「なに ——」
「おとうとが おもしろそうなゲームを やっているとみて、とりあげたのだ。やつはいまごろ、くやしなみだを のんでいるだろう」
「おとうとをいじめて ゆうしゃになったと いうのか!」
「それだけじゃない。おれは ダンジョンをクリアするに あたり、ひつよういじょうに おまえのなかまを いためつけた。ねむっている ものまでも おこして たたきのめした、—— レベルアップと、もちものを うばうためだ。そして、なかまであっても つかえないとみると すぐにきりすてた。じゃまだとみると、あえてこうげきして はいじょしたことも あった。まおうをたおす ゆうしゃとは、たいがい そういうものだ」
「きさまッ……!」
ズググググっ。
「ぜいぜい、はあはあ……。われは、そのようなものに たおされるほど、おちぶれた そんざいだと いうのか。—— うぐおッ!」
—— とつぜん、"まおうをたおした ゆうしゃ"が、"ゆうしゃにたおされた まおう"を蹴飛ばしました。
「くだらない こたえあわせに きょうみはない。なんどもいわせるな」
「くだらない…… だと?」
またニヒリスティックな笑みを浮かべて、"まおうをたおした ゆうしゃ"が言います。
「たかが ゲームだぞ、おれたちの たたかいは。そこに せいぎもあくも ありはしない。—— おまえのはいいんは そこにある。つまり、あくやくという かたにはまり、そのじつ せいぎに こだわりつづけた。—— おれたちゆうしゃは そうじゃない。おまえには、せかいをすくう という もくてきのため つきすすんできた、きがいにみちた えいゆうに みえるかもしれない。だが じっさいは、センベイを むさぼりながら、コロセコロセと わめきながら、『ゴハンよ』と呼ばれても 『うるせいババア』と くちぎたなく へんじするような、そういうにんげんが "ゆうしゃ"を やっているのだ」
「……それならば、おまえらの もくてきは……」
「まおうをたおす。エンディングを むかえる。—— だから いうのだ。くだらない こたえあわせに きょうみはない…… と」
ズグズグっと、"ゆうしゃにたおされた まおう"は身体を軋ませます。
「では……、さっさと もくてきを かんすいせよ。われを、ひとおもいに……」
がたがたと、城壁や石垣の崩れる音がして、視界がぐらぐらっとゆれます。
「つぎのぼうけんで また あおう」
"まおうをたおした ゆうしゃ"は、ゆっくりとその場を去ります。
視界は白く煙っていき、かすかに残った"ゆうしゃにたおされた まおう"の像をバックに、エンドロールが流れます。—— そして最後に、イー・エヌ・デーと感動の三文字が現れて、画面はオープニングへと戻るのです。
次にプレイするのは、主人公の弟さんでしょうか。それとも、中古屋さんでカセットを買った、見知らぬだれかでしょうか。チートつかいの勇者でしょうか。……いずれにせよ、"まおうをたおした ゆうしゃ"は言うのです。—— くだらない こたえあわせに きょうみはない。 END.