1番目の姉ミンナ
ふわふわのピンクのフリルのドレスを着せられたクシェル。ピンクはサテン生地で美しい光沢だ。袖や裾には白いフリルが重ねてある。フリルには何気に小さな赤い薔薇の刺繍が施されている。姿見の鏡を見て驚愕した。
ーーなんか似合ってる気がする!?
地味な顔がピンクの光沢を反射して華やいだ。胸元は本来ならぶかぶかの筈だが、きちんとサイズを直してある。この可愛らしい派手めなデザインがクシェルに合うとは夢にも思わなかった。
「...嘘でしょ」
驚くクシェルにシャルロッテは「やっぱりね〜」と笑う。どういうことかとシャルロッテを呆然と見た。
「顔が地味ってマイナスじゃない?だから華やかすぎなプラスすぎるドレスとか似合うと思ったの〜。私が今着てるのもクシェルに似合うと思うわ〜」
誰がマイナスだって?え?喧嘩売ってる?そのドレスが似合うだと?嘘でしょ?それだと何故華やかな顔のシャルロッテはそのドレス着てるの?
「何でシャルロッテは華やかなドレス着てるの?」
シャルロッテは白金色の下睫毛が目立つ碧い瞳を細めふっと笑った。少し仄暗い笑みだ。
「私のクラスまでいくと混沌を極めようと思えてくるのよね〜。闇鍋みたいな?」
シャルロッテのクリーム色のドレスに縫い付けられた紫色の蜘蛛の刺繍を見て、ファッションの世界も大変だなとクシェルの顔は引きつらせた。
「シックなドレスはどれも落ち着いてるし、綺麗な顔立ちには合うわ。つまりシックなドレスはクシェルには合わない。もう諦めて私のドレスにしましょー」
暗に顔が綺麗でないと言われた。自覚しているので否定できないが、改めて他人に言われるのも癪だ。
「……うーん」
他のシャルロッテのドレスは不安だが、このドレスは可愛らしいしもらっとこうかな。
「このドレスは使おうかな」
シャルロッテはふふっと派手にデコった爪の手を紫色の唇の口元に当てて笑う。
「また1人新しい世界を開けたわ」
シャルロッテはクシェルの華やかな姿に達成感を感じた。仕事にやり甲斐を感じるシャルロッテをクシェルは少し尊敬した。
* * *
ついでに化粧を施してもらっていると、扉が突然開き「お邪魔するよ」と1人の...いや複数のメイド服の女性を引き連れた美しい白金色の髪の騎士が現れた。その姿を見て私はノックぐらいしてほしいという不満と大好きな姉が来てくれて嬉しい気持ちが混ざり口をあけたまま固まった。そして冷静に自分の状況を分析した。化粧が途中だった。(どんな顔なのか鏡でまだ見てない)ドレスが化粧で汚れない様に白い薄い布を被っていた。
ーーこんな姿を見せたくなかった。後ろのメイド軍団の前でこんな醜態を晒してしまった。でもミンナ姉は優しくて大好き。
固まったままのクシェル。シャルロッテは「まあお姉様その装い似合ってますわ!」と化粧道具を持ちながら騎士を見て頰を染めて嬉しそうだ。
騎士の格好の男装の第一王女、ミンナ。腰まで長い白金色の艶やかな髪はポニーテールにしている。白金色の睫毛に縁取られた碧い瞳は優しい母なる海の色だ。健康的な肌の色に薄い唇。胸はさらしで潰しているのか真っ平らだった。金縁の白い騎士服は平均男性ぐらいの身長の姉に良く似合っていた。(フェルディより身長がやや低め)片方の肩だけにかけた青いマント。シャルロッテの言う通り、良く似合っている。というかもの凄くカッコいい。だからメイドがずらずらと頰を染めてついてきたのか!
ーーカッコいい姉の前で私のこの格好…。惨めだ。でもミンナ姉カッコいいわ。
ミンナは爽やかな笑みでシャルロッテに「ありがとうシャルロッテ。この服は大事に使わせてもらうよ」と礼を述べた。シャルロッテは「ふふふ。いいえ。こちらこそいい仕事をさせてもらいました」とご満悦だ。内心クシェルはシャルロッテにグッジョブと親指を立てた。
「我が姫。遅れてしまって申し訳ない。お誕生日おめでとう。私は姫が生まれてくれてとても嬉しい。神に感謝したいよ」
ミンナのこの台詞誰に言ってると思います?答え、、、はい私です。騎士の様に(実際には本当に騎士)膝まづき、私の手の甲にキスしました。メイド軍団はその光景に「ギャーーー!?」と悲鳴をあげたり、「いやーーん!!」と黄色い声を張り上げる。私はパニックを通り越して放心状態になりました。口はアホみたいにあけたままです。頭真っ白です。だってミンナが目を細めて私に微笑んでいるんですよ?かっこよすぎ。この人私を殺すつもりですか?顔が遅れて赤くなった。
だ、誰か助けて〜!恥ずかし過ぎて死にそう!
助けを求めて自然と黒い髪の少年を捜すと扉の近くにいた。フェルディは無表情にこの光景を眺めている。嫉妬心は微塵もない表情だ。むしろ呆れてそうだ。
フェルディ!助けて〜!
念を送ってみた。するとフェルディはピクッと僅かに表情を動かす。そして首を横に振る。
無理に決まってるだろ。
そう念がクシェルに伝わった。
ーー薄情者め〜!
クシェルは内心泣きました。ミンナはそんなクシェルの内心に気付かずに、「薔薇は届いたかい?」とクシェルに問いかける。昨日の私の誕生日に侍女が手紙と青い一輪の薔薇を朝目覚めたばかりの私に渡した。棘が綺麗に処理された青い薔薇は美しくて覚えている。青い薔薇なんて初めて見た。きちんと瓶にさして部屋に飾っている。ベッドの脇にあるサイドテーブルの上を震えながら指差した。その指の先の方を見たミンナは「良かった」と微笑んだ。
ーーいかん。鼻血出る。
鼻血が出るカウントダウンが静かに始まった。10....9....8.
「私はもう行かないといけない。ゆっくりと祝えなくて申し訳ない。君の護衛をまた借りていくが構わないかい?」
「うん。全然良いよ。好きにしちゃって」
ーーあいつ私を見捨てたし。
鼻血が無事に回避された。クシェルは冷静に戻れた。ミンナの少し冷えた手は大事そうにクシェルの手を包む。ミンナは目を伏せて少し寂しそうに笑った。
「母上に会いたいね」
「…そうね」
体調を崩したお母様にはなかなか会えない。ただそれが寂しいだけなんだと思っていた。ミンナの内心をこの時の私は残念ながら正確に理解することは出来なかった。
ミンナは女ですよ!