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6、火事

 翌日、ジャクトは朝から家を出て、デアは一人きりで待機だ。物音を立てるわけにはいかないので、食事を作るのに火も使えない。硬くなったパンを水に浸して食べるという、なんとも情けないメニューで我慢するしかなかった。


 夜になってもジャクトが帰らないので、デアはとっとと寝ることにした。ランプをつけることもできないのだから仕方がない。


 小屋の中には、隣の酒場の物音が届く。だがうるさいのには慣れている。すぐにデアは眠りに落ちた。



 入り口の扉が大きな音を立てて開閉した。デアは瞬時に目を覚ます。

 ジャクトが帰ってきたのだ。


 時間帯は真夜中だ。


 ジャクトは急いでランプをつけると、乱暴に引き出しを開け、鞄に荷物をまとめはじめた。


「ここを出る支度をしろ。急げ」


 何かが起きたんだ。


 デアは寝床から下りた。ナイフは枕元。金は常に身につけている。他に必要な物は、特にない。ナイフを腰に装着しながら返事をした。


「いつでも」

「この家は捨てる」


 ジャクトは荷物を集めている途中でこちらへやってきて、デアに一通の手紙を渡した。


「これを渡せ」


 宛先が書いてある。デアは懐にそれをしまった。


「何があった?」

「おれがうかつだった。おまえさえ隠れていれば大丈夫だと高をくくった」


 何かの書類を乱暴に鞄に詰め込みながら、ジャクトは言った。


「ザグビィが殺された」


 デアの目が丸くなった。


「共和制万歳通りか?」

「そうだ」


 あの男、昨晩の男は、デアとザグビィを見逃したあとで、やっぱり怪しいということに気づいたのだろう。そして今日、二人を見つけるために昨晩と同じ場所で見張っていた。

 そんなこととは知らないザグビィは仕事の縄張りである共和制万歳通りへ行き、そこでユニオンの連中に捕まったのだ。


「ジンをおごる約束だったのにな」


 彼女を悼む気持ちとともに、冷徹な計算もデアの頭の中で行なわれている。

 ザグビィは殺された。殺す前にユニオンの奴らは彼女を尋問したはずだ。彼女が苦痛に耐えてデアのことを何も語らなかった、なんて期待はしてはいけない。彼女にそんな期待を押しつけるほどデアは厚顔ではないつもりだ。


 デアの鼻が、いつもとは違う臭いを嗅ぎつけた。

 焦げ臭い。


 同時にジャクトも気づいたらしい。


「火をかけられたぞ。相手の狙いは?」


 こんなときでもデアをテストしようとする。


「出てきたところを狙い撃ち」

「合格だ」


 ジャクトは床に這いつくばった。


「机をどかせ」


 デアは、部屋の中央に陣取る机を隅に寄せた。机上のオイルランプがガタガタと揺れる。


 ジャクトは床板を持ち上げた。机の下になっていた床の一部が取り外せるようになっていたのだ。デアはそのことを、今になってはじめて知った。


 覗き込むとマンホールの四角い蓋と、石畳の路面が見えた。


「この家って道の上に建ってたのか」


 知らなかった。貧民街はデタラメに家が建ったり潰れたりするから。


「下水に繋がってる。どけ、開けるぞ」


 もうランプが必要ないくらいに、辺りが明るくなってきていた。火が小屋を食いはじめたのだ。木材の爆ぜる音がぱちぱちと響き、部屋の中はどんどん熱くなる。家の外で誰かが怒鳴る声が聞こえる。周りの住人が火事を取り巻いているのだろう。


 先に、鞄を背負ったジャクトがオイルランプを手に下水へ降りる。次はデアの番だ。


 ユニオンの連中に三つ借りができたぞ、とデアは"鉄の"サイールの顔を思い起こした。覚えてろ。

 一つはザグビィを殺したこと。二つはこの家を焼いたこと。


 そして三つめは、これから汚い下水を通らされることだ。

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