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39、お悔やみ

 無言のざわめきが場を覆っている。


 マリエーリュス・ロッカラムと、ガルチアーナ・ピットアイズが対峙している。


 マリエーリュスは妹たちを連れてきていた。三白眼がじろりとデアを見た。なぜ勝手にここに来たのかと、きっと後で詰め寄られるに違いない。


 ガルチアーナは座ったまま、顎をあげて、胸を張ってマリエーリュスを見る。


「わざわざお運びいただいてありがとう。うれしいわ」


 まるで挑戦しているかのようだ。


 普段だったら、それに対してマリエーリュスは淡々とお見舞いの言葉でも言って帰って行くのだろう。


 だが今日の彼女は違った。ガルチアーナの前にひざまずいて視線を合わせ、さきほどリーリア・ハウスでも見せた共感の表情でガルチアーナの手を取った。


「ガルチアーナさん」


 その声にも、いつもからは考えられないくらい感情がこもっている。まるで別人のようだ。ガルチアーナはあまりに意外だったのか、ぽかんとしている。


 他のみんなも、三白眼までも、このようなマリエーリュスは見たことがなかったのか、ガルチアーナと大同小異の表情だ。


「かわいそうに……」


 深い同情の声に、周りの人にも感動が伝染する。中には、普段は見せないマリエーリュスの情の濃やかさに、涙ぐむ者さえいた。


 ガルチアーナは顔を蒼白にした。それが感動のためでないことは明白だった。マリエーリュスの腕を振り払うと、椅子に大きな音をさせて立ち上がった。


「あなたに憐れまれるいわれはないわ」


 コントロールしきれない感情のために、声はわずかに震えていた。


 きっとマリエーリュスを睨みつけたあと、ガルチアーナはそのまま足早にサロンを出て、階段を上っていってしまった。


 意外な展開にその場の雰囲気が気まずくなっている。


 何やってんだあいつ。デアは呆れた。


 ガルチアーナが怒ったのは、自分はノッティングラム家の人間ではないのでバルザイムの死を他の人より深く悼む立場ではない、というガルチアーナの主張を無にする言葉だからだ。


 と、デアは推測した。それにしても、上っ面をつくろうのは得意なはずなのに、ライバルだと思っているマリエーリュスからかわいそうと言われたのがそんなに我慢ならなかったのか。


 皆には、ガルチアーナがマリエーリュスの優しさをかたくなに拒絶した、としか見えまい。


 現に今のガルチアーナの態度について、生徒たちの間で囁きが交わされている。


「どうしたんでしょう? ガルチアーナさま」

「悲しくなってしまわれたのでは?」

「それにしても、マリエーリュスさまに対して少し失礼ではありません?」

「マリエーリュスさまがせっかく慰めにいらっしゃったのに」

「ガルチアーナさまも、この場を離れるにしろ、もう少し穏やかになされたほうがよかったと思いますわ」

「そうね」「そうね」……


 ひそひそと、デアの耳に入った会話だけでこれだから、もっと多くの人が同じようなことを話しているのだろう。


 そばかすがデアの近くに寄ってきた。なんだか生き生きしている。


「ガルチアーナさまは、焦ってらっしゃるんでしょうか。国務卿という後ろ盾がなくなったから」

「後ろ盾? 家督を継ぐのは断ったんでしょ?」

「そうですけど、だからといって、国務卿と縁が切れたとは誰も思わないでしょう?」

「……誰も?」


 ガルチアーナ自身は思っていたようだが。


「なんといっても実の孫なわけですから。でもこれからは、国務卿の威光がなくなるわけです。それであのような態度を」

「それは違う」


 デアはそばかすの言葉を切って捨てた。


「では、どういう理由だとお考えです?」

「それは……よくわからないけど」


 とごまかして、デアは周りの生徒を見やる。マリエーリュスはもういつも通りの茫洋とした顔に戻り、立ち上がって帰ろうとしている。まだ物問いたげだったそばかすも、姉について帰るようだ。


 というかデアも、


「アデリア。あなたも来るのよ」


 三白眼に呼ばれて一緒にハウスへ戻らねばならなくなった。


 ガルチアーナがいたテーブルのほうを振り返った。お茶会のときや、校舎ですれ違ったときなどにガルチアーナに付き従っていた、旧貴族の面々がそこにたむろしている。言ってみればガルチアーナ派閥の生徒たちだ。


 彼女らは、この微妙な空気の中、居心地悪そうにしているが、果たして内心いったい何を考えているのだろうか。


 少し気になった。

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