駆け足 (クシェル視点)
茶色の髪に茶色の瞳の町娘のような格好の平凡な容姿に平凡な姿のクシェルは城下町を全力で走っていた。
理由その1
フェルディを追いかけるため。
理由その2
追ってくる騎士から逃げるため。
理由その3
道案内してくれる前方にいるダイナの足がめちゃくちゃ早いため。
ダイナはメイド服だと目立つので平凡な男の服装をしていた。それでも町娘が頰を染めてダイナを見てくるのだが、気にしないどこう。
それよりも問題は後ろから追ってくる騎士だ。クシェルはちょっと前のことを思い返した。
* * *
城から出る私は門番に、(いつも通り)偽の身分証を提示する。<クシェル王女殿下の部屋の掃除係>と書かれた身分証を見て門番は(いつも通り)納得して、「許可します」と私を城の外へと見送る。
平凡な顔に平凡な格好で城から出入りするには偽の身分証の方が疑われない。王女だと名乗ると残念なことに、疑われる。それが面倒な私は偽の身分証を作成した。(王女が作成したので偽とも言い難い)私は城から出ていくのだが、後ろで門番と騎士が何やら話していた。
「クシェル王女殿下を出すなというご命令忘れてないよな?」
「はい。もちろんです」
その言葉に私は歩みを止めた。思わず「え? 何それ」と振り返り、騎士に話しかけてしまったのがいけなかった。騎士は私を見て目を見開き顎が外れそうなほど口をあけてめちゃくちゃ驚いていた。
門番は「あの子はクシェル王女殿下の部屋の掃除係ですよ」とにこやかに騎士に説明する。
騎士は門番を見て「馬鹿もの!! あの方がクシェル王女殿下だ!!」と顔を真っ赤にして怒る。
門番は「またまた〜っ。冗談でしょ?」とにこやかに騎士を宥める。私は危機感を覚えて全力でダイナと共に走った。そして、騎士は「お待ちください!!」と追いかけてきた。
* * *
そして現在に至る。スカートで全力で歯を食いしばって走る私にその前を涼しい顔で駆けるダイナ。後ろには「お待ち下さい〜!!」と叫び追いかけてくる騎士。
町を歩く沢山の一般民に時折ぶつかりそうになりながら、金髪の頭を見失わないように走る。夕飯の食材を買い求める客だと思われる。買い物カゴを持つ女の人が多い。
ーー私が一体何をしたというのだー!?
一般民が丁度良い感じで騎士を阻んでくれているのが幸いだ。普通なら、日々訓練されている騎士の脚力にクシェルが敵うはずがない。私は必死にダイナを追いかける。
人気の少ない路地裏に出たダイナとクシェル。ダイナはぴたりと止まった。クシェルは走る勢いを殺せずにダイナに突っ込んでいく。
「ひあっ!?」
ぶつかると思い悲鳴をあげるクシェルをギリギリのところでひらりとかわすダイナ。追ってくる騎士が今度はダイナにぶつかりそうになり、それをかわしながらダイナは足を器用に騎士の足に引っ掛けて転ばした。
ズドーーン
騎士が転び砂埃が舞う。派手に転んだようで痛そうに顔をしかめた。可哀想にと思って騎士に駆け寄ろうとしたクシェルの手を握り引っ張り走るダイナ。
「ちょ、ちょっとやりすぎじゃない? あの人は仕事で追いかけてきただけだし、可哀想」
「何、甘いこと言ってるんですか。これからしばらく城に不在になるのですよ。覚悟が足りてないです」
たしかに、無断で城を抜け出してしまったし、王様に怒られるだろうな。もうすぐお見合いの話があるから行儀作法を学ぶことになっている。服装はまあイルザのでいいらしい。ドケチだとグローリエ国で噂になっているようで、むしろケチさを見せた方が好意的に捉えられる。
それに関してだけは得意なので大船に乗ったつもりでいてほしい。お見合いは1ヶ月後だから、それまでに戻れば余裕だろう。このときのクシェルの頭には移動に3日ほどかかるとは想定してなかった。
「とりあえずフェルディを連れ戻すのが優先ね!」
ダイナはふっと笑う。
「目的分かってますね。心配しましたよ」
この侍女がフェルディを大切にしている理由を想像して、クシェルはいまのうちに聞こうと思った。
「ダイナ。フェルディを思う気持ちわかるよ。だから、もしも両想いなら私応援するわ!」
ダイナはクシェルの腕を放して、立ち止まる。顔が見えなくて、怒っているのかわからない。
「応援ですか?いりません。今貴女は私を侮辱しました。私は高潔な精神で彼の側にいるのです。自分が振られたからって私に押し付けないで頂きたい」
「......知ってたか。ごめんね。ただ、貴方達の絆が羨ましかったから、嫉妬しちゃった」
グローリエ国出身同士のフェルディとダイナ。そんな2人には私が入り込めない家族の様な絆を感じる。
ダイナは綺麗な水色の瞳をクシェルに、むける。眉尻が下がる。
「逆ですよ。私ではあの方は休まらない。唯一安心できるのは王女様の元です。だから、私は貴女も守ります」
その言葉に何だか照れて茶化すクシェル。
「ダイナって男の格好してるからかな? 格好いいなぁ」
「フェルディ殿を1人で運んだ人に言われたくありません」
私たちはこうして順調に山を登り始めた。