人を心配させると、痛い目にあう様です。
訓練四日目。
今日も自由時間です。
一日目に比べたら、遥かに優しくなった暗殺メイドさんに起こされ、食事を済ませる。
「今日はどうするつもりでしょうか?」
「う~ん、図書室に籠るかな。訓練所はあの四人が使うだろうから、顔を合わせるのもちょっとね」
不用意に、目立つのは出来るだけ避けないと。
《では、二人に魔法習得を見せたのは間違いだったのでは?報告しないとは口にしたものの、それが虚偽である可能性を考慮すべきです》
大丈夫、信じてますから。
もし二人が嘘を吐いていて報告されたとしたら、信じた俺が悪かっただけです。
全力で逃げましょう。
協力して下さいね?
《もちろんです。やっぱり頼れるのは、お姉ちゃんですね》
図書室へと向かう途中、今まで目に入らなかった周囲の景色に気付くようになった。
調度品は高級感に溢れ、見ているだけで気後れしそうだった。
迂闊に触れて、壊したり汚したりしないようにしないとね。
うん、フラグじゃないよ?
「おはようございます」
図書室に入ると、そこには既にリリエイルさんの姿があった。
「おはよう、シオン君」
それともう一人、見覚えのない少年がいた。
いや、俺もまだ少年って言われる年齢だけどね?
ぱっと見、十歳ぐらい?
身なりから察するに、貴族っぽくはあるけれど。
うん、見られているね。
こちらは見覚え無いんですが。
「はじめまして。貴方が勇者様方のオマケの、シオンですね?」
「いいえ、違います」
少年の脇を通り過ぎて、本棚に向かう。
さて、今日は何の本を読もうかな。
スキル関係か、魔物関係か。それともこっちの社会の事かな。
「待って下さい。貴方が勇者様方のオマケだという事は調べがついています。僕を無視しないでくれますか?」
「相手にして欲しければ、態度を改めたほうが良い。少なくとも俺は、名乗らない奴は相手にしない主義なんで」
「この僕を知らないのか!?」
「あぁ、知らない。他人が自分を知っていて当然だ、なんて傲慢以外の何物でもないと思うけどな」
視界のはしっこで、リリエイルさんが驚いた顔をしていたけど、何故だろう?
え~と。商人ギルド、魔術師ギルド、生産ギルド、この街には無いけど漁業ギルド。っとあったあった。冒険者ギルド。
商業ギルド。通称、商店街。
個人から大商会まで、商売に関わる人が所属する。
魔術師ギルド。通称、連盟。
魔法や魔法に関係する研究者達が所属する。
生産ギルド。通称、工房。
鍛治、細工、服飾、木工などの職人の集団。
漁業ギルド。通称、組合。
漁業だけに留まらず、海運も手掛ける海の男達。女性もいますよ。
冒険者ギルド。通称はそのまんま、ギルド。
金銭で仕事を請け負う、何でも屋。当然だけど、犯罪以外。
う~ん。明日以降の身の振り方を考えると、やっぱりここは定番の冒険者ギルドかな。
色んな所に行けそうだし。
商業ギルドでも良いじゃないか、と思うかも知れないけど、俺に商売の才能は正直言って無いと思う。横の繋がりも大事だろうしね。
そこが一番面倒臭そう。
「僕は、ウェスディン王国第一王子プライド・エス・ウェスディンだ。お前を僕の下僕にしてやる。光栄に思え!」
「全力でお断りです。お前なんかの指示に従う道理は無い」
《コイツ、消しますか?》
物騒だし、口が悪いですよ。姉さん。
冒険者になるのは決定として、装備も考えなきゃな。
小剣と小盾かな、やっぱり。
でも、ロマン武器も捨てがたいんだよなぁ。
《【習得】に蓄積されている知識を使用すれば、銃も作れますが》
