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序章

流血シーンあります。序章はシリアスです。


 











 静かな夜の山の中、1人の少年が肩で息をしながら走っていた。月明かりに照らされた面は汗ばんで頰が赤かった。12歳の少年とは思えないどこか大人びた力強い睨むような眼差しは暗闇の先を見据えた。


 少年の背後を篝火が照らした。大人の黒い影が2つあった。篝火が激しく横に揺らされ火の粉が木や葉っぱの近くに舞う。


「追いかけろー!! すぐ行けー!! 」


 男の野太い怒号が響き、木や葉っぱに反響する。少年は足元の木の根につまづかないように気をつけてながらひたすら暗闇に向かって走った。


 本革を使った靴は泥だらけになり皺が寄る。上質な布を使ったシャツとズボンは泥が飛んで見るも無残な姿だ。姿はぼろぼろになり下流階級の者のような姿だが、少年の矜持は失われてはいない。たとえどのような姿になろうが、生きる。生きて帰るんだ。


 身体は疲れきっていたが、足取りは軽かった。明るい未来が待ってる。私が未来を変えてやる。この暗闇の先は丸太を地面に突き刺した柵だった。大人の背丈をゆうに超えたその柵に助走をつけて飛びつきよじ登った。柵を越えると視界がひらけた。隣国へとたどり着いた。川が流れていた。川に近づき靴と靴下を脱ぎ膝までズボンの裾をたくし上げると、水の中に恐る恐る足を入れた。膝まで浸かったが渡れなくもなさそうだ。水があまりにも冷たくて叫びそうになったが歯を食いしばり我慢して川の中を突き進んだ。じゃりじゃりした川の底、時折苔で滑ってよろけるがなんとか転ばずに済んだ。川の対岸にたどり着き、手に持っていた靴下と靴を濡れた足のまま履く。


 背後を振り向くと男が柵をよじ登りせまってくる。少年はその姿を見て川から離れて他国の中にどんどん入った。どこか匿ってくれる場所がないかと辺りを見渡す。舗装された道に馬車が一台止まっていた。馬車に近寄り、整った身なりの御者の男に助けくれと懇願した。御者は汚い身なりの少年をゴミを見るように見下した。


「近寄るな。浮浪児が!」


 鞭を振り上げ、少年に打ちつけられようとした時、鈴のような可愛らしい少女の声が聞こえた。


「やめて! その者を傷付けないで! 」


 馬車からバタンと扉を開けて、1人の10歳ぐらいの少女がこちらに歩み寄る。シンプルなデザインだが、素材が良いと判るドレスを身にまとうその少女は緊張しながら御者を見る。御者は鞭を握る手を引っ込めた。御者は戸惑っていた。


「何故この様な得体の知れない子供を庇うのですか? 違法に出国した者かもしれません」


 御者の言う通り、少年は出国者だ。出国するには手続きが必要でそれは法で決まっている。違法に出国すれば厳しく罰せられる。少年は捕まって国に戻されるのではと思い御者と少女から逃げ出した。


 舗装された道から外れ、少年の背丈まで伸びる草むらの中を走る。蜘蛛の巣に引っかかってもくっつき虫が服につこうが構わずにがむしゃらに走った。草でスパッと切って指に線状の傷が出来た。


 頭に父が首を刎ねられる光景がよぎった。


 少年は立ち止まり、血が(にじ)む指を握りしめて(うずくま)った。


 ーー嘘だ。嘘だ嘘だ! 叔父上が裏切ったなんて嘘だっっ!


 首がない父の骸を口角を上げて楽しそう見る叔父上。その手には父の首を切った血だらけの剣が握られていた。


 剣の鍛錬に付き合ってくれた叔父上。「いやー。参った参った。流石兄上の子だ」そう言って、わざと負けて私の頭を撫でてくれた。


 優しい叔父上。あれは偽りだったのか!? 心の中では罵っていたのか!?


 私に行き場所などない。叔父上に奪われた。全て叔父上に奪われた!


