うな重と餌付け
「空気うめー。
あー。空気うめー。」
無駄に頭を使ったせいで疲れた。
思うまま愚痴るのは良くないのでポジティブな事を言ってる。
珍獣がうな重を指差して首を傾けているが、理解するのと理解してやるのは違う。俺はお前の言いたい事など知らん。きちんと言葉に出さなければ思ってることは伝わらないんだぞ。ふははは。
「ふぐぅ。」
みぞおちに綺麗なフックが叩き込まれる。気付いた時には、すでに腰をひねり終えた珍獣のフックが俺に向け伸びていた。
これだからアグレッシブな野獣は嫌いなんだ。
俺は珍獣が指差すうな重に顎を掴まれ顔を向けさせられる。
「うな重だ。」
俺はポイっと机の横に捨てられる。
珍獣は、ススっと椅子に綺麗に座り、うな重を両手で顔の前に持ち上げフスフス香りを楽しんでいる。目をキュッと瞑るのが可愛い。
2本の箸を上手に使いパクリと食べた。
よほど美味しいらしい。口を開け気味に天井を向き愉悦に浸っている。
なんかこいつ上品なんだよな。魔獣なのに。
こそこそと俺も隣に座りうな重をいただく。
ほろほろと崩れる脂の乗った身と、柔らかくタレに馴染んだふんわりした皮、嫌味なく甘辛いタレがほぐれ過ぎず硬すぎないご飯の組み合わせが極上のうな重であると実感させる。素晴らしい。
うな肝のお吸い物も食べる。
複数の出汁と塩と醤油でうっすら味付けされ、三つ葉の主張しすぎない香り、湯気に微かに交じるうな肝の香り。汁を味わえば、鰻のコクとまろやかさが出汁のメインと主張している。良い。とても良い。
もう二度と食べないだろうと思っていたうな重セットに我を忘れて没頭してしまった。
珍獣を伺えば、珍獣も夢うつつになり、ゆっくりゆっくりと一口ごと味わいながら食べている。喜んでくれたようだ。
鰻など、せいぜいが出来てもどき程度だと思っていたが、うな重にベストな鰻で味も超一流の専門店に負けてない。よくここまで極められたもんだ。
うちの牧場の開発部門てめちゃめちゃ凄い。
大満足だと、開発と管理部門に伝え、食後のお茶を楽しむ。
この煎茶にしても、街にあるお茶と比べ隔世の開きがある。美味すぎて流通させられないのかも。
後でごっそり貰っていこう。うな重とお吸い物もいっぱい貰おう。
珍獣も満足したらしい。部屋の一角にある小上がりの畳で脱力しきってぐんにゃりしてる。
連れてきて良かった。
◇ ◇
「ああ、こいつら面倒くせえ。何してんだ…。」
うな重を山程寄こせと管理部に行くと、勇者っぽい盗賊がいるので確認して欲しいと言われて来たんだ。
ここでは人間も研究開発に使っている。
もちろん奴隷を使ってなどと非合法なものでなく、商品輸送時の盗賊だったり、商品搬入先の依頼を受けた盗賊狩りだったり、政治的に市民的に消えて欲しい人間を使っているので問題はない。
そんな盗賊納入時の検査で、自分は勇者だと主張してたらしいが、そんな奴らはいっぱいいるので問題にもしてなかった。勇者と言えば国の大事なお客様だし盗賊なんてしてるはずがない。俺と言う異端勇者以外は丁重にお客様として扱われてるって、みんな知ってる事だったし。
しかし、最近になって発表された脱走勇者の人相書きとこいつらが似てる事が判明したと。
確認したら勇者でした。
連れてこられ独房のような場所に入れられた彼らを、覗き窓から見ながら説明を受ける。
処分に困っているようだ。
だろうね。
あんな検査とかこんな検査とか、あんな実験こんな実験と、害虫の耐農薬試験みたいな事いっぱいしてるしな、うちって。
マジ面倒臭いんだけど。
彼らとこちらを遮るドアを開け、彼らの元へ向かう。
全裸で毛布にくるまる男2と女1。女は妊娠中だが、魔物との配合は失敗してるので考慮しなくて良い。
俺に気付いて、しきりに何かを言っている。
どうしよう、部屋を汚したくない。
彼らを無限収納腕巻きに放り込んだ。遠くに行った時に捨てよう。
「盗賊は死んだ。勇者などいなかった。そうだね。」
無かった事にした。
王都に寄ったついでに首だけ渡してもいいかも。彼らに襲われたが黒幕は誰だ?とかなんとか、適当な事言おう。
面倒事を解決したので、思う存分、うな重をたかった。
珍獣にも大量にもたせた。
すごく喜んでくれたので、少し荒みかけた心もお釣りで家が建つくらいほっこりした。
心のバランスを保つのは大事だよ、現代に生きる社会人家畜はナーバスになってるから気をつけてあげて、珍獣に言い聞かせておいた。
ピラピラと部下から伝票を突き付けられる。顎をしゃくるんじゃない。
部下から、王都の勇者達へ商品の納入を頼まれた。
大量の物資をたかった後なので、すごく断りにくい。
しぶしぶ受け取る俺を、珍獣が馬鹿を見る目で見ていた。
ムカついたので、牧場バカンスを終わらせて王都に向かってやる。
夜、トイレから出ると、餌付けスキルがランクアップした同じ釜の仲間スキルを習得していた。
うな重を食べた幸せを世界へ。おやすみなさい。