後悔のない未来を目指して(ほぼクシェル視点)
クシェルは呆然と呟いた。
「なら、離してよ。抱きしめないでよ。触らないでよ!」
フェルディが触れる小柄な身体が小刻みに震えてる。クシェルはとうとう耐えきれなくて抱き締めるフェルディを弾き飛ばした。フェルディはそれを甘んじて受け入れて床に倒れた。後ろめたさからクシェルを直視することはできなかった。見ていたらきっとすぐに「嘘だよ。ごめん」と言ったであろう。クシェルは泣いていた。
「私は!私は!......フェルディの馬鹿!もう知らない!」
クシェルは駆け足で部屋を出て扉を勢いよくバタンッ!と閉めた。取り残されたフェルディは「ごめんね。クシェル」と小さく呟いた。
* * *
クシェルは廊下を走った。今は凄く落ち込んでいたい気分だった。明るくて元気な自分がちょっとした自慢だったのに、泣いていては台無しではないか。
ーー誰にも会いたくない!
下を向いて走るクシェルをすれ違った騎士やメイドが驚いて振り向く。しかし、誰も泣いている王女殿下を止めることはしなかった。
ーーフェルディは追いかけて来てくれないんだ。私のこと大嫌いだから当然か。
ますます泣けてきた私は城の地下へと逃げてきた。石の廊下を通り扉を守る護衛が2人目の前に現れた。泣いている私を見て2人共ぎょっとしている。1人が「ど、どうしたんだい?迷子かな?」と問う。
「......そうなの。私はどうすればいいのかわからない迷子なの!」
もう完全に幼稚化してしまった思考。もう素面ではやっていけない。私は2人の護衛の前でわんわん泣いた。すると、扉が開き「うるさいな〜。子供でも迷いこんだ?」とだるそうなくぼんだ目をしたベンノが現れた。私はそのガリガリな地味な顔付きを見て、助けを求めた。
ーーベンノ兄になら情けない姿を見しても平気だわ。この人興味ないことや人をすぐに忘れるし、気にしない。
「ベンノ兄!? 失恋に効く薬ってない!?」
「……はあ? 意味わからん奴だな。そんな薬はない。お子様はさっさと帰った帰った」
しっしと手で払う動作をするベンノ。どうやら妹だと気付いてないようだ。それはいつものことなので、私は気にせずに駄々をこねた。
「なら、作ってよ〜〜!」
「はあ? なんでそんな興味ない薬は作らないといけないんだ。シャルロッテらへんに相談してみろ」
シャルロッテは流石に強烈なので覚えているそうだ。私のことは地味な上あまり会わないから覚えてないな。
「シャルロッテ姉の思考回路についていけると思ってるの!? あの人、1年に何回恋人変えてると思ってるの!? 浮気なんてザラにしてるでしょ!?」
「......お前仮にも王女に対して失礼だな。......お前まさか......イルザの侍女か? 服装が似てるな」
顎に手を当ててベンノはじっと私を見る。
ーー全然違うがそんなことどうでもいい!
「私に酒でもなんでもくれーー!!」
王女という立場をかなぐり捨てて私はただ叫んだ。
ベンノは「うるさっ」と自分の耳を手で塞いだ。護衛を見て、「ねえ?こいつ誰?本当迷惑」と助けを求めるベンノ。護衛は「さあ?」と目を背けた。クシェルの八つ当たりはしばらく続いた。
* * *
ベンノの実験室でぐだぐだと愚痴っていると、クシェルの侍女ダイナが現れた。金髪で冷たそうな水色の瞳の彼女はメイド服でも関わらず気品を感じた。王女と王子であるのに地味なクシェルとベンノとえらい違いだ。私としては侍女ダイナに会うのが気まずかった。
今となっては、フェルディとミンナとダイナに何があったのか訊く気もしなくなった。
ダイナは全く気にしてない素振りで私に近づき手紙を無表情に渡す。
「フェルディ殿から手紙を預かりました。お読みください」
「えっ」
ーーそれは読みたいような。読みたくないような。怖いな。
ベンノが薬を調合しながら、「そいつ邪魔だから、連れてってよ」と侍女に言う。ダイナはスルーした。
手紙を渡されて、読むかどうか迷った。
ーーうぅ。怖い。大嫌いな理由でも書いてあるのかもしれない。怖いな。でも、あれは間違いだったとか書いてあったりして。それは、それでどうなのよ。うぅ。
迷いに迷って、震える手で手紙を開いて読んだ。
[クシェル王女殿下様
先程は無礼な発言をしてすいませんでした。私はあなたに助けられて今日まで
命を永らえてきました。感謝してもしきれません。もうこれ以上ご迷惑をおかけしたくありません。あなたの居場所は私のような者には勿体ないです。私がいなくても、あなたの場所は温かいのでしょう。いつまでもお元気でいて下さい。さようなら。
元護衛フェルディ]
私は手が震えて手紙を落としてしまった。涙が手紙に落ちてシミをつくる。その光景を呆然と見た。
ダイナは騎士のように膝まづき私を見上げる。水色の瞳は真剣であった。珍しく感情を感じる目つきのダイナに私は嫌な予感がした。
「私はフェルディ殿の後を追いかけたいと思います。どうか、許可して頂けないでしょうか」
「……私はフェルディが出て行く事を許可した覚えはありません」
只々、悲しかった。嫌いと言われようが側にいて欲しかった。いや、嘘だ。本当は好きだと言って欲しかった。なのになのになんで
「なんでいなくなっちゃうのよ!?フェルディ!?」
泣き叫ぶ私に、ダイナは目を伏せて只答えを待つ。ベンノは「なら、追いかければいいじゃん」と呟く。
クシェルははっと涙を止めて試験管の液体を眺めるベンノを見る。
「お前が泣き叫ぶほど、どうしようもなく好きなやつをそのままさいならして後で後悔しないわけ?追いかければ良かったって後で思ってももう手遅れってなりたいわけ?その叫ぶエネルギーはもっと有意義に使うべきじゃないの?」
ーー確かにそうだ。その通りだ。私はフェルディにこのまま会えなかったら、一生後悔する!だったら何を迷う必要があるのか。
「俺は少なくとも、後悔なんてしたくないね」
私は手紙を拾い上げて、ダイナを力強く見つめた。
「私も連れて行って!」
ダイナは表情を和らげて私を見上げた。その言葉を待ってましたと言わんばかりの顔だった。
「とろかったら置いて行きますよ」
相変わらずふてぶてしい侍女であった。
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