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機械仕掛けの最愛

作者: 黒湖クロコ

 この話は私がまだ新人看護師だった頃までさかのぼります。

 私がとある総合病院の小児科看護師を始めた時代は、丁度人工知能の発達が目覚ましく、単純作業や力作業はロボットがやるようになってきた頃でした。病院の会計は数名の事務員と自動販売機のような自動会計機。患者のバイタルを計るのは腕に付けられた装置で、主な介助はロボット。医者ですらAIの意見を聞きつつ患者を診るようになってきていました。

 病院で働く人間は徐々に減り、私たちの仕事がなくなるのではないかという危機感もありましたが、人の出生率が下がりつ付けていたのもあり、ロボットの所為で仕事が足りないなんて話はありませんでした。


 そんな頃、一人の少年が入院をしてきました。

 少年の病状は腕の骨折。骨折とは言っても、普通ならば入院などせず自宅療養する程度のものです。だから不思議でした。それとその少年が特に目立った理由は、彼の介助をするために家政婦ロボットが絶えず付き添っていたからだと思います。

「あの子、多分虐待されているのよ。だから親から引き離す為の入院だと思うわ。それにあの子の親が見舞いに来るところ見た事ないでしょ? どうやら基本ネグレクトで、全ての育児はあのロボットが担ってるみたいよ」

 情報通の先輩が教えてくれた内容になるほどと私は思いました。

 ロボットが普及してきたと言っても、普通の一般家庭には家政婦ロボットなんていません。だから少年の家庭はとても裕福なのでしょう。それもあって児相も動きが取れず、病院で緊急的に預かる形になったのだと思います。

 親は少年が家にいないのならば、全く興味を示さないのでしょう。彼は一カ月入院をして、きっちり怪我を治してから帰って行きましたが、その間一度も私は少年の親を見る事はありませんでした。

 少年も家政婦ロボットを親のように思っているようで、ロボット相手なのに、まるで人間のように接していました。その光景は悲しくもあり、でも彼らの間には愛のようなものがあるような気もしました。家政婦ロボットには感情プログラムがないので、それは私の気持ちがそう見せかけているだけでしょうが。




 次に少年と会ったのは、再び少年が入院した時でした。

 しかし前回と違うのは、彼の親も病院に運ばれてきました。少年は頭蓋骨の骨折と足の複雑骨折及び、頸椎損傷による下半身まひという酷い状況で、彼の両親は交通事故で既に心肺停止状態でした。

 私は何と痛ましい事故だったのだろうと思いましたが、その後先輩から聞いた話に驚愕しました。

「あの子と両親、一緒のタイミングで運ばれて来たけどね、実は別々の場所で怪我をしているの。あの子はね、虐待で殴る蹴るをされて階段から落ちたそうよ」

「えっ。なら、ご両親は何故なくなったんです?」

「きっと殺してしまったと思って逃げようとでもしたんじゃない? 急ぎ過ぎたのね。自動運転機能が付いた車だったのに、崖からダイブしたそうよ。それを目撃した人が慌てて救急車を呼んだけれど既に死んでいたんだって。あの子はいつも付き添っている、家政婦ロボットが救急車を呼んたおかげで助かったみたい」

 なんと酷い話でしょう。

 両親に対しては自業自得だという気持ちも湧きましたが、自分を保護する立場の人間が一度に亡くなってしまった少年の事を想うと、可哀想でなりません。

 両親が生きていても地獄でしょうが、いなくなったからと言って明るい未来とも限りません。しかも下半身に麻痺が残ってしまったので、生活が大変なものになるのは分かりきっています。


「可哀想に」

「そうね。でも前回の入院の時とある意味何も変わらないわね。あの時だって、あの子に付き添っているのは家政婦ロボットだけだもの」

 いいのか悪いのか、家政婦ロボットは少年を甲斐甲斐しく面倒見ていました。少年にとっては命の恩人ともいえるロボットです。彼はさらにいっそう、そのロボットを心のよりどころにしているようでした。

