2番目の姉シャルロッテ
フェルディは只今、イルザに叫ばれていた。女とは思えないすごい形相だ。フェルディの頭の中ではこの王女様のまともな顔が思い出せない。初めてこの王女にあったのは、国から逃げてクシェルに連れられて馬車に乗った時だ。その時この王女はちらっと此方を見て、つまらなさそうに元の窓の外へと視線を戻した。ぼろぼろの格好の12歳少年を見てそんな反応だったのだ。あまり歳が違わないとしても普通は顔をしかめるか、同情するかすると思う。人見知りかと最初は思った。だが、年月をかける毎に悪化した。表情がだんだん険しくなり、身長が伸びきった頃には悲鳴を上げて逃げられるようになった。
ーーこれで王女やっていけるのか?
むしろ心配になったフェルディ。イルザはダーーーッと廊下を走り去っていった。イルザは男性嫌いを理由に王位継承権を放棄していたりする。
ーーヒールの靴でよく走れるな。
[刺繍の基本]と題が印刷されたカバーをした分厚い本を壁にもたれて読んでいたフェルディは何とも言えない気持ちでイルザを見送った。
クシェルの部屋をノックした。
「入っていいか?」
ガチャッと金髪に冷たい水色の瞳のメイド姿の侍女が「どうぞ」と主人に許可なく勝手に開けた。その姿においおいと思いながら、まあいいかとフェルディは部屋に入る。クシェルは机にむかい頭を抱えて本と睨めっこしていた。どれどれと机を覗くとほぼまっさらな解答用紙を見て、難しい問題なんだなと問題用紙を勝手に手にとって見た。クシェルは本を読むことに集中してるため気づいてない。フェルディは問題を見て面白くなった。羽ペンを持って解答用紙にさらさら解答を書いた。解き終わり「あっ」と我にかえった。そろーとクシェルを見ると、「すごーい」と目を輝かしていた。
「天才?」
それは良いすぎ。けど、悪い気はしなかった。
「勝手に解いてごめん」
実のところグランツの王様からよく本をもらって勉強してたのだ。クシェルはフェルディが解いた答えを見て「え。何これ。そうなの?」と驚いてた。
ーー……全く問題を理解してないようだ。教えてあげた方が良さそうだ。
「……良ければ、教えるけど」
クシェルはまた目を輝かして、お願いしますと頭を下げた。
* * *
テストについてあれこれ教えていると、突如バシーンと勢いよく扉が開いて派手な盛り髪の女性が現れた。鼻が高くて健康的な肌の色。下まつ毛が目立つ垂れ目。目の色は深い海の様に碧い。唇は口紅で紫色。派手な顔だ。白金色の髪は綺麗だが、真珠が連なった飾りやふわふわの白い羽やサテンのリボンがごちゃごちゃと盛り髪に装飾されてよく見えない。多分あれはつけ毛も使っている。じゃないともっさりとした盛り髪にならない。クリーム色のサテン生地のドレス。ドレスの裾と袖にはフリルをふんだんに重ねておりふわっふわっに幅が広がっている。ボリュームがあるがパッと見可愛らしいドレス。しかしよくよく見ると紫の蜘蛛の模様の刺繍があしらわれている。胸元は膨よかな谷間が見える程大胆にカットされている。
ーー......派手だな。
フェルディは服のことは詳しくない。だから、あれが世間の女性に人気な理由が分かんない。ファッション業界を騒がせるファッションデザイナーの2番目の王女ことシャルロッテ。身分関係なく数々の男性と浮名を流す彼女は自由奔放過ぎて王位継承権を剥奪されている。ちなみに本人は全く気にしていない。イルザと対極に見えて王位継承権がないのと年齢は一緒なのだ。
クシェルもフェルディと似たような反応をした。そんな2人の冷めた視線も御構い無しにシャルロッテは明るく屈託無く振る舞う。
「クシェル〜! なんかまたイルザが必死な形相で廊下走ってたわよ。あの顔面白すぎ〜。私あんな顔出来ないわ〜」
「そ、そうね。私はシャルロッテ姉の真似もできないわ」
「も〜地味顔だからって謙遜すぎ!クシェルも私に任してくれたら見違えるわよ?」
「遠慮しときます。本当に遠慮しときます」
「あのドレスだけは嫌だ」とブツブツ暗い顔で言い出すクシェル。まさかシャルロッテのドレスもおさがり候補だったのか。
......とっても嫌そうだな。
「そんな貴女にぴったりな服を持ってきたの!私の服を着てみて!」
シャルロッテが手をパンッと鳴らすとどこからきたのか派手なドレスに盛り髪の目元だけのハーフマスクの侍女が現れた。手に持つトランクケースをバサッと開けてカラフルな色のドレスを見せた。
男である自分はいるべきではないとフェルディは判断してそっと部屋を出た。
扉をそっと閉めると中から、「ひぎゃーー!」と悲鳴があがったり「それそれー!」とか楽しそうな声が聞こえたが、フェルディは聞こえないフリをしてまた[刺繍の基本]の本を壁にもたれて読み出した。