そそられる提案ではあるけれど、それはまた後の話かな。
とりあえずは、ギルドに登録して、それからだね。
「僕を無視するな!」
手に持った本を、俺に向けて投げつけてきた。
この程度は予測出来ていたので、本を傷めない様に優しくキャッチ。
まとめて本棚に戻すと、少年に向き直る。
「勇者じゃないんだから、お前は平民だろ?僕の下僕になれ。これは命令だぞ」
そう言い放つ少年の襟首を掴むと、そのまま引き摺って部屋の外へ投げ捨てた。
「図書室では静かに。本を投げるなんてもってのほか。帰れ」
扉を閉めて追い出すと、やがて泣き叫ぶ声が響いてきた。
周りが甘やかし過ぎたんだろうな。
ワガママ過ぎる。
「あの、シオン君?殿下を放っておいて良いの?」
「良いんですよ。俺は、物を大事にしなかったり、自分のワガママが通って当たり前だと思っている子供が、一番嫌いです」
泣いていれば、周りが解決してくれると思っているあたりも。
泣き声を聞き付けた、普通の騎士より洗練された鎧を身に纏った騎士達が、図書室へと雪崩れ込んできた。
そして。
訓練所へ連行される羽目になりました。
ドナドナ再び。
「平民風情が殿下を傷付けた罪、その身で購って貰う」
目の前には、槍を携えた厳ついオッサン。
なのに、俺は素手でどうしろと。
今回はギャラリーもいます。
さてと、どうしたもんか。
その一。過程はどうあれ、勝った場合。
ここに留まらざるを得なくなりそう。それは嫌だ。
その二。わざと負ける。
あのバカ王子に負けた気がする。それも嫌だ。
本気でどうしよう。
周囲をぐるりと見回す。
訓練中の騎士団員に囲まれている。その中には、勇者達の姿もあった。
お前ら、実は暇だろ?
立会人は、例の大剣担いだオッサン。
聞き流した説明によると、一対一のギブアップ制らしい。
心ここにあらず状態だったんで、姉さんに改めてざっくりと教えて貰いました。
「はじめ!」
「アーツ『乱れ突き』!」
合図と同時に、連続で突きを繰り出してくる。
それを【魔梟の瞳】と【体術】を併用して、可能な限り最小限の動きで避ける。
「小癪な。アーツ『大旋風』!」
槍の石突きに近い部分を握り、横に大きく振り抜くアーツは、しゃがんでかわす。
周りの奴らは、俺が無様に負ける姿が見たいんだろうな。
素手を相手に全力とか、騎士の風上にも置けない。
「さっきからちょこまかと。貴様も男なら、受けて立って見せよ」
解せぬ。いつの間にか、俺が悪い事になっている。
素手相手に全力出すお前らはどうなんだ、と突っ込みたい。
「アーツ『螺貫撃』!」
大きく踏み込み、捻り込む一撃が脇腹を掠めていった。
《槍アーツ『乱れ突き』『大旋風』『螺貫撃』が開放されました》
そして、MPが尽き息切れも甚だしい槍騎士は地面に転がり、立ち上がる気力さえ無くした様だった。
あんな簡単に避け続けられるなんて、我ながらびっくりです。
大剣のオッサンが、勝者の名乗りを上げようと手を上げた瞬間。
人垣を割って入ってきた人物によって、俺は取り押さえられてしまった。
(じっとしていて下さい。すぐに終わらせます)
この言葉だけなら恐怖も感じただろうが、相手を知っている分それは無かった。
もし彼女が本気だったら、こんな言葉は言わないだろうしね。
「メイド風情が何様か」
「この少年への処断は、我々に一任されております。無用な手出しはご遠慮願いたいのですが?」
「チッ。貴様、影のひとりか。忌々しい」
漸く立ち上がった槍騎士が、苦々しい表情を浮かべる。
見えていないので、姉さん情報ですが。
