57、vsサイール
デアはガルチアーナにちらりと目を向ける。彼女は蒼い顔で、やってくる男のほうを見ている。
すぐさま視線を男に戻した。デアは、持っているナイフの柄を握り直した。
「逃げろ」
と、デアは彼女に囁いた。この場にガルチアーナがいるのはまずい。この男もガルチアーナを狙ってくるはずだ。
そうはさせない。まずガルチアーナを逃がし、デアが戦う。
今夜はあのときとは違う。雪辱戦だ。デアの体がぶるりと震えた。
その間に、倒れているリッジェーリと、第三者のデアを見て、状況を把握したサイールが、いよいよ動き出した。
砲弾のような速度で間合いを詰めてくる。まっすぐ正面のデアへ向かった。
サイールは勢いのまま無造作に体当たりをしてきた。質量と速度で障害物を跳ね飛ばす気だ。その速さは凄まじく、避ける暇などないように見えた。
後ろでガルチアーナが息を呑むのがわかった。見てないで逃げろよ。
無防備に食らった、という寸前でデアは身を回転させてかわしていた。常人の反応ではなかった。
夜の空間に赤黒い血が散る。
デアの手にはナイフ。
男は立ち止まった。その二の腕から血が流れていた。回避と同時の斬撃であった。男は、デアの実力を見誤っていたことを認識したらしく、間合いを取った。
「デア……あなた……?」
ガルチアーナの唖然とした声が耳に届いた。今更ながら、デアの戦闘技術に驚いたようだ。殺気の男たちとの戦いは防御ばかりで、これからというところで中断したので、デアの本気の攻撃を彼女が目にするのははじめてだ、ということだろう。
デアは舌打ちする。
そうだよ、あたしはおまえが思っているようなスパイなんかじゃないんだ。あたしは両手を血で染めた殺し屋さ。
だからあたしのことなんか放っておけ。おまえはさっさと、
「逃げろ」
とデアは、振り向かぬままもう一度命令した。
「足手まといだ!」
ことさらに冷酷な声で。
ガルチアーナはしばらくその場にいたが、やがて駆け去る足音が聞こえた。
よし。
サイールはガルチアーナの逃走に、一瞬の迷いを見せた。追うべきか、どうか。こいつらにとってデアは標的ではない。飛び入りの邪魔者にすぎないのだ。
でも、あたしを無視するなんてことは許さない。あいつを追いかけるなら、まずあたしをやってからにするんだな。
デアの瞳がぎらりと光る。
こないだの続き、今回は命のやりとりだ。
素手ならおまえのほうが強いだろう。でも、とデアはナイフを閃かせた。
今夜はそうはいかないからな。




