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3、おいかけっこ

 旧光爵の庭で、夜の追いかけっこがはじまった。


 デアは石に隠れ木に隠れ、方向を変えながら引き離そうとするが、男は確実に距離を詰めてくる。


「くっ……!」


 庭の端、屋敷の周りに巡らされた高い煉瓦塀が見えてきた。このまま庭の中をちょろちょろしていても確実に捕まる。だが塀は、デアが手を伸ばしてジャンプしても届かないほどの高さがある。


 いちかばちか、デアは斜めに塀を駆け上った。一歩、二歩、上に手を伸ばし……塀の上に届いた。かかった手で体を持ち上げ、一気に塀を乗り越えた。外の道に降り立ち、また駆け出す。


 ちらっと振り向く。男はデアを越える速さで塀を上ってきた。


 まだ追ってくるのか。


 デアは大通りから脇の路地に逃げ込んだ。

 そのまま逃走を続けると見せかけて、立ち止まり、待ち構える。男が姿を見せた瞬間、


 ……食らえ!


 デアは自分の頭より高いところにある男の顎めがけて、右足を跳ね上げた。完全な不意打ちのキックだ。的確に相手の急所を打ち抜いた。


 そのはずであった。確かにデアの足は男の顎にめり込んでいる。しかし男は倒れない。人間離れした筋力、首の筋肉で持ちこたえたのだ。


 やばっ……


 デアが次に動くより早く、男はデアの襟元を掴んで無造作に地面へと叩きつけた。背中を強く打ち付け、デアの体に衝撃が走る。主都一番の高さを誇る時計塔から落ちたみたいだ。口からかすれた空気が漏れた。呼吸が止まる。息を吸い込めない。


 両手で男の指を掴み、体をよじってなんとか振りほどき、息ができないままデアは跳びすさった。


 なんてやつだ。あの蹴りが通用しないなんて、"鉄の"サイールかよ。


 アイアン・サイールは第一神の加護によって自らの肉体を鉄に変え、町を守り抜いたという伝説上の人物だ。タフな人物を指す代名詞となっているが、それにしたって、こんなにパワーに差があるとは。デアだって、忍び込みや逃走などより、戦闘の技術に自信を持っているのだ。その会心の蹴りだったというのに。


 ようやく空気を吸い込むことができたデアは、激しく咳き込んだ。


 容赦なく男が迫る。ハンマーのような拳をギリギリでよけて、デアは相手のみぞおちへ蹴りを放った。


 蹴ったデアのほうがうしろへたたらを踏んだ。まるで岩を蹴ったみたいだ。


 まだ完全に力が入らない。少し時間を稼ぐ必要がある。同業者だし、なんなら話し合いで解決できるかもしれない。デアは構えを解いて、相手に話しかけた。


「まあ、待てよ。あんた殺し屋だろう?」


 あたしも――と言葉を継ぐ間もなく、男が攻撃してきた。声も出さず、表情も変えず、まるで殺すだけの人形みたいだ。


 デアは下から跳ね上げられた男の足を、後転してかわした。


 この野郎め。


 なおも追ってくる男に向けて、デアは地面の砂を掴んで投げつけた。男は目に入るのを嫌って顔をそむけた。その瞬間、今度は逆の手に持った石をすさまじい勢いで投げた。デアは両手で同じように物を投げることができる。


 それが男の顔面に見事に命中した。


 ダメージのほどは定かではないが、デアは黙って投げた結果を見てなどいなかった。投げると同時に身を翻して逃走に移っていたのだ。


 狭い道を走って、隣の大きな通りに出ようとする。


 そこへ運悪く、路地の出口を塞ぐタイミングで馬車が通りかかった。デアの逃げる脚が止まってしまう。


 が、そう見えたのも一瞬、デアは勢いを落とさないまま駆けていく。馬車にぶつかるか、という瞬間に、足からスライディングし、ギリギリのところで荷台の下、前輪と後輪の間を滑り抜けた。


 反対側に抜けると同時に、馬車の後輪にナイフを噛ませた。馬車は狭い道の出口をふさぐ位置でガクンと停止した。


 これでまた、いくらか逃げる時間を稼げた。こんな時間まで出かけていたどこかのお坊ちゃんに乾杯だ。車輪にいたずらしやがったと罵る御者の赤ら顔にも手を振って返して、またデアは走る。土埃を払いながら。


 大通りを横断し、また次の路地だ。


 デアの耳に楽器の音が届く。ざわめきが聞こえる。もう少しだ。デアは逃げると決めたときからそこを目指していた。路地の先が光に満ちている。


 路地を抜け、次の通りへ出た。


 一気に視界が明るくなった。

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