暴走するミンナ。ベンノ王子を添えて(フェルディ視点)
3人のメイドを城を警備する騎士に引き渡し、急いでミンナを追いかけるフェルディ。第一王子の城の地下にある実験部屋へと向かった。石造りの廊下を進み突き当たりの扉の前で2人の護衛が意識を失い気絶していた。
ーー何やってんだあの人は!?
半分開いた扉の中に入ると、ミンナは剣先をガリガリの痩せこけた目の窪んだ男の首ギリギリに突き付けていた。剣は男が持っていた試験管を割ったようで、中身の紫の液体が滴っていた。ミンナは男を睨みつけながら喋る。
「私は先程、命を狙われた。まさかお前の仕業ではあるまいな?」
白衣姿のその男、ベンノ王子は気だるそうに両手を上げた。
「はい。そうですって素直に言う人がいると思う? あんたのこの行動、後で母上に言いつけるから」
「しらばっくれても無駄だ。お前達ほど私を殺したい者はいない! 後でせいぜい後悔しろ」
王妃と側妃の対立は、この2人の王位争いの火種となる。王妃の子第一王女ミンナと側妃の子第一王子ベンノ。どちらも21歳。武力に長けたミンナに知能に長けたベンノ。次の王はそのどちらかになると皆思っている。我が子を王に推す側妃はミンナが邪魔で仕方がないのだ。そして、ベンノは側妃の傀儡と言っても過言ではない。
ミンナは剣を鞘に収めると、「邪魔をしたな」とベンノに背を向けて部屋を出て行く。フェルディはミンナを追いかけた。
「何であんな事したんですか?王様に知られたら立場が悪くなりますよ?」
ミンナはぴたりと歩みを止めた。フェルディもそれに合わせて歩みを止める。
「私への非難が強まるのは一向に構わないさ。私には守らねばならぬ者がいる」
その言葉から王族であり騎士でもある彼女の気高い精神を感じた。
「そこまでして守りたい者とは誰ですか?」
ミンナはこっちを向いてふっと笑った。
「やがて分かるさ」
その後、日が暮れるまでミンナによる地獄の猛特訓が行われた。騎士団全体で行われるその猛特訓。嫌がるフェルディも強制的に参加させられた。急勾配の激しい山を駆け上り、駆け下りてを繰り返す。その後ミンナ直々に剣の指導を受けた。へとへとになってクシェルの部屋に戻ると、クシェルは勉強教えてと泣いて縋ってきた。ミンナにフェルディを売った事を忘れたとは言わせない。初めは無視していたが必死に目を潤ませる姿にフェルディは渋々折れた。侍女が甘い奴めと視線を寄越してきたが気づかないふりをした。
* * *
次の朝、「失礼するわ」とまた突然現れたイルザ。またフェルディを見て「ぎゃー!?」と叫び、部屋から追い出された。クシェルは無事イルザの出すテストに合格して、おさがりを手に入れたそうだ。
その日の昼、日差しの強い中クシェルは孤児院の裏手の畑で野菜を収穫していた。その手伝いをフェルディはしていた。艶々でみずみずしいトマトやナス。
冷たいビールと一緒に食べたら最高だろうな。(注意:グランツ国の飲酒は18歳からと法律で決まってます。フェルディはギリギリ飲酒出来ます。)
と考えながらプチプチと手で野菜を収穫する無表情のフェルディ。横でつばの広い麦わら帽子を被るクシェルは「暑いわね〜」と汗を流して野菜を慣れた手つきで収穫していた。蔓で編んだカゴが野菜でいっぱいになり、「これでやめときましょう」とクシェルは立ち上がり凝り固まった腰をふーと伸ばした。フェルディも手を止めて野菜が沢山入ったカゴを持って孤児院に向かった。
孤児院の裏手の入り口から入ると子供達にまとわりつかれた騎士の男がいた。見覚えがあると思えばミンナの騎士団の1人だった。昨日の猛訓練で山を登るときにへこたれそうになったフェルディを励ましてくれた気さくな男だ。クシェルが「どなたですか?」と尋ねると、「んん? あっ!? クシェル王女殿下ですか!? これは失礼しました!」と頭を下げた。
ーー……そういえば、王女殿下だったな。この男は気づいただけ凄いな。記憶力が良いぞ。
さっきまで畑作業をしてたので、横にいるクシェルを農家の娘だと思えてきたフェルディであった。
頭を下げられ慣れていないクシェルは戸惑う。(それもどうなんだ)
「気にしないで下さい。何か用事で来たんですよね?」
「はい。実はフェルディ殿を至急城へと呼ぶ様にと王命を賜りました」
「え? 王命? 一体何があったの?」
クシェルはすごく驚いた。フェルディも無表情だったが内心驚いた。王命なんて滅多にない。騎士は「すいません。王女殿下には教える訳にはいかないのです」と謝る。クシェルが何かを察してフェルディに「行ってあげて」と促した。
ーー何で護衛なのにほいほい呼ばれるんだ。
内心悪態を吐くフェルディであった。
* * *
城の玉座の間にたどり着いた騎士とフェルディ。そこでは煌びやかな衣装をまとった側妃が白い金縁の騎士服を着たミンナにヒステリックに叫んでいた。
「私のベンノに何してくれるんですの!? おかげでベンノはガリガリになって目が窪んでしまったじゃない!?」
ーー……もともとだろ。
よく見たら側妃の横にひょろひょろした男ベンノがいた。きちんと王子の格好をしていた。そして、玉座には王様がえっへんと座っていた。この2人の男の存在感はクシェルに負けず劣らず地味だった。
王様が「お! 来たか!」とフェルディに気づいた。王様の発言で側妃とミンナはこっちを見た。
ーーこっち見んな。目立つじゃないか。
無表情にフェルディは嫌がった。
ーーなんでこんな王位争いの場に呼ばれたんだ。
側妃は顔を引きつらせた。ミンナは爽やかな笑顔でこっちに近づいてきた。
ーーこっちくんな。目立つじゃないか。
「フェルディ。昨日あった事を側妃と王様に聴かせてあげてよ」
昨日あったこと?
「ミンナ様にしごかれました」
「……そうじゃなくてもっと前にあっただろ」
「ミンナ様が第一王子に殴り込みに行きました」
側妃は大喜びで「ほらね。ベンノは被害者なのよ!」と高笑いをあげた。ミンナは眉間に皺を寄せフェルディに詰め寄る。
「もうちょっと前!」
「……メイドにミンナ様はナイフで刺されそうになりました」
「そう! その通りです! そして、そのメイドはとある薬品の匂いがしました。その薬品の匂いはベンノ王子が研究している薬品と同じものでした。私は宮廷薬剤師に調べてもらいましたから間違いありません」
ビシッとミンナは側妃に指差した。
「いつの間に?」
つい、声を出してしまったフェルディ。ミンナは「良い事を聞いてくれました」とにやりと笑う。
「私はベンノ王子を脅すフリして薬品を剣に滴らせて回収しました。その剣を調べてわかったのです!」
ーー……そうだったんだ。そういえば剣にドバッと薬品がかかっていたな。
顔を歪める側妃。王子は興味なさそうだ。王様は「ふむっ」とくるっとした髭を指でくるくるいじるとカッと目を見開いた。
「両者の意見は本当であった。だが、どちらも罰則なしとする!薬品については詳しく調べよう。よいな側妃?」
じろりと見られた側妃は「ほほほ。はい、わかりました」と白々しく笑う。ミンナは不満気だったが、「王のお心のままに」と頭をたれた。
フェルディは醜い王族の争いを見せられて、猛烈にクシェルが恋しくなった。