「これは、殿下を徒に傷付けたその者への罰である。引き渡して貰おうか」
「素手の少年相手に、歯が立たなかった様に見受けられましたが?」
「ふん、油断していただけだ。すばしっこい鼠だと分かっていれば、このような無様な姿なぞ見せるものか」
「諦める気は無いと。そう言うことでしょうか?」
「くどいぞ」
槍の先端を、俺へと向ける。
暗殺メイドさんが、小さく息を吐き出した。
「それなら仕方ありませんね。あなたの奥様に、色々と報告をさせて頂くと致しましょう」
暗殺メイドさんの含みを込めた言い回しに、槍騎士の顔から血の気が引いて行く。心当たりがありまくりのようだ。
「チッ。これで済んだと思わない事だ、平民」
「あぁそうそう。殿下には、二度とこの様な事をなさらないよう、私が直接叱っておきましたので、あなたも蒸し返したりなさらないよう、お願い致します」
その言葉が届いたかは分からないが、槍騎士はこの場からそくささと逃げ出していった。
俺は暗殺メイドさんに腕を極められたまま、訓練所の外へ連行される。
助けて貰っておいてなんですが、いいかげん腕が痛いです。
「六号、いますね」
「ここに」
周囲に人影がなくなった頃合いをみて、暗殺メイドさんが別の影の人を呼び出した。いるのは分かっていても、急に姿が見えるようになるのには驚いてしまう。
「二日後、親衛隊長の奥様に三番の手紙を届けなさい」
「はい」
短い返事を残して、六号と呼ばれた女性は姿を消した。
届けられる手紙に何が書かれているのか、俺には知るよしも無いが、少なくとも吉報で無い事は確か。
大人しく、あの槍騎士の冥福を祈っておくことにしよう。
「全く。私の所に報告が来たから良いものの、どう切り抜けるつもりだったのか、教えて欲しいものです」
「あのタイミングでギブアップしようかと」
「···親衛隊に喧嘩売ってるとしか思えませんね。目立ちたく無い、とかどの口が言っているんですか?ん?」
怒らせてしまったみたいだ。反省。
「ごめんなさい」
「私はさほど気にしていませんが、リリエイル様にはキチンと報告に行った方が良いでしょう。私に連絡してくれたのも彼女ですから」
「はい、そうですね」
このまま、図書室に向かう。
ちゃんと謝っておかないと、後が恐い。
図書室の大きな扉の前に立ち、深呼吸。
意を決し、力を込めて扉を開けると。
リリエイルさんが待ってました。
待ちわびた?いや、待ち構えた、が正しいか。
その手には、ハードカバーの分厚い本が握られていた。
うん、この後の行動は予測がつきます。
笑顔のまんま、振り抜かれました。
下手な鈍器より凶悪な一撃を体験することになるとは。
こっちの世界に来てから、一番大きなダメージでした。
「心配、したんだから」
「ごめんなさい」
まさか、泣かれるなんて。
「じゃあ、お婿に来てくれる?」
「それとはまた、別の話です」
危ない危ない。結婚適齢期の女性の貪欲さは甘くみてはいけない、らしい。
元の世界には戻れないらしいけど、身を固める?のは早すぎる気がしますよ。あくまで個人的な意見ですが。
さてと、調べ物に戻らないと。
どこまで調べたっけな?
《冒険者ギルド及び、武具の選択中でした》
あ、そうだったそうだった。
あの王子のせいで途中だったんだ。
う~ん、結局は資金的な問題があるんだよなぁ。
武器とか防具は決して安いもんじゃないしね。
そこをケチって命が危ない、なんて笑い話にもなりゃしない。
それ以外にも、生活費にどれだけ必要か、も分かんないし。
そう考えると、銀貨五枚って少なく感じる。
大丈夫かな?
