戦闘 (フェルディ視点)
扉を開けると赤い騎士服を着た男達が大勢いた。見知った顔であるグランツ国の護衛とダイナを囲っている。グローリエ国王にクシェルがナイフを首に当ててるのを発見してフェルディは驚いた。
ーークシェルが叔父上を人質にしているのか? 叔父上は武人だ。 クシェルに敵う相手ではない。
ハラハラしながら見守っていると、叔父上の命でグローリエ側は剣を手放したが、1人の騎士の男がクシェルの後ろに周った。フェルディは叫んだ。
「危ない!!」
クシェルは騎士に手刀を落とされ気を失った。ダイナは「おのれー!?」と叫びながらグローリエ国王に斬りかかるがかわされる。騎士がクシェルを抱えてダイナから離れる。他の男がクシェルに触れていると思うと頭に血が上った。
「クシェルに触れるな!!」
スカートを翻しながら走ってきたメイドにギョッと護衛と騎士達が振り向く。フェルディはそれに構わずモップの持ち手をクシェルを抱える騎士に突き刺す。
「メイド? っっくはっ!?
呆気にとられた騎士は肩にフェルディの一撃を食らいクシェルと一緒に後ろに倒れた。フェルディはすぐさまクシェルを騎士から引き剥がした。
「クシェル!?」
顔を覗き身体を揺さぶってみると、「うっ」と呻き顔をしかめた。脳震盪をおこして気を失っているようだ。直ぐに安全な場所に行きたかったが状況がそれを許してくれなかった。
「メイド殿後ろ!!」
はっと振り向いてモップの持ち手で振り下ろされた剣を防いだ。獰猛な緑の瞳がフェルディの姿を見つめる。叔父を正面から見て、父を殺される場面が頭によぎり目がチカチカした。
ーーこんな時に気を失うなよフェルディナント!? クシェルの命がかかってるんだ!!
歯をくいしばって恐怖を押し殺した。クシェルを左手で抱えモップを右手で操り叔父が振り落としてきた剣を捌いた。ダイナが「こっちです!」と手を差し出した。それを横目で見ながらクシェルをダイナの方へと投げた。
ーー頼んだぞ!!
念がきちんと伝わったのかしっかりとクシェルを受け止めたダイナ。フェルディは目の前の敵に集中できた。獰猛な瞳はメイド姿の自分を映している。
「貴様何者だ!?」
「わかりませんか? 貴方が殺し損ねた甥ですよ」
目を見開いた叔父は不躾にフェルディの姿をじっくり見た。
「たわけ。甥は男だ」
ーーいくらメイド姿だと言っても、じっくり見れば気付くだろ?
残念ながらメイドがフェルディだと気付いた者はこの場にはダイナしかいなかった。ダイナは日々フェルディを観察していたので気付けたのだ。まさか真面目で仏頂面なフェルディが可愛らしいメイドの格好をするなど誰が想像できただろうか。
「甥を騙る狼藉者を捕らえろ!!」
騎士達がフェルディを囲い剣を向けた。
ーー流石にこの数は捌けない!!
絶対絶命のピンチに頼もしい女性の声が響いた。
「フェルディ殿。待たせたな」
声のする方に目を向けると、ナース姿のミンナが、白い医師の格好をしたグランツの騎士達を引き連れていた。国境なき医師団に扮してグローリエに潜入したらしい。
「待ってくださいよ〜!! もうクシェル様の居場所が判明した途端いなくならないで下さいよ〜!!」
エーミールは前と変わらず登山家の格好だった。仲間を引き連れてやってきた。
ーー助かった。
グローリエの騎士にミンナはメスを握りしめて突進する。剣の刃をスパッと綺麗に折った神業に騎士は目を飛び出さんばかりに驚いた。
「ひぇ!? け、剣が……」
ミンナは構わずにメスを飛ばして敵の腕に刺す。敵は痛みで地面に倒れ再起不能になった。国境越えるときの荷物検査が厳しくて医療道具しか持って行けなかったらしい。
救急箱からオキシドールが入った瓶を取り出した医師の格好をした男はグローリエ側の騎士に歩み寄ると目に向けて液体を振りまいた。オキシドールが入った目を庇い苦しみだした。
「ふははは。やり過ぎたか? そっちから喧嘩吹っ掛けてきたんだから当然の報いだな」
グランツ国は喧嘩は売らないが売られた喧嘩は買う主義であった。そして、何が何でも勝つ国だ。
医療道具が飛んでくる惨状に恐ろしさと共に頼もしさを感じた。
エーミールは大きな鞄から火薬玉を取り出してマッチで火をつけてそれをグローリエの騎士に「えい!!」と投げた。
「うわわわ!?」
ドッカーーン!