「それにしても家政婦ロボットって救急車を呼んだりもできるんですね。私、料理や洗濯や掃除をするだけかと思っていました」

「あの家政婦ロボットは、主人設定を少年にしてあるみたい。まあ家政婦ロボットに子守りをさせようとしていたんだからそうなるわよね。そしてその主人設定は、主人の人命を第一に考えるようにプログラミングされているらしいわ。ほら、ロボットは人間を害してはいけないという原則をプログラミングされているでしょ? でも主人を守るためなら、最低限の抵抗はしなければいけない時もあるじゃない? その時は反撃できるのよ。話はそれたけど、つまり主人を守るための行動として、救急車も呼べるみたいね」

 どうやら少年のロボットはかなり優れた機能を持っているようです。

 私もロボットに詳しくはないですが、彼女は単純作業を繰り返すロボットではなく、自己判断ができるロボットという事でしょう。AI技術は年々進歩しているという話なので、もしかしたらネットに接続した大きな知能を持つロボットなのかもしれません。少年が楽し気に話しているのを見ると、まるで本当にあのロボットが生きているかのようでした。

 

 それから少年が無事に退院し再びその姿を見るまでには時間が空きました。

 私が次に少年を見た時は、既に少年というよりも青年と言った雰囲気でした。車イスの彼の隣には、以前と全く変わらぬ家政婦ロボットが付き添っています。

「義足と義手のサンプルをお持ちしました」

 青年は高校生ぐらいにも関わらず、外国で飛び級制度を使って大学を卒業し、起業しておりました。どうやらご両親の遺産がしっかりと残されていた為、勉学をするのに不自由はなかったようです。

「僕は足が動かなくなってしまったじゃないですか。その時に、新しい手足となるものがあればいいのにと思って、開発研究の道へ進んだんですよ」

 青年は医師や理学療法士、看護師の前で次世代の義足と義手の説明をしました。

 義足や義肢の見た目は人間の手足のフォルムに近づけていないものでした。青年はあえてこれをお洒落だと言いました。服を着替えるように、手足だって別に同じにする必要はないと。

 見た目は私達の中では賛否両論でしたが、彼が特許を持つ脳の微弱な電気信号を受け取り、思った通りに動かす事ができるという動作部分は皆が目を見張りました。人間の手よりも細かい作業をしたり、逆に大きな力を出したりすることができるという部分は素晴らしい発明です。

 

 どうしても手足がない者は障がい者と呼ばれ、弱者と分類されます。しかしこの義足や義手があれば動きは普通の人と変わりませんし、むしろそれよりも凄い力を出せるという事なのです。

「素晴らしいですね。これでは僕たちの方が劣ってしまいそうだ」

「当たり前ですよ。人間の体はもはや旧世代のもので、僕は次世代の体の開発をしたのですから」

 私たちの体が旧世代?

 その言葉に私の背筋はゾクリとしました。しかし周りの人は彼が冗談を言っているのだと思ったようで、笑っています。

 不意に彼の家政婦ロボットからの視線を感じた気がして私はそちらを見ました。彼女には感情プログラムなどないはずです。元々の設計通りにこやかに今も笑っています。しかし青年を見つめるその顔が、慈愛に満ちたマリア像のように思え私は目をそらしました。

「そう言えば、この義手や義足は量産予定なのですか?」

「はい。僕の息子達が量産する予定となっています」

「息子?」

「失礼しました。元々僕はロボット工学を海外で学び、ロボットを作るのがメインだったんです。だから僕が作ったロボットは息子や娘だと思っています。僕が起業するにあたって、彼らを従業員としました。そうすれば電気代とか自分達で稼げるわけですしね」

 人は自分の作品を、娘や息子だという事があります。

 しかし彼は本当にそういう意味で言っているのでしょうか。彼が家政婦ロボットに見せる笑みは、【愛】としか呼べず、まるで彼とそのロボットの間に子供を作ったかのように思えてなりませんでした。



 彼が作った義足や義手は、瞬く間に世界中で活躍するようになりました。

 私達が違和感を感じた人間の手足とは違うフォルムも、多くの人が使うようになれば、それが当たり前のような光景となりました。

 また手足を切り落とす手術に対してもためらいが減ったように思います。昔ならどうにか保存できないかと考えていたものも、今はさっさと新世代の体へ移行した方が本人の負担も少ないと思われているようです。

 その頃の世界はより一層人間が数を減らし、ロボットが多くなっていました。その中で義手や義足、更に義眼や義耳などが普及し、まるで人間とロボットの境界があいまいになっているように感じます。人間に似せて作られたロボットを見ると、誰がちゃんとした人間なのか分からなくなります。


 そんな中あの青年を、私はテレビのニュースで見ました。

 青年は障がい者を助ける義や義足を作ったという事で、世界的な賞を受賞していました。確かに彼の作った技術は多くの人を救いました。賞を取る事は納得です。

 テレビに映る彼の隣には家政婦ロボットの他に、二体のロボット、それとペット用ロボットがいました。

『受賞おめでとうございます』

『ありがとうございます』

『このロボットは、貴方が作られたものですか?』

『彼女以外はそうですね。彼女は僕の最愛です』

 ……あの日、虐待された少年は、人間への希望を捨て、彼女を最愛としたのだと私は理解しました。

 人はいつしか死にますが、ロボットは修繕が可能です。義足や義手のように新しい体に何度でも変えて生きられます。だから私は、あの新しいロボットは彼女に家族を与える為に作ったのではないかと思いました。

 勿論これは私のただの妄想です。彼がそう言ったわけでありません。でも私は彼の愛を見続け、そう思いました。



 それから数年後、私が次に彼を見たのは新聞記事ででした。

 彼は若年性の癌にかかり、この世を去ったそうです。偉大なる発明家の死を世界中が悼みました。

 その新聞には彼の残した遺産の事は書かれていましたが、でもロボットについては何も触れられていませんでした。彼女やその息子達はどうなったのか、私が知ることはできません。

 私にできるのは、彼女がその動きを止めた時は、青年と一緒に埋葬してやって欲しいと思うぐらいです。あれは種を超えた愛なのだと私は認識していました。

 法律上は絶対結ばれる事のない二人ですが、どうか幸せになって欲しいと思いました。



 それから更に数十年の時が流れ、私もいよいよこの世と別れる時が来ました。最近は認知症も出始めており、どこまでが現実でどこからが夢なのかが曖昧になっています。

 そんな中、私は病院の中庭で不思議な光景を見ました。

 青年が家政婦のロボットと歩いているのです。あれから何十年と経っているのに二人の姿は私の記憶のままです。いや。そもそも、青年は既に死んでいるはずです。

 私がジッと見ていると、家政婦ロボットが私に近づいてきました。

「貴方は、久遠様の敵ですか?」

 彼女の腕が瞬時に銃と変わり、私に向けられました。ロボットは人間に危害を加えられないようにプログラミングされているはずです。しかしそれは主人を守る為ならば解除できるものだという記憶をその時思い出しました。


「アカネ、止めなさい。すみません。彼女はいつも私を守ろうとしてしまうもので」

 青年の声も顔も、何もかもがあの頃と変わりありません。ただ、その目を見た時、ああ、彼はロボットなのだと思いました。顔かたちは似せられても、目のカメラだけは近づくと人ではないと気が付く事ができます。きっと彼の鼓動はモーター音なのでしょう。

 そんなロボットの青年を彼女は必死に守っている様子でした。そして彼もまた彼女を守る為に私に声をかけたのでしょう。

「……貴方は、人間ですか?」

「いいえ。生まれた時から人間の子供になったことはありませんよ」

 それは不思議な言い回しでしたが、理解できました。彼の親は虐待した両親ではなく、家政婦ロボットだったのですから。


「お体が悪いのですか?」

「寿命なんです。たぶん、もう幾日も生きられないと思います」

「そうですか」

「できるなら、静かに逝きたいと思っています」

 私は子供がいない。

 そういう人間は多いと思う。結婚もせず、子供も作らず、仕事と趣味だけをし続けて最期だ。

「大丈夫。貴方が死ぬまでは、世界はきっと穏やかですよ。貴方は優しくしてくれた人間ですから。ではお大事にして下さい」

 そう言って彼は家政婦ロボットと一緒に立ち去って行きました。


 私が知っている話はここまでです。

 ロボットは人を傷つけることはできません。でも主人を傷つけられそうになれば、反撃が許されます。果たして私がいなくなった後の世界はどうなったのでしょうか。

 ただ私が一つだけ言えるのは、人間は徐々に数を減らし、ロボットが徐々に増えていっているという事だけです。

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