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45、ガルチアーナ主催のお茶会

 一つ息を吐いてデアは近づいていく。


 足音に気がついたガルチアーナが、素早くこちらを振り向いた。期待するような表情が、デアの顔を認めてすぐしぼんだ。


 あたしで悪かったな。


 デアは、ガルチアーナの隣の席にどっかりと座った。片手で頬杖をついて、彼女のほうを見やる。


「向こうは盛大だぞ。賑やかで素晴らしかったわー」


 返答がない。こちらを見もせずうつむいているばかりだ。


「あんまり人が多いんで立ち食い式でさ」

「……」

「テスト前だっていうのにみんな余裕があるんだな」

「……」


 なんだよ(ビッグスリーフールズ)、全然乗ってこないな。面白くない。


 デアは手を伸ばしてスコーンを一つつまんだ。味はまあまあか。以前ならおいしさに感嘆していたはずだが、この一ヶ月でずいぶん舌が肥えてしまったみたいだ。


 と、ガルチアーナの肩が小刻みに震えているのに気づいた。デアは、かじりかけたスコーンを危うく落とすところだった。


 下を向いて肩を震わせるガルチアーナ。表情は髪で隠れて見えない。


 まさか泣くとは思わなかった。デアは顔をしかめて彼女を見ているが、どう声をかけたものかよくわからなくなった。


 プライドが高いガルチアーナのことだ、お茶会がこんな惨状になれば泣きたくなるのもわからないではない。まさかの参加者ゼロだもんな。しかしこのように、デアの前で弱味を見せるようなことはしないと思っていたが。


「まあ、なんだ……」


 と声をかけようとした。するとガルチアーナから声が漏れた。はじめは小さく、か細い泣き声のようだったが、だんだん様子が変わってきた。


 顔を上げた。ガルチアーナは、泣いているのではなかった。堪えきれないというように笑っていた。


 は? 何これ。意外な展開にデアはちょっと引き気味だ。


 抑えたくても漏れてしまうみたいな声をあげ、笑い続けながら、彼女はデアのほうに視線を向けた。


「あなた、諧謔演劇バーレスクはお好きかしら?」


 おかしそうに笑いながら、聞いてくる。


 どうした? 大丈夫か、とデアはガルチアーナの精神状態を警戒しながら答える。


「面白いやつは面白いけど」


 バーレスクとは、主に庶民向けの劇場で演じられる出し物だ。上流の劇場でやっているような高尚な劇をパロディ化したり、時事を取り入れた、下品で、野卑で、活力にあふれた喜劇である。


 デアは、たまに劇場に忍び込んでタダ見することがあった。


「あら、そう。低俗だけれども楽しい催し物と聞くわ。そのバーレスクに、出てくるでしょう。哀れで、滑稽な道化が」


 くつくつと、ガルチアーナは腹を波打たせるようにして笑う。


「ここにも一人、祖父の権威を自分の実力と勘違いした道化がいるわ。見なさい、このテーブル。しっかりお茶会の準備などしてしまって、誰も来ないのに、まったく面白いったらないわね」


 ガルチアーナは台詞が途切れ途切れになるほど笑いの発作に襲われて、額をテーブルにつけて震えている。


 デアは笑っていない。ガルチアーナが笑うほどに、表情の険しさを増していく。


 しばらく黙っていたが、耐えられないというように鋭くガルチアーナを制した。


「その笑いやめろ。嫌いだ。腹が立つ」


 それでもしばらくガルチアーナは笑っていたが、ようやく発作が治まったようで、荒い息を吐きながら体を起こした


「ああ、おかしい。おかしすぎて涙が出てしまったわ」


 ハンカチを取り出して両の目尻に当てた。


「断ったのよ。ちゃんと。お祖父さまに直接」

「ふうん」


 笑い涙を拭うだけにしては、長いこと目にハンカチを当てているようだった。


「三年前、ピットアイズ家にやってきたお祖父さまが、わたしにノッティングラム家を相続させるなんて言うから。それ以降は関係も持たないようにしていたから、縁は切れたものだと思っていた」

「おまえだけがね」

「そのようね」


 周囲の人はノッティングラム家とガルチアーナの縁が切れたなどとは、全く思っていなかったということだ。テシオに聞かされた話から考えると、当のバルザイム自身すら、まだガルチアーナを後継者にするつもりだったらしい。


