51、義理はない
「なぜガルチアーナさんが外にいると思うの?」
ハウスへ向かう道の途中、小声でマリューが聞いてきた。
「ユニオンの連中にさらわれたんだよ」
「あなたを狙っていたのではないの? あなたはユニオンに追われて姿を隠していると聞いたわ」
だから警告の手紙をデアに出したのだという。
「今回は違ったらしいな。ユニオンはバルザイム・ノッティングラムの姪とつながってる」
わかりやすく言ったつもりだったが、マリューは腑に落ちない様子だ。
「なんで今さらガルチアーナ・ピットアイズが狙われるというの?」
バルザイムの姪リッジェーリ・ノッティングラムがガルチアーナを狙うのなら、もっと前にやっているはずと言いたいのだ。
「何で今か? あたしが捕まらないからだよ」
リッジェーリが恐れるのは、バルザイムの遺体が見つかって、相続権がガルチアーナに行くことだ。だからバルザイムの遺体のありかを知っている可能性の高い、目撃者を消そうとする。つまりユニオンの殺し屋にデアを追わせている、今の状況がそれだ。
ところが、簡単に見つかるはずだった目撃者が見つからないまま一ヶ月以上が過ぎた。リッジェーリは、だんだん不安になったに違いない。いつ目撃者が自分を殺人者として糾弾の声を上げるのか。それに呼応してガルチアーナが相続権を奪いに来るのか。
ガルチアーナが相続を断ったことは、おそらくリッジェーリも知っているだろう。だが、安心できなかったに違いない。疑い深い心は、相手が自分の最も都合の悪いように動いたらどうするのか、と考えてしまうものだ。
だから今まで殺すのをためらっていたガルチアーナを、ついに狙った。
学園内で殺さないのは無用のゴタゴタを避けるためと、バルザイムと同じように行方不明扱いにしようとしている、といったところだろう。
デアがそう語ると、
「で?」
マリューはつまらなそうな顔で聞いた。
「は?」
「それはわかったけれど、なぜあなたはそんなに焦っているのかしら?」
冷たい半眼でこちらを見る。
「だから、あいつが狙われたのはあたしのせいなんだよ」
「だから? ガルチアーナが殺されるのなら、あなたが狙われる理由が減るじゃない。姪の相続を脅かす原因がいなくなるんだから」
デアは口を半ば開いて、目を見張り、思わずマリューを見返した。
「それは……そうだ」
マリューの言うとおりであった。
自分の命が大事というデアの考え方にのっとれば、ガルチアーナのことは気にせず放っておくのが一番なのだ。
ガルチアーナがいなければ、学園内でデアの正体がバラされるというリスクも軽減される。
それに、よく考えれば、デアが原因なのではない。むしろデアはお家騒動に巻き込まれた側なのだ。
どう考えても、デアが助けに行く義理はなかった。
しかし。
「やっぱり行くつもり?」
マリューはデアの表情を読んだ。馬鹿にするように息を吐いて、
「メリットがないのがわかっていながら、なぜあの子を助けようとするの?」
理解不能とでも言いたいのか、大げさに首を振った。
その仕草にイラッときたデアは、無造作に吐き捨てる。
「知るかい」
実際、自分でもなんでまだガルチアーナを連れ戻しに行く気がなくならないのか不思議なくらいだった。
なんでだ?




