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精霊祭

 





 野菜を抱えてとぼとぼと城門を潜るクシェル。後ろには護衛としてエーミールが付いてきた。


 エントランスではフェルディがシャルロッテと何やら話してたがクシェルの姿に気づくと駆け寄ってきた。


「クシェル! 何処に行ってたの? 心配した」


 暗い表情を浮かべるクシェルの身を心配して、怪我をしてないかとチェックする。怪我がない事に安堵したようだが、なら何を悩んでるのか疑問に思ったフェルディ。


「どうしたの?」


 クシェルは話そうとしては、どうすればフェルディを傷付けない様に話せるか分からなくなり結局は押し黙る。


 シャルロッテが空気を入れ替える様にパンッと手を叩いた。


「クシェル〜。早く準備しないと精霊祭に間に合わないわよ〜」


 数十年前の今日、最後の神が去り聖母に精霊が託された。未練が残る死者の魂は精霊に生まれ変わる。今夜は死者を供養する精霊祭が執り行われる。


 クシェルはシャルロッテの元へ早足で向かう。


「ごめん。お願い」


「はいはーい。とびっきり綺麗にしてあげる」


 フェルディは何も言わないクシェルに寂しげな視線を送った。



 客室でドレス選びをするシャルロッテ。必要最低限しか喋らないクシェルの暗い表情を見て「ふふっ」と笑った。シャルロッテがクシェルに選んだのは茶色のドレス。フリルはなく金の刺繍が美しい。それを見てクシェルは首を傾げた。


「マイナスにマイナスは合わないじゃなかったの?」


 茶色のドレスは地味めな印象だ。地味顔なクシェルをより地味に見せるのでは? と思った。


「綺麗になったわねクシェル。大人の顔をしてる。今の貴女に明るい色は似合わない。服に心は映るもの」


「綺麗? そんなに変わった?」


「さなぎから蝶に成長した。ねぇクシェルは誰の為に綺麗になったの?」


 ーー綺麗になるのに誰の為とかあるの?


「綺麗なっても大切な人の心は守れないよね」


 ーーフェルディを守りたい。でも、私に出来るのだろうか?


 シャルロッテは優しく目を細めた。


「誰かを守る人は美しいと思うわ」




 * * *




 静寂が支配する夜の庭。多くの人々は静かに紙のランタンのキャンドルに火を灯した。暖かい光に照らされた庭。


 人々は国王が空に飛ばす瞬間を今か今かと待ちわびていた。キャンドルの火が灯されたランタンをフェルディは2つ持っていた。1つは父でもう1つは母の分だ。


 クシェルに1つ渡した。クシェルは戸惑ったが、「良いから」と柔らかな笑みを浮かべられては拒めない。


 同時にそっと空へと離した。2つのランタンは寄り添うように空へと舞い上がる。


 火を灯し、風に運ばれ、水に落ち、土に還る。


 死者の魂は来世へと旅立つ。


 数千数万の光が夜空へと舞い上がる。


 幻想的な光景だった。


 それを眺めるフェルディの横顔が儚く見えてクシェルの瞳から涙が溢れた。




 * * *




 自室のバルコニーからアルノーは夜空に浮かぶ光を眺めていた。緑の瞳は暖かな光を映していた。


「……いつまでいるつもりだ」


 背後へと喋りかけたアルノー。暗い部屋には茶色の長い髪の少女がいた。


「お兄さんを弔ってるのですか?」


「…………」


「それとも想い人ですか?」


 ガタッ


 アルノーは背後にいたクシェルに向き直る。クシェルは真剣な表情を浮かべていた。


「お前には関係ない」


 クシェルはアルノーを睨みつけた。


「あります。フェルディを傷付ける者は許せません」


 アルノーは愉快そうに笑った。


「たった1人で供も付けずに敵に近づいて、よっぽど怖い目にあいたいのだな」


「……私は貴方に死んで欲しいと思ってます。でも、それで解決出来る訳でもない」


 アルノーは豪快に笑った。


「隠しもせんとは、流石私の首に刃物を向けた者は違う」


 武人としての性質なのか、アルノーは正直者は好意的に捉えてた。


 ーー強いな。まるでフェルディナントの母親のようだ。


「フェルディのお母様の事好きだったんですよね?」


「ふっ。誰から聞いた? 教えてくれるなら、私もその質問に答えよう」


 ーーあの侍女は生きていたのだな。


 ホルガー公爵が血眼で探している筈だったがまさか他国の王女に先を越されるとは思わなかった。


「……貴方の言葉は信じられないので答えなくてもいいです。これは脅しですから」


「そうか。婚約者殿は随分頼もしいようでなにより。グローリエは安泰だな。陛下もそう思いますよね?」


 アルノーはクシェルの背後に視線を向けた。クシェルは弾かれた様に後ろを振り返った。開け放たれた扉から僅かに見える黒い服。フェルディが部屋に入ってクシェルの手を引く。クシェルは抵抗しないでフェルディの向かう方へと続いた。


 廊下のガラスの窓からは空飛ぶランタンの柔らかな光がよく見えた。フェルディはピタリと歩みを止めた。振り返る顔は悲しそうだった。繊細な宝物に触れる様に頰に触れられた。


「いなくならないで」


 その言葉の意味の深さにクシェルの胸ははちきれそうになった。両親を失って、次はクシェルまで失うのかと心配で仕方がないのだ。


 ーーフェルディの方がよっぽど危うい。


 クシェルはフェルディの体温を確かめるようにそっと胸に頰を乗せた。耳から聴こえる心臓の音に安心する。私の肩に手を回すフェルディ。私達は暫くそのまま動かなかった。





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