 頭に思い浮かぶのは、叔父上の歪んだ笑み。父を殺したあと、こちらを見てゆっくりと歩み寄る。人を殺す事に魅入られた叔父上は私にも剣を振り落とした。だが、護衛が間一髪のところで阻んだ。護衛は(つば)迫り合いになりながら「殿下! 何ぼーと突っ立ってるんですか! 早く逃げて下さい! 」と私を叱咤した。私はがむしゃらに逃げた。


 その状況を思い出し、今の惨めで虚しい状況を見て、はらわたが煮えくり返った。


「うわぁぁぁぁぁ!! 」


 丸一日何も食べていなくて空腹で力が入らないのにも関わらず私は力の限り叫んだ。叫ばないと、怒りで自分がどうかしてしまいそうだ。


 叫んで少しはすっきりした。またとぼとぼと川の水で濡れて冷えた足を動かした。


 舗装した道にたどり着いた。見覚えのある馬車が止まってた。少年はそれを見て危険を感じた。


 私を捕まえる為に追いかけてきたんだ!


 草むらに引き返す少年。馬車から先程と同じ少女が「待って!! お願いだから待って!! 」と少年に向かって叫ぶ。


 少年はぴたりと止まった。この少女が必死になっている理由に僅かに興味が湧いた。


 自分の姿はとても見窄(みすぼ)らしいのに、少女の必死な声を聞いて少女を僅かに哀れんだ。


 少女は少年のいる草むらに入って、少年の手を握った。


 パシッ


 少年は驚いて、少女の手を払いのけた。


「お願いだから、怯えないで」


 少女は泣きそうな表情で少年の目を真っ直ぐに見た。怯えてるのはこの少女なのではないか。手は震えて今にも逃げ出しそうな少女を見て少年は冷静になった。


 まるで自分を見ているようだ。


 人という人から怯え、逃げて、でも立ち向かう。私の場合は憎しみが原動力だが、果たしてこの少女は何が原動力なのだろう。


「……君の名前は? 」


 かさついた唇から紡がれたのは今の状況に似つかわしくない言葉だった。少女は一瞬驚いたが、にっこりと微笑む。


「私の名前はクシェル。クシェル・エーレ・ファン・グランツよ」


 グランツ!?


 グランツとは国名だ。少年と少女が今いる国の名前だ。国名を名前に入れるのは王族の証だ。よってこの少女はここの王族という事だ。


 確かに身なりは王族だ。だがその服をよく見ると、よれていて使い古しているのが分かった。貴族でもそこまで使い古す事はないだろう。


 驚く少年に「やっぱり王族には見えないか〜」と少女は恥ずかしそうに俯いた。


 いや待てよ。私の方がはるかに酷い格好だ。こんな格好は下流階級の人間にもいないぞ。


 服は泥だらけの上くっつき虫も付いている。靴下は濡れて靴は泥だらけに皺だらけ、髪には蜘蛛の巣がくっついてる。


 少年はこんな格好なのに少女の方が恥ずかしそうにしている状況がおかしかった。


「くはっ! 」


 少年は我慢できずに笑った。するとお腹がぐきゅーっと鳴って益々笑った。クシェルも少年につられてくすっと笑った。


 笑いがおさまると無性にお腹が空いた。ぼーと立つ少年にクシェルは手を差し出した。


「私のお家に行きましょう」


 少年は迷った。クシェルに迷惑をかけたくない。だが、王族なら自分の状況をどうにかしてくれるのではないか?もしかしたら復讐に手を貸してくれるかもしれない。きっとこの手を拒めば自分は飢え死にするか、自国に連れ戻されて殺される。叔父上は周到に準備をしていた。だから、今頃王として立っているのは叔父上だろう。自分の居場所を叔父上は全力で探るだろう。なら1番安全な場所は他国の王家ではないだろうか?他所の国の王家の反感を買うのは得策ではない。だから、クシェルのいる場所にまで追っ手は来ないだろう。


 少年はクシェルの手を握った。


 これがたとえ罠だとしてもこの手をとるしか道は無かった。


 クシェルは少年の手を大事そうに両手で包む。


「貴方の名前は? 」


 本当の名前を名乗るべきか迷った。


「フェルディ。ただのフェルディだ」


 結局、偽の名を名乗ってしまった。心の中で小心者めと落ち込む。クシェルはそんなフェルディの心の内に気づかず、嬉しそうに「よろしくねフェルディ」と可憐に微笑んだ。













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