「お祖父さまが我の強いかただということはわかっていたけれど……」

「計算高いおまえにしちゃ間抜けだったな」

「返す言葉もないわ」


 自嘲げな笑みを一掃きしたあと、ガルチアーナはもう笑顔ではなかった。


 ひょっとしたら最初からずっと笑顔ではなかったのかもしれないが。


 一陣の風が、この場から熱を奪い去るように吹いていった。


「何が違うの?」


 ぽつりと力なくガルチアーナが呟いた。


「わたしとマリエーリュス・ロッカラムの、何が」


 マリエーリュスの家は、新貴族でもそれほど大きくない。だから、彼女は後ろ盾の影響が少ない状態で一番になった生徒だと言えた。


 ガルチアーナも同じだと、自分では思っていたのだろうが……。


「知るかよ」

「そう。そうよね……」


 妙にしおらしくなっている気がする。気持ち悪い。


「ただ、おまえの命令で一ヶ月以上マリエーリュスに注目してたからな。なんとなく思うことはある」


 顔を向けてきたガルチアーナに、デアは制服のポケットから二つ折りの紙を出して突きつけた。


「これ。おまえの招待状」


 テーブルの上に放った。


「おまえが文章考えて、おまえが書いたんだろ? 一九通ぜんぶ」


 デアはとんとんと文面を指で差す。


「リーリア・ハウスの招待状は、文章を考えたのは一番下のちびすけで、絵を描いたのがその上のやつで、文を書いたのは年上の連中だよ。あたしも駆り出されてな。そもそもお茶会自体が、そのちびすけが言い出したことだからな」


 ガルチアーナは下唇に指を当てて、目で続きを促した。


「つまりそういうところじゃないの? おまえとマリエーリュスが違うところ」


 彼女の瞳に、デアが言わんとしたことを理解した色が宿った。


 だがガルチアーナの眉は不安そうに下がった。眉間に皺が寄っている。


「でも、誰かに任せて、その人が裏切ったら? 裏切らない保証は? ないでしょう?」


 デアはその反論に違和感を抱いた。


 任せた相手が失敗したら嫌だ、とか自分のほうが上手くできる、とかならわかるが、なんで、相手が裏切るというところまで考えが飛ぶ?


 ガルチアーナの目が落ち着かなくテーブルの上をさまよう。


 もしかして、とデアは口を開いた。


「……おまえ前に、誰かに裏切られたことでもあんのか」


 ガルチアーナははっとした様子でデアを見、それからわずかに視線を外した。


 なるほど。


 だからあたしの弱味を握って裏切れないようにしたり、マリエーリュスの弱味を探ろうとしたってわけか。そうしないと信用できないから。デアは、ガルチアーナのことを一つわかったような気がした。


 しかし、と、デアは思考をもう一人のリーダーへ向けた。ガルチアーナが人を信用できずに一人で事を運ぼうとするタイプだとすると、他の人に任せて事を進めるマリエーリュスは、他の人を信用している、ということになるのだろうか?


 なるのかなあ……? どうもそういうふうなキャラクターには見えないが、人気があるんだからそう思われていることは確かだろう。


「もう一つあったよ、おまえとマリエーリュスの違い。マリエーリュスは、一番になりたいなんて思ってない」

「でしょうね」


 ガルチアーナはうなずいた。力ない笑みを頬に刻む。


「だから余計に許せないのだけれど」

「理性を尊ぶのは第一神、感情を良しとするのは第二神……だったか」

「そして第三神は何も語らず。……わたしはどうすればいいと思う?」

「あたしにそんなこと聞く? 焼きが回ったの?」

「回っているのは間違いないわ」


 そうやって正直に言うこと自体が、焼きが回ったという証拠だ。


「とりあえず、マリエーリュスを引きずり下ろしてもおまえがその穴にすっぽり入れるとは限らないってこった。特に今のおまえじゃ」

「お茶会に誰も姿を見せないわたしではね」

「一からやり直せよ。それこそ後ろ盾がなくなった状態から。卑怯な手はあとにして」

「簡単に言ってくれるわね」


 外面はいつもの調子を取り戻したように、ガルチアーナは優雅に微笑んだ。だがそれはあくまで外面だけであることが丸わかりで、デアは苦い顔になる。


「あたし、おまえの笑い顔嫌いなんだよ」


 デアは少しためらってから、続ける。


「でも、前に一回、悪い顔して笑ったことがあっただろ。あの時の顔は、まあ……嫌いじゃない、かな。おまえはもう少し素を出していいと思う。出しすぎてもアレだけど」


 デアは言葉を止めた。ガルチアーナが瞬きしてこちらを見ている。


「あなたは、わたしのことを嫌っているのだと思っていたわ」

「嫌ってるよ?」


 自分の前にあるカップを持って


「誰もいないけどお茶会だろ? あたしに紅茶淹れろよ」


 と、デアは早口で催促した。


「もう冷めているわよ」


 微苦笑しながら、ガルチアーナは手元にあるティーポットを持ち上げた。

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