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希望がない未来(フェルディ視点)

 







 ナップサックを背負う黒目黒髪の男は山の頂上から王都を眺めていた。山に囲まれた王都シュトルツ。急勾配の屋根にカラフルな外壁の家が並ぶ。薄い茶色の煉瓦造りの外壁に円錐の紺碧色の屋根の塔が5つほどついたおごそかで美しいシュトルツ城。その街並みをフェルディは目に焼き付けていた。


 山の頂上は気温が下がり冷えたが、日差しが強くて服に覆われていない肌が痛い。


 今から進むべき場所はフェルディにはわからない。


 ーークシェルの側にいたらいけない。


 女王になる彼女の汚点にはなりたくなかった。元王子を匿ったなどと、叔父上に知られたら一体どうなるのか見当もつかない。


 ーーただ、わかるのは良い方には転ばない事だな。


 王子だった懐かしいあの頃に想いを馳せた。




 * * *




 父は病気がちだった。一人息子のフェルディナントは大切に育てられた。教育係は一流な者をつけられた。衣食住に困る事などまずない豊かな暮らし。父は穏やかな性格でよくフェルディに笑いかけてくれた。母の事はよく覚えてない。5歳の時に病死した。おそらくは毒を盛られたのだろう。「お可哀想に」と教育係が母の話題になるとよく呟いていた。フェルディナントか母かどっちが可哀想に思ったのだろう。おそらくはどっちもだろう。


 父は母の分を補うように優しく接してくれた。これといって欲がないフェルディナントは欲しい物を聞かれても『ない』とか『現状維持』と可愛げなく答えては困ったように父は笑っていた。


 そんなある日の事。12歳のフェルディナントは父に呼ばれて、城の廊下を歩いていた。荘厳な扉がドンっと突然開いた。顔を真っ赤にした目を釣り上げた短い赤い髪に血走った緑の瞳の叔父上。いつも朗らかだった叔父の変わりように同一人物かと疑った。すれ違うが、叔父はフェルディナントの姿を目に映さず去っていく。残念ながら間違いなく叔父上だった。


 近衛騎士が開けっ放しの扉から現れ、フェルディナントに気づくと『陛下がお待ちですよ』と部屋の中へと促した。


 大きな天蓋ベッドに座る父。ガウンを羽織っていた。病弱な父だったが今日はいつもより顔色が悪かった。


「叔父上と何かあったのですか?」


 父はしばらく眉間を指でほぐしながら悩んでいた。


「……あいつはまだ諦めてなかったのか」


「何をですか?」


「いや......何でもない。すまんな。ただの兄弟喧嘩だ」


 父は淀んだ空気を払うように柔らかく笑った。


「珍しいですね」


 少なくともフェルディナントの前では父と叔父の喧嘩など見たことがなかった。兄弟がいなかったから、仲良く喋っている様子が少し羨ましかった。父は「もうその話はやめよう」と首を振る。


「本題に入ろう。もうそろそろフェルディを王太子に任じたいのだが、どうだろうか?」


 フェルディと愛称で呼んでくれた父。当然のように王になるべく教育された俺には断るという選択肢はなかった。


「はい。喜んで」


 少し緊張しながらそういうと、父は「そうかそうか」と柔らかく笑った。





 * * *




 今となっては断ればよかったと後悔した。手を強く握りしめた。


 ーー何故俺は叔父上の野心に気づかなかったんだ!? あの時に気づいていれば良かった!


 6年も後悔している。たかだか一瞬の出来事なのにだ。


 フェルディは王都を背に向け、歩みを進めようとすると自分を呼ぶ声が聞こえてきた。


「フェルディさま〜!! 待って下さいよ〜!! 僕も連れて行って下さ〜い!!」


 声の方を向くと登山家のような姿で自分と同い年の少年がいた。グローリエから逃げてきた彼は15歳までクシェルが営む孤児院で一緒に育った。フェルディの身分を知っている同郷の仲間だ。ジュエリーを作る工房で働いていた彼に別れの手紙を親方(マイスター)に渡しといた。


「ついてこないで」


 フェルディが拒否する。彼は泣きそうに顔がくしゃっとなる。


「......そんなこと言わないで下さいよ! 他のみんなだってあと追ってきますよ! 」


「......こない」


「絶対来る!!」


 ーー断言された。


 他のみんなとはグローリエ国出身のフェルディを追ってきた味方だ。仲間の情報によるとフェルディを慕う多くの者が俺を逃がすために死んだ。「何ぼーっと突っ立てんですか!」と言って逃がしてくれた護衛も死んだ。


 ーーこれ以上犠牲になる者を増やしたくない。


「俺についてくると危ない」


「......貴方はぜんっぜん分かってない! 僕達が貴方をその危険から貴方を守る理由を知らないでしょう!?」


 ……守る理由? 考えたこともない。


 彼は下を向いて何かを堪えるように拳を震わせる。


「貴方は危ないからって仲間を遠ざける。そんな貴方だからこそ僕達はついて行きたいんです! グローリエ国の貴族に囲われてもその感覚が生きている貴方だからこそ僕達はついて行きたいんです! グローリエの貴族にはそんな感覚がない! 悪いこと全てを下の者に押し付けて、他人に押し付けて、良いところは全部自分の物にする! そんな国に成り下がっている!」


 今のグローリエ国の様子は聞かないようにしていた。いつからか、グローリエと聞くだけで嫌悪感がでた。今日の気を失う症状は本気でショックであった。あの場面を思い出すとダメだな。症状が日々悪化していた。


 この時も動悸がしてきた。心臓がドクドクとうるさい。こんな俺に守る価値などない。


「俺もそうだ。全てを下の者達に押し付けて生きてきた。だから、来るな」


 彼は「違う!」と叫ぶ。


「貴方は僕達の希望なんだ! 希望がないと僕達は生きてけないんです!」


 この言葉にフェルディはクシェルの顔を思い浮かべた。


 ーー彼女は俺の希望だ。これから先のクシェルから逃げ出した俺は、希望を失った先に明るい未来はあるのか?


 固まる俺はただ呆然と佇んだ。





ブックマークしてくれた方ありがとうございます!そして何より呼んでくれてる方ありがとうございます!m(_ _)m

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