61、警告
マフラーが丈夫でよかった。高級な布なのだろう。二つに切れたマフラーを結び合わせ、ガルチアーナはそれを井戸に垂らした。マフラーをロープ代わりにして、デアはなんとか井戸から生還した。
ようやく地面に足をつけることができて一安心した。足元にしっかりした足場がないのはやっぱり落ち着かない。
ガルチアーナはへたり込んで荒い息を吐いている。
「わたしに、よくも、こんな力仕事を……あなた……重すぎ」
デアの体重を支えていたせいで、もともと運動が得意ではないガルチアーナは息も絶え絶えだ。
「あたしは重くない!」
力がないのはお嬢さまだから仕方ないが、最後の言葉だけは聞き捨てならなかった。
「それで、どうする?」
デアは気絶したままのリッジェーリを見下ろしている。ガルチアーナの呼吸も落ち着いた。
ガルチアーナもリッジェーリの顔を見て複雑な表情だ。
「このまま置いて帰るわけにはいかないわよね」
確かに、このままにしておいては、再びガルチアーナを狙ってくるかもしれない。それを防ぐ手立てが必要だ。
すぐにその手立てを思いついたので、なんでもないことのようにデアはその案を口にした。
「殺すか」
それはごく実際的な提案だとデア自身は思った。
ガルチアーナがデアを見た。まるで信じられないものを見たような顔だった。
デアは自分が軽率に地金を見せてしまったことに気づいた。お嬢さまとは考えかたの根本が違うのだ。
「じゃあ、どうする?」
ガルチアーナはいつもの表情を取り戻して、人差し指を唇の下に当てた。
「そうね、ちょうどポケットにペンがあるのだけれど」
やがてリッジェーリは井戸の近くの木陰で目を覚ますだろう。
目の前に、石で重しをされた布があるのに気づくだろう。それには文字が書いてある。
「リッジェーリ叔母さまへ」という文字がガルチアーナの筆跡であることがわかるだろう。
「お互い、相手の平穏を乱すような振る舞いは謹んでいきましょう」
そしてその下に、カリグラフィーの心得がまるでない、殺気だった文字で「次はない」と記されているのを読むだろう。
近くには男の首が二つ、その他に人はいない。ガルチアーナの姿も、途中でしゃしゃり出てきた正体不明の男の姿も見えない。リッジェーリに明晰な記憶力と思考力があれば、その男が実は少女であったことがわかるかもしれないが、どこの誰かまではわからないだろう。
まさかガルチアーナと同じ学園の生徒であり、あの夜バルザイム殺害を目撃した人物であると、推理できはしない。
"鉄の"サイールを呼んでも来ることはない。
そしてリッジェーリは、やけに首筋が涼しいことに気づくだろう。後頭部に手をやり、自慢の髪がばっさりと切られていることを認識する。
夜のノッティングラム邸裏庭に悲鳴が響きわたることだろう。
――そいつを聞けないのは、ちょっと残念だけどな。