どうしようもなくなったら、サバイバル生活かな。
【分析】のお蔭で他の人よりは知識量は多いし。
サバイバル生活する魔王か。
ちょっと笑える。
そんな事にならない事を祈りつつ、部屋に戻る事にした。
夕食までまだ時間があるみたいだし、ステータスの確認しとくか。
なにか変わったかな。
名前 シオン・クレナイ 性別 男
種族 人族 状態 普通
Lv 3 称号 異邦人
HP 288/340 MP 280/300 ST 62%
STR 38 VIT 37 INT 49
MND 52 AGL 38 DEX 41
所有スキル
【武芸の心得Lv.6】【魔導の心得Lv.1】【盾魔法Lv.1】【付与魔法Lv.1】【物理耐性Lv.3】【全属性耐性Lv.1】【毒耐性Lv.2】【魔梟の瞳Lv.5】【忍びの心得Lv.2】【MP自然回復Lv.3】【錬金Lv.1】【合成Lv.1】【加工Lv.5】【習得】【分析】【道具箱】
称号は、いつ見られても良いように、異邦人に変えといて、と。
今日から寝る前に【盾魔法】とか【付与魔法】使ってから寝よう。
少しずつでも鍛えないと、いつなにが必要になるか、分からないしな。
「なにか面白いものでも見えているんですか?」
「自分のステータスの確認を、といつの間に」
「今さっき、普通に入って来ましたが何か?」
集中し過ぎて、気付かなかった。
「貴方の集中力はかなりのものだとは思いますが、ほどほどにしておかないと、身を滅ぼしますよ?」
集中しつつ周りにも気を配る、か。
ソロでやってく以上必要な技術だとは思うけど、なかなか難易度高いなぁ。
本日の夕食は、パンとスープ、林檎っぽい果物。
お、お肉がついている。
でも一人分にしては、量多くない?
「あ、そうそう。今日は私も一緒に食事を取りますが、今更構いませんよね?」
そう言い放つと、隣に腰掛ける暗殺メイドさん。
確かに今更ですが、返事聞かないなら、質問した意味無いですよね?
何か話を振るべきなんだろうか。
話題が見付からないまま、黙々と食事を口に運ぶ。
「ご馳走さまでした」
結局、会話の無いまま食事を終えてしまいました。
食器をワゴンに戻し一息吐くと、いきなり暗殺メイドさんに押し倒されてしまった。
いや、色っぽい話とかでは無くてね?
俺の首には、妖しく濡れた短剣が突き付けられていた。
「油断し過ぎていませんか?私は暗殺者ですよ?」
「ここで軽々しく、信じてます、とか言いませんが、これが仕事ならある程度は仕方無いのかな、ぐらいには思ってますよ」
「抵抗、しないのですか?」
「抵抗されやすい様に、両手を自由にしている人が何言ってんですか」
その両手で、そっと短剣を抑える。
あっさり短剣を手放すあたり、試されていた事が伺える。
「女の武器は、それだけではありませんよ?」
「エロくないやつなら知ってます。知りたくは無かったんですけどね」
体を起こすと、暗殺メイドさんはサッと身を引いてくれた。
試されていた気がする。
「明日でお別れですね。からかいがいがあって少しは楽しかったですよ」
そっちでしたか。別に良いんですが。
「今後はどうするつもりですか?」
「取り敢えず、冒険者になろうかな、と」
生活費を稼ぎつつ、レベルやスキルを鍛え、自由行動が許される冒険者。
問題点も色々あるだろうけどね。
「そうですか。苦労する事も多々あると思いますが、せいぜい頑張って下さいませ」
「ええ、命を大事にほどほどに、頑張りますよ」
去り際に、頭を軽く撫でられました。
激励のつもりかな?
一人残され、後は寝るだけ。
MPが無くなるまで【盾魔法】と【付与魔法】を繰り返し使用してから、ベッドに横になった。
《眠れないのですか?》
一時間くらい経つのに、なかなか眠れなかった。
普段なら、こんなに眠れないなんて事はそうそう無い。
《不安、ですか?》
そりゃあ、ね。
向こうでもひとりだったから、何が変わるって訳でも無いはず。
うん?
むしろ向こうにいるより、恵まれてる?
ステータスは多分、平均よりは上。
多種多様なスキル有り。
なにより、ひとりじゃない。
《お姉ちゃんとは一蓮托生ですよ》
明日から頑張って、姉さんを養わないとね。
不安になってる場合じゃない。やる気出していかないと。
《その意気です。その為にはゆっくり休まないと、ですね》
はい、そうですね。
お休みなさい、姉さん。
ようやく城内編が終わります。こんなに長引くはずでは···。