赤い火花と煙が弾ける。騎士は弾き飛び地面に倒れた。
「フェルディナント様万歳!!」
エーミールが連れてきた仲間が杖を剣の代わりに赤い騎士に振るう。
フェルディの周りに騎士は1人もいなくなった。いるのは叔父が1人のみ。
「くそッ!? 謀ったな!? グランツからの戦線布告として世界に公表しよう!! 卑怯で苛烈なグランツだと世に知らせるのだ!!」
負け犬の遠吠えにしか聞こえない。情け無い。これが身内だったのか、尊敬する叔父だったのが、今では信じられない。
「貴方は愚かだ。自分のことしか考えていない。激しい野心など身を滅ぼすだけだ。父上が貴方を王にするわけがない。人を思いやれない者など王に向いていない。人を受け入れれないちっぽけな器の貴方に王になる資格などない」
「黙れ!! 器が小さいのはお前だ!! 逃げるしか能の無いお前が王になれる筈がない!! 引っ込んでろ!!」
いつの間にか叔父はメイドがフェルディナントだと信じた。
確かに逃げてばかりいた。そのたびに追いかけてくれる存在がいた。クシェルもその1人だ。もう弱いところは見せたく無い。男としてのプライドだった。
「逃げません。もう貴方から逃げるなんてまっぴらごめんです。仲間をもう誰も傷つかせたく無い。だから、貴方の王位を俺に返せ。それは貴方のではない!」
フェルディの気迫にグローリエ国王はたじろいだ。顔を真っ赤にして「小童が!!」と剣で刺してきた。それをひらりとかわし剣をモップで遠くへ弾き飛ばした。首にモップを向けてフェルディは「降伏して下さい」と促した。
「殺せ。生き恥を晒したくない」
フェルディは鼻で笑った。
「恥ですか。貴方から逃げた時に俺も思いました。生きていることが恥だと。だけど、こうして今まで生きてきた。生きる為に恥をかくのって辛いですよ。でも、恥をかいて良いじゃないですか。生きている証拠です。死んだら何も無いんです。後悔も無いんです。だから、俺は貴方を殺さない。貴方と一緒にはなりたくない」
フェルディの瞳は静かだった。叔父は忌々しくフェルディを見上げる。
「お前は昔からそうだった。悟ったような顔をして、正しいような顔をして、一番欲しいものを平然と持っている。才覚も人心も運だってお前の味方だ。気に入らない。全く気に入らない!」
ーーそんな風に見えていたのか。
「叔父上。俺は不幸でした。貴方に自分は不幸だと気付かされた。かつての俺は平和が普通だと思っていた。でも、それは違った。沢山の人の犠牲と努力の賜物でした。人は簡単に平和を壊せた。平和を尊く思えたのは皮肉にも貴方のおかげだ。貴方のおかげで目指すべき未来がわかった。それに関しては感謝します」
叔父は諦めた様に地面に座り込んだ。
「敵に感謝するとはな。その格好といいおかしな奴だ」
ミンナが手首を縄で拘束されたモッペルを連れてきた。
「父上〜〜っっ。ナースといいメイドといいコイツらなんなのですか?」
「これどうしよっか? 」
「モッペル! 頼む息子は逃してくれ! 私のことは煮るなり焼くなり好きにしてくれ!」
息子を大切にする姿に僅かに苛立つ。何故それを少しでも兄である父に向けなかったのだ。手を握りしめ怒りを鎮めた。
ーー俺は未熟だ。王になるには残念ながら叔父上の力が必要だ。
「モッペルは人質です。貴方には働いてもらわなければならない。もちろん無償で」
「……そんなことでいいのか?」
「はい。一生国の為に働いて下さい」
ミンナは感心した。
「へー。殺さないんだ。まあ君のやり方があるもんねー」
ミンナのやり方が気になるが、恐ろしくて聞けなかった。