3番目の姉イルザ
茶髪の長い髪をシュシュで綺麗に侍女に結んでもらった。これが出来るまで数年かかった。ただ結ぶだけなのにだ。孤児院に行ったときの簡単なハーフアップも侍女にやってもらった。凝った髪型はまだ侍女には出来ない。この成長をクシェルはじっくり喜びたい。だが、状況がそれを許さなかった。
「何余所事考えてるの?そんな余裕あると思う?」
側妃に似た黒に近い色の瞳は眼鏡越しにクシェルを責めるように見つめる。背中までまっすぐ長い黒に近い色の髪に長い睫毛の瞳に白い肌の整った顔立ちの女性イルザ。シックなデザインのドレスは良く似合ってる。この側妃の娘は私にいやいや勉強を教えていた。せっかくの整った顔立ちも眉間にシワがより目が険しく見えて台無しだ。ちなみに19歳だ。この姉は頭いいよ。女性の社会進出に貢献している立派な人です。
地味な茶色な目に地味顔な私はその姉の形相に顔を引きつらせた。その姉のおさがりを着ている私の姿はやはりどこか違和感がある。ぶっちゃけ似合ってないだろうな。
「す、すいません」
「口じゃなく手を動かす!」
イルザは冷たい瞳で椅子に座るクシェルの手元の机の上にある2枚の紙を指差した。活版印刷された綺麗な文字に線の解答用紙と問題用紙。この高度な印刷技術を今は呪いたい。こんな物があるからテストなんてあるんだ。解答用紙は空白欄でいっぱいだ。...後でじっくり考えて書くつもりだ。のそのそと羽ペンを動かすクシェルにイルザはため息をついて愚痴る。
「森のクマ様は何で貴女に教育係をつけないで私に任せるのよ。あのドケチも大概にしてほしいわ」
そんなの私に言われても知らないよ。教育費が勿体ないだけでしょ。今のでクマちゃんのアップリケ思い出しちゃった。
クシェルは問題をといているフリしてイルザが部屋に入った時を思い起こした。
「失礼するわ」と突然部屋に入ってきたイルザ。クシェルは侍女に身支度してもらっていた。髪を結ってもらうだけなのでフェルディは部屋の中にいた。その護衛を見て「ぎゃーー!!」と叫ぶイルザ。イルザは極度の男性嫌いだ。仕方ないのでフェルディには部屋から出てもらう。
小さな少年ならギリギリオッケーな様で、フェルディを拾った時にこの姉も実は馬車に乗っていた。その時はフェルディを完全スルーしてたな。喋りかけるなオーラがすごかった。
ーーいい加減に慣れてほしい。
そして、フェルディがいなくなった部屋でイルザは私にむかって「あっ昨日誕生日おめでとう。すっかり忘れてたわ」と言いおった。
ーーまっこんなものよね。くっと私は顔をしかめた。仇敵の方がしっかりと当日に嫌味ったらしく祝いに来てるって一体なんなのだ。
ふーんだいいもん。昨日フェルディから綺麗なペンダントもらったもん。
今も丸い濃紺の陶器に金で花が描かれたペンダントを着けていた。そのペンダントの僅かな重さを意識するとクシェルの口角は自然と上がった。
「ちょっと、進んでないじゃない!」
手元の用紙を見て姉はクシェルを叱る。クシェルのテンションはガクンと下がった。表情も曇る。
「だって、全然わかんないんだもん!」
クシェルは逆ギレした。せっかくの良い気分だったのに台無しだ。もちろん集中してないクシェルが悪いのだが。そんなクシェルに呆れたイルザは本棚に置いてある分厚い本を手にとり、パラパラとめくりしおりを2枚挟んだ。しおりとしおりの間のページが1センチくらいある。その本をクシェルが向かう机にコトンと置いた。
「今日中にこの範囲を暗記しなさい!言い訳は聞かない以上!」
そう言い残してツカツカと姉は扉にむかって歩き侍女に扉を開けてもらってた。姉が廊下に出て侍女が扉を閉める間際に「暗記できなかったら、私のおさがりあげないからね!」とビシッと念押しした。閉められた扉の外で「ぎゃっ」と姉の声が聞こえたけど、そんな事を気にしている場合ではない。イルザのおさがりがないと私は城の中であのとんでもないデザインのドレスを着るしかなくなる。それは困ると思いクシェルはしおりが挟まれた本に必死に何度も目を通して暗記しようと頑張った。頑張ったが、難しくて全く頭に入らなかった。