44、リーリア・ハウス主催のお茶会
試験開始が次の日に迫った、今日。第一礼拝堂の二階にある広間。
にぎやかだ。デアは会場の隅っこから、みんなの様子を眺め見やる。
リーリア・ハウス主催のお茶会が始まっていた。参加人数が多いので、前やったみたいにテーブルに集まるのではなく、立食形式になっている。お茶会という名ではあるが、お茶を飲むことがメインではない。パーティーといったほうがいい。
正直、デアは出たくもなかったのだが、リーリア・ハウスの姉妹の一人としてそうもいかず、参加させられている。
といっても友人がいないデアは、一人で壁際の椅子に座って、完全に蚊帳の外状態だ。
菓子だけ確保してぱくぱく食べている。菓子を食いながら『讃えの書』の一節を暗唱しようとぶつぶつ唱え出した。まだテストに不安があるのだ。お茶会を楽しむ余裕はない。
そんなデアに注目する者はほとんどいない。編入当初、デアをからかった人たちも、運動姿がかっこいいと言っていた人たちも、デアの近くまで寄ってくることはなかった。デアが無愛想なのがこの一ヶ月で知れ渡っているのだ。
ただ、お茶会がはじまったばかりの時、最初にデアが紅茶を飲むときだけは、周りの人の視線がデアに集まった。例のアレを期待したのだろう。でもデアはもう二度とレイバラー・スタイルを出す気はない。
ざっと見る限り、生徒の大半はここにいるみたいだ。
先生がたの姿すらちらほら見える。
章句を憶えるのをあきらめて、デアはぼけっとみんなの歓談を見ていた。
と、デアの目の前を一人の生徒がよぎった。その顔に、見覚えがあった。あれはたしか旧貴族の一人で、ガルチアーナのうしろをついて回っていたやつだ。
……こっちに来てるのか。
なんとなくデアの胸の内がざわつきはじめた。
デアは他の方向にも視線を移す。今まで興味がなくて漠然としたカタマリとしか見ていなかった生徒たちの顔をしっかり確認してみれば、他にも旧貴族の子女たちがちらほらといた。
おとなしく周囲をうかがっている者もいれば、つい先日までガルチアーナと一緒にいた過去を忘れたみたいに、楽しく談笑している者もいる。
更に、それだけではない。
怒り眉の、ガルチアーナの妹がいた。さすがに居心地悪そうにしているものの、すぐ帰る気配はない。
よりによって、身内までこっちに来てるとは。
……。
なぜか椅子に座ったままでいられなくなり、デアはなんとなく立ち上がった。ゆっくり歩いていく。向かう先は会場の出口だ。
その前に、ヒーネが立ちはだかった。
「どこへ行くの? マリエーリュスお姉さまの妹という立場をわきまえない行動はしないと思うけれど」
「トイレですよ。立場をわきまえて、この場で粗相しないようにね」
ヒーネはその三白眼を鋭くして、デアの面の皮を突き破ろうとする。
だがデアはそんな視線に動揺するほど繊細ではない。
「以前から思っていたけれど、あなたはずいぶんと彼女に肩入れしているみたいね」
「彼女って誰です?」
「はっきりと言ったほうがいいみたいね。ガルチアーナ・ピットアイズさんよ」
「肩入れ? それは完全な誤解ですね」
肩入れしているのではない。不本意ながら首輪をつけられてリードを握られているというのが正解だ。
そうこうしていると、周囲がようやく姉妹の対峙に気づきはじめた。このまま言い合っては体面が悪いと思ったのか、ヒーネはデアの主張を認めるかたちで道を開けた。
「お花摘みは早く済ませるように」
「ありがとうございます、お姉さま」
丁寧に礼をして、会場を出る。トイレと逆の方向へ折れて、階段を下りる。正体不明の胸のざわつきが、デアを早足にする。
第一礼拝堂の建物を出た。賑やかな場所から離れて、冷たい風に吹かれて、デアは一息ついた。
さて。辺りを見回す。誰もいない静かな光景だ。しばらくその場に立っていたが、デアは歩き出した。
ハウス区画のほうへ。そしてガーデンへと。
ひんやりとした空気がガーデンを覆っているようだ。
デアはそのまま、初日にお茶会を開催した場所に到着した。
まず視界に入ったのは、中央の大理石のテーブルだ。そのテーブルの上には、完璧にお茶会の支度ができていた。
頭上の抜けるような青空と対照的な、渋く暖かく暗い色のテーブルクロスが掛けられ、ケーキスタンドに用意された軽食は白を基調としている。椅子は一〇脚ほど用意されて、席にはすべてティーカップが伏せられて並べられている。
そうして、デアは見た。
ガルチアーナの姿を。
椅子の一つにガルチアーナは座っていた。何かをこらえるように背を丸めて、じっと座っていた。
まさかとは思ったが、他には誰の姿もない。ガルチアーナはただ一人だ。
その場はしんとして、あまりに静かだ。賑やかなところからやってきたから、なおさら静寂を感じる。
ガルチアーナの背が、よりいっそう小さく見える。デアはその場に立ち止まった。




