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55、丁々発止

「ならせいぜい、私に感謝しながら海の彼方に召されることね」


 リッジェーリは男二人に目くばせした。


「やっとですか?」


 男が呟いた。


「おだまり! なるべく痛い方法で殺しなさい」

「追加料金がかかりますけど」

「かまわないわ!」


 男たちがガルチアーナを拘束する力を強くする。ガルチアーナが身をよじって逃れようとするが、完全に押さえつけられている。力の差は歴然だ。


 右の男が匕首を取り出した。さすがにガルチアーナの体がこわばる。


「まずはどこからいきます? 指? 鼻?」


 更に怖がらせようというのか、ガルチアーナの目の前で刃をひらひらさせながらリッジェーリにうかがいを立てた。


 二流め! 仕事が遅い、隙がある、自分の嗜虐的な性癖を隠し切れていない!


 デアは草むらから暗光を一閃させた。デアの投げた石つぶては一直線に走り、武器を持った男の手首に、正確に命中した。


 苦悶の声をあげて男は刃物を取り落とす。同時に、デアは隠れていた所から姿を現した。草を踏んで走る。


 男たちは突然の乱入に驚き、口を開けてこちらを見ている。


 不意の出来事に対する反応が遅い!


 デアは匕首を取り落とした男を蹴り飛ばし、同時にガルチアーナの腕を掴んで引っ張った。彼女は急な動きにつんのめって倒れ、そのまま前に一回転して地面に座り込んだ。


 デアの前にはユニオンの殺し屋が二人、背後にはガルチアーナ。脇にはいまだ呆然としているリッジェーリ。


「……誰?」


 後ろでガルチアーナが呟いた。よし、正体はバレていない。


「何もんだ、てめえ」「俺らの仕事の邪魔をするってのは、どういうことかわかってんだな?」


 この期に及んで言葉で威嚇しようとは。以前のあいつ、"鉄の"サイールのあいつはあたしを追ってるさいちゅうは一言も口をきかなかったぞ。


 デアが黙っていると、男たちが襲いかかってきた。無傷のほうがナイフをかざしてデアに向かってくる。無言、目配せなしで連携が取れている。さすがに、ただの素人ではないようだ。ちょっと見直した。


 デアは久しぶりに戻ってきた愛用のナイフを構えた。敵の初撃を弾く。防御というより相手のナイフを弾き飛ばさんばかりの勢いで叩きつけた。相手の体が少し泳いぐ。


 その隙に、手負いの男が二人の脇を抜け、ガルチアーナを襲おうとする。が、させるか、とまた蹴りで撃退した。


 男たちは距離を取って、また元の位置に戻った。デアの手強さを認識してうかつな攻めに出ないようになったのだ。


 今度はいっせいに、二人がかりでデアへ向かってきた。まずはデアを片付けようというのだろう。


 ナイフとナイフがぶつかり火花を散らす。同時にもう一方の攻撃を回避する。丁々と打ち合い、避け、デアは二人を相手にしながらそのすべてを凌ぎ、冷静に好機をうかがう。


 それは、端から見れば一方的に攻められているようだったかもしれない。だが、デアはこの程度の相手に自分が負けるなどとはまったく思っていなかった。


 やがて利き腕を負傷した男の動きに破綻が見えた。ここからデアが反撃に移る――というとき。


 女の息を呑むような悲鳴、次いで場を支配する一声が鋭く響いた。


「皆動くのをやめなさい!」


 デアは、敵からいったん距離を取ってそちらを見やる。


 予想外の光景がそこにあった。ガルチアーナがいつの間にかリッジェーリの背後に回っている。リッジェーリの喉には男の取り落とした匕首がひたりと当てられている。


「あ、あ、あ、貴女……!」

「叔母さまも余計な動きをしないでいただけますか?」


 ぶるぶると震え、目だけで後ろのガルチアーナを睨みつけようとするリッジェーリと、顔は青ざめながらもしっかりと相手の動きを封じているガルチアーナ。


 逃げるどころか、こんなやりかたに出るとは。


 こいつらしい、といえばらしいのか。デアはマフラーの下で苦笑した。


「ガルチアーナ、貴女なんていうことを。放しなさい」


 リッジェーリはことさらに居丈高な態度を取ろうとするが、虚勢であることは見え見えで、声が震えている。


 いっぽう彼女を捕らえたガルチアーナも息が荒い。彼女も決して冷静ではないのだ。リッジェーリの喉に擬した刃も遠慮がちで、リッジェーリがちゃんと状況を観察していれば隙だらけなことがわかったはずだ。


「おまえたち、た、助けなさい!」


 目の前に立つ男二人は命令を受けたが、顔を見合わせるばかりだ。


「しかし下手に動いたらマダムの喉にぱっくり口が開きますが」

「なんとかしなさい!」

「叔母さま、わたしがわかっていただきたいのは……」


 声がかすれて、ガルチアーナはつばを飲み込んだ。


「ノッティングラム家の相続についてこれ以上わたしを巻き込まないでほしい。王家の遺産のことなど何も知らない。ということです」

「……おまえの言いたいことはわかりました」


 リッジェーリは顔を回してガルチアーナと目を合わせ、蒼白になり引きつりながら笑みを浮かべてみせた。


 ガルチアーナも安心したように少しだけ顔の緊張をゆるめた。


 大丈夫か? デアは少し離れたところからそれを見て、マフラーの下の口をゆがめた。


 リッジェーリは、ガルチアーナの言いたいことはわかった、と言ったが、だからどうするとは何も言っていない。この場を切り抜けたら、またガルチアーナを狙う可能性は高い。


 そのへん、わかってるんだろうか?


 ガルチアーナはリッジェーリに向かって、


「では叔母さま、この人たちにいとまをあげてください」

「え、ええそうね」


 リッジェーリはうなずこうとして、喉の近くに刃物があるのを思い出したか、ほんのかすか小刻みに、震えるように頭を上下させた。男たちに視線を向ける。


「下がりなさい」

「金はどうなるんです?」

「おだまり、今は早く、下がれと言ったら下がるの!」


 ガルチアーナに脅迫されているという屈辱が裏返って、男たちに八つ当たりするようなかたちになった。


「と言われましても、こちらも仕事なんでね」

「あとで届けさせるわ!」


 リッジェーリが叫ぶと、それならと、存外あっさりと男たちは引き下がった。


 ユニオンというのは、仕事を完遂しなくても金さえもらえればいいのか。と視線を送ってから元に戻すと、


「……」

「……」


 リッジェーリを人質に取ったガルチアーナと、顔と髪を隠したデアの、謎のお見合いが発生した。

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