62、それがガルチアーナ
「で、なんであたしがこんなことしなきゃいけないんだよ」
夜の主都を、二人は学園へ戻る途中だ。
「早く帰りたいんでしょう? それならこれが一番ではないのかしら」
デアの愚痴をガルチアーナが切って捨てる。
「そりゃそうだけどさ」
しかしデアには不満が残る。それも当然だろう。デアはガルチアーナを背負って走っていた。
「こうしていると、犬というより馬ね」
「放り出すぞ」
ガルチアーナはサイールに殴られたときに、足首をひねっていたのだ。しかし、あたしのほうがダメージ大きいのに、とあまり納得がいかない。
学園の生徒だとバレないように、ガルチアーナはデアが着てきたコートを羽織っている。また、おんぶしているだけでも人目を引くので、なるべく街灯のついた大通りを避け、人通りの少ない道を選んでいく。
「これでもう、あたしを犬みたいに使う気はなくなっただろ? あたしはおまえの命の恩人さまだ」
「……それを言うなら、わたしが戻っていかなかったらあなたも無事ではなかったでしょう。命の恩人というなら、お互いさまね」
「おまえ頑固だよな」
だいぶショックを受けていたはずなのに、もう立ち直っている。少なくともそう見える。
「そもそも、後ろ盾があるなら使えばいいのに。ノッティングラムの家もくれるならもらってさ。もったいない」
デアが疑問をぶつけると、ガルチアーナは返事をしなかった。
「それが全ての原因だぞ。有る物を利用するのも賢さってやつじゃないの?」
「だというなら、わたしは賢くはないのでしょうね」
ガルチアーナはそう言って、更に言葉を続けるのにためらいを見せた。迷っているのだ。デアに対して、話すかどうか。
デアは促さなかった。黙って彼女を背負ったまま走っている。
やがてガルチアーナは話しはじめた。
「たった三人だったのよ」
「何が?」
「父の葬儀に出席した人数。家族を除いてはたった三人」
「小貴族だからか?」
「その一年前、母の時は式場に入りきらないほどだったわ」
デアは、ガルチアーナの両親が亡くなっていることを知った。どうりで、まだ若いのに家を背負うような発言をしていたわけだ。
「父と母の違いは? あなたにわかる?」
問いかけて、デアが返答するより前に言葉を継ぐ。
「母がバルザイム・ノッティングラムの娘だったからよ」
なるほど。
「母がいないピットアイズ家はノッティングラム家と縁が切れた。だから父の時には……世の中というのはわかりやすいものだと知ったわ」
そしてガルチアーナは、そのわかりやすさを好きではない、いや憎んでさえいることが声音から伝わってくる。
「でもね」
と、いったん声色が和らいだ。
「その後……父の葬儀のあとしばらくして、また我が家を訪問する人が増えたのよ。ああ、この人たちも、あからさまに態度を変えたことを恥じたのだと、見直したわ。捨てたものではない、と、子供で、単純だったわたしはそう思った」
ということは、何か裏があったわけだ。
ガルチアーナの声が辛辣さを取り戻した。
「なんということはないわ。再び我が家とノッティングラム家との縁ができそうになったから戻ってきただけだったのよ」
「何それ」
「だから、父が亡くなったあと、お祖父さまがわたしにノッティングラム家を相続させると言い出したの」
「ああ、なるほどな」
そういう順番か。
また少しの間、ガルチアーナは口をつぐんだ。
再び口を開いたのは、彼女を背負ってデアが一区画ぶん走ったあとだった。
「今でも覚えているわ。がらんとしている式場の空気の冷たさを。わたしはいい、でも祖父母がどんな思いで父を送ったか……あの時の二人の顔は絶対に忘れない」
強い感情を込めてそう言ったあと、ガルチアーナは話しすぎたとでもいうように唐突に沈黙した。
個人の力ではなく、後ろ盾の権勢によって右往左往する者たちに耐えがたい裏切りを受け、それを恐れ憎むようになった。
それが、ガルチアーナが後ろ盾なしの自力にこだわる理由なのだ。




