第1話 第01章 溜息の朝
朱色に湿る古傘の、骨に染みるは誰の血か。
虫に食われし傘紙に、深くつつまれ静かに泣くは、愛か恨みかモノノケか――。
この一連の出来事の幕開けは、そろそろ秋も終わりを告げようかという十一月の末の、とある金曜日のことであった。
山から吹き降ろしてくる乾いた風が大地を駆け抜け、すっかり紅葉した秋の葉を舞い揚げる。
空は高く澄み切って、幾筋もの細長い雲が、ゆっくりと南へ流れていく。
鈴鳴町は、決して大きな街ではない。
役所のある猫の額ほどの中心街を離れれば、あとは集落や工場地帯が点々とするだけで、その面積の大部分は稲作のための田圃が占めている。周囲をなだらかな山に囲まれた盆地で、夏は蒸し暑く、冬は底冷えが街を覆った。
この鈴鳴町の西の外れの山のふもとにあるのが、鈴鳴高校である。
低い山の緩やかな傾斜に、町を見下ろすようにして校舎が佇んでいる。
その日の朝はとりわけ寒かった。
十一月にしてはいささか冷たすぎる空気の中を、坂道に沿ってなだらかに伸びる銀杏並木をなぞるようにして、制服姿の学生たちが急ぎ足に歩いている。
この頃になってちらほらと、コートやマフラーを着込む学生の姿が目立つようになっていた。
――はあ。
山猫村玄幽は大きなため息を吐いた。息が白く膨らむ。
微かに眉間に皺を寄せ、自分のつま先の数歩先に視線は固定したまま、玄幽は重い足をひきずるような思いで歩く。
べっ甲ぶちのメガネが少し傾いているが、本人はそんなことは気にならない様子だ。
いつもなら整っている少し長めの髪も、どうにも元気がなく乱れている。
学校が嫌で嫌でしょうがなくて、こののっぺりとした坂道をたどるだけで暗澹たる気持ちになる――というわけでは決してない。
むしろ玄幽は学校を楽しみにする性質の男である。
そんな彼が、このように沈痛な面持ちで登校する様子を遠巻きに眺め、事情など何も分からないクラスメートたちは声をかけるのさえ思わず躊躇ってしまうのだった。
――虚勢を張って見せたはいいものの……。
なだらかに伸びる校舎への坂道をなぞる間、玄幽のため息は幾度となく続いた。
校舎の上に広がる気持ちの良い群青の空はしかし、玄幽の気持ちを洗ってはくれなかった。
さて、玄幽をこのように沈み込ませているそもそもの原因は、実に今彼の手に握られている通学鞄の中に入っている、一枚のプリントであった。
そのプリントは、昨日、生徒会長から直々に手渡されたものである。