50、"剣光"
デアはゆっくり振り返った。
マリエーリュスだった。
「おまえか……!」
完全に引き離したはずが、追いついてきた。常人ではない。
デアは自分のうかつさを認識した。すでに気がついていなければいけなかったのだ。さっき、森にマリエーリュスが現れたときに。
あのときも、森へ急いでいたデアを見失うことなく祀堂にたどり着いていた。しかも息切れ一つしていなかったではないか。
日記を盗み見たとき、デアに悟らせずに後ろへ回ったのが偶然などではないことを同時に理解した。この女は、ただのお嬢さまなどでは断じてない。
「手紙はおまえか」
相手の動きを警戒しながら、デアが言葉で間合いを測る。
「読んだの?」
「何者だ?」
自分と同類、あるいはよく似た生業の者であることはすでにわかっている。デアに対してどの立場に立っているのかが問題だ。
「わたしはマリエーリュス・ロッカラム。リーリア・ハウスの長女で、あなたの姉よ。……そう睨まないでくれるかしら」
彼女の声音が変わっている。たるんでいた紐がぴんと張られたようであった。普段のやる気のない態度とは違う。不敵な顔である。
「愛称はマリュー。学園では誰も呼ばないけれど」
その名には記憶を刺激するものがあった。
「まさか"剣光の"マリューか? なんでこんなところにいる?」
「ロッカラム家の娘がラファミーユ学園に在籍していても何の不思議もないでしょう」
「本物なのか?」
「他人のふりをして生活するなんて、恥ずかしくてできないわ」
デアへの当てつけか、そんなことを言う。
"剣光の"マリューは殺し屋である。ギルドの界隈では、デアと並んで優秀な若手だと評判の存在だ。デア自身もジャクトから彼女の名は聞いていた。いいライバルになるなどと言われて、しゃらくさいと思っていたものだ。どんなやつかとおもっていたが、まさかこんなところで出会うことになるとは。
あの手紙は同じギルドの者としてユニオンの存在を警告する、デアに友好的な内容だったことになる。直接言わなかったのはデアが黝である確信がなかったからだろう。
彼女の言葉によると、新貴族のお嬢さまでありながら殺し屋をやっているということになるが、そのようなことがあり得るのか、デアの理解を超えていた。
「なんでお嬢さまのくせに殺し屋なんて」
「あなたにそれを知る権利があるの?」
マリューの目が冷たく光った。気軽に触れられたくない領域ということだ。何らかの事情がそこにあることは間違いなかった。
詮索するつもりはない。第一、今はそんな時間も余裕もなかった。
「おまえが"剣光"ならそれでいいさ。邪魔をするな」
「このまま行かせるわけにはいかないわね」
マリューは真っ向から立ちはだかった。
「これ以上騒ぎを大きくされては迷惑なの」
「へえ」
二人、対峙する。だが、事態がそれ以上展開する前に、ランプの明かりがこちらへ近づいてきた。ガルチアーナを捜索している人のランプだ。
「だれか、そこにいるの?」
先生の声がする。こうなっては、無理やり壁を越えるわけにはいかない。デアは諦めて、マリューが先生に何やら説明しているのを眺めていた。
マリューがデアを手招きした。
「ハウスへ帰るわよ、アデリア。先生、ありがとうございました」
「ええ、あまり軽はずみなまねはしないようにね」
仕方ないので、マリューにしたがってその場を